31.私と君の決意
「ユーシアッッ!!」
両目を固く瞑ってそう叫んだ瞬間、私を大きく呼ぶ声が聞こえ、よく知った温もりが身体を包み込んでいた。
そっと片方ずつ目を開けると、そこには愛しい人の顔が――
「……ジークッ!?」
「ユーシア……良かった、間に合った……っ!」
旦那様は私を抱きかかえたまま、華麗にストンと砂浜の上に着地した。
そして、すぐに私をきつく抱きしめてくる。
た、助かったの、私……?
それを認識した瞬間、涙がブワッと溢れてきた。
「こ、怖かった……。怖かったよ、ジーク……ッ。し、死んじゃうかと……おも……っ」
「あぁ、大丈夫……もう大丈夫だ。ユーシア――」
ボロボロと涙を流す私の頭を優しく撫で、旦那様は落ち着かせるように私に唇を重ねてきた。
それはすぐに深く激しい口付けへと変わり、私の思考が真っ白になる。
少し口が離れたと思ったら、私の後頭部に手を添え、顔の角度を変えてすぐにまた唇を塞がれて。それが何度も続いて――
……ぐっ、息継ぎする暇が……っ。苦しいぃ……っ。
慰めてくれるのは嬉しいけど、加減をして旦那様……っ。
「……いつまでやってんだ、主っ! がっつき過ぎだろうがっ!! 折角助かった奥サマを窒息死させる気かっ!?」
長過ぎる口付けに酸素不足になりかけてきた時、男性の怒声と共にスパーンッと何かを叩く音がした。
それと同時に旦那様の頭が勢い良く下を向く。解放された私は、急いで大きく深呼吸をして酸素を取り入れた。
「……セトラ、お前……。主である俺を思い切り叩くなんて……」
「イチャコラはあの魔獣をどうにかしてからやってくれ! ヤツが大津波を起こすのも時間の問題だぜ!?」
顔を上げると、そこには灰色の短い癖っ毛で、旦那様より身長の高い精悍な男性が腕を組んで立っていた。
細身だけどしっかりと筋肉は付いていて、腰に剣が差してある。
初めて見る顔だけれど、多分旦那様の護衛の――
「セトラ、さん……? レスカさんの旦那様の――」
「おぅ。初めまして、奥サマ。今まで挨拶が出来なくて悪かったな。レスカからオレのこと聞いたのか? そう、アイツはオレの嫁だ。アイツ共々よろしくな」
セトラさんはそう言うと、ニカッと気持ちの良い笑顔を見せた。
この安らぐ笑顔、レスカさんと似ているな……。
「……はい。よろしくお願いしますね」
「ユーシアッ! 大丈夫か!? 怪我は無いか!?」
そこへ、レスカさんが向こうから駆けて来て膝をつくと、私の顔を心配そうに覗き込んで訊いてきた。
「レスカさん! 私は大丈夫ですよ」
「良かった……。空から落ちてくるお前を発見した時は本当に肝を冷やしたよ。セトラが主を持ち上げて思いっ切りお前の方へブン投げて、ギリギリ間に合ったんだ」
「……わ、わぁ……」
せ、セトラさん、旦那様を持ち上げるなんて凄い力だな……。
「ユーシア、あの王子が君を落として命を奪おうとしたんだろ? 魔獣に君の魔法を使わせない為に。奴を復活させたのも王子の仕業だろ? 俺の父を騙して、魔獣が封印されている石の欠片を集めさせて。――チッ、あの腐れ外道鬼畜馬鹿クソ王子が……っ! 見つけたら必ずボッコボコのグッチャグチャにしてやる……っ!」
旦那様が私を抱きしめながら、鬼の形相でギリリと歯を鳴らす。
ぶ、ブラック旦那様が表に現れた……!!
「な――何じゃありゃーーっ!?」
突然背後から素っ頓狂な叫び声が響き、後ろを振り返ると、そこには旦那様のお父様が驚愕の表情で魔獣を見つめていた。
良かった……! 無事にあの洞窟から出られたのね!
