30.絶体絶命の危機
『それ』を見た時、私は唖然とし、息をするのも忘れてしまっていた。
以前倒した暗黒竜の比ではない、とんでもなく巨大な怪物が海の上に浮かんでいたからだ。
魚と蛇と竜を合体させたかのようなその青い怪物は、低い咆哮を上げながら大陸へと少しずつ進んでいた。
「ははっ! ちゃんと五体満足で復活出来たようだな」
空高く浮かび、私を抱きかかえている王子が愉しそうに言葉を出す。
「あ、あの怪物は……?」
「遠い昔に、魔導師達によって石の中に封印されていた、人類脅威の海の魔獣『レヴィアタン』だ。ヤツには魔法も剣も一切効かない。だから封印という形でしかヤツを止められなかった。ヤツが二度と復活出来ないように、魔導師達はヤツを封印した石をバラバラにして各地の地面奥深くに埋めたんだが、セルダインを騙して石の在り処を調べさせ、全部集めて復活させたのさ」
「……どうして、そんなことを……」
私の発した問い掛けに、王子はこちらを見て、スッと目を細めて嗤った。
「“面白さ”を求めてたのさ