「――父上っ!! 第一王子に騙されていたとはいえ、貴方の所為であの魔獣が復活してしまいました! どう責任取ってくれるのですか!?」
旦那様は私をそっと離して立ち上がると、ザクザクと砂浜を踏みしめお義父様に詰め寄った。
「ぼ、僕はただ……妻を……フィリナを蘇らせようと……。こんな――こんなことになるなんて……」
「死者は決して生き返ったり蘇ったりはしないのです!! これで分かったでしょう!? いい加減現実を見て下さい、父上っ!!」
「……あぁ……。そうだな……そうなんだよ……。フィリナにはもう二度と……会えないんだ……」
お義父様がガクリと両膝と両手を砂浜につき、項垂れる。
そんなお義父様を、旦那様は何とも言えない表情で見下ろしていた。
「……父上、すみませんが貴方を拘束させて頂きます。逃げることは無いと思うのですが、念の為に」
「あぁ、好きにしていいよ……」
旦那様は溜息をつくと、お義父様に『拘束魔法』を掛けて動けなくさせた。
「主、まずはあの魔獣を何とかしないとだぜ? ヤツの動きがピタリと止まった。きっと大津波を起こす準備をしてるんだ。このままだと、本当にこの世界が壊滅しちまう」
「……あぁ……。封印の為に、今から最上級の魔導師達を集めるのは間に合わないだろう。そうなると――」
旦那様とセトラさんとレスカさんが、一斉にこちらを向く。
……皆の言いたいことは分かっている。
「……私が……何とかします」
「ユーシア、本当にすまない……。いつも君にばかり負担を掛けさせてしまって……」
「大丈夫ですよ。それでこの世界が救われるのなら安いものです! では始めますね」
私は申し訳無さそうに俯く皆を安心させるように笑うと、砂浜の上に立ち演唱を始めた。
……実は……先程洞窟でオリハルコンを壊す為に一回『破壊魔法』を使っているので、魔力が半分位減っている。
この魔力では、あの超巨大な魔獣は倒せないだろう。
――だから、私の命を使って魔力を増幅させる。
……きっと、私は命を落とすだろう。
でも、いいんだ。さっきの墜落とは違って、私の命と引き替えに大切な人達を守れるのなら。
私は家族から受けられなかった幸せを、ウルグレイン家の皆から沢山貰った。家族から貰えなかった愛を、旦那様から溢れるくらい貰った。
本当に、すごく幸せな時間だった。
充分過ぎるほどに――
「……あのさ。動けないから止められないんだけど。あのお嬢ちゃん、さっきオリハルコンを壊す為に魔法を使ってるんだよ。あの超硬質なオリハルコンを壊したんだ、結構な魔力を使ったと思う。その状態であの魔獣を倒す魔法を使うのなら、魔力が足りない筈だ。そうなると、自分の命を燃やして使うしかないよ。今すぐ止めた方がいいと思う。お嬢ちゃんを死なせたくないのなら」
おっ、お義父様ぁーーーっ!?
今このタイミングでそんな余計なこと言わないでぇーーっ!?
「……ッ!? 何で――何でそんな重要なことをもっと早く言わないんだこの馬鹿親父ッッ!! ――ユーシア、今すぐに演唱を止めろッ!! 早くッッ!!」
旦那様が慌てて私に駆け寄ろうとしたけれど、それより数秒早く演唱が終わる。
「“完全粉砕せよ”ッ!!」
魔法が発動する――
……旦那様、今まで本当にありがとう。あの世にいっても愛しています――
『――ダメ。ユーシアは死んじゃダメだよ。私の“魂の欠片”を使って』
「……っ!? フワ、何を……っ!?」
『ジークとユーシアの幸せな姿を沢山見られたから、私は満足したよ。だからもう未練や悔いは全くないよ。ユーシア、元気でね。ジークとこれからも仲良くね』
「フワッ!? ダメッ!! フワ――フワーーーッッ!!」
――そして、海の魔獣『レヴィアタン』は眩い光を放つと同時に粉々に砕け散り、大量の砂となって海に沈んでいったのだった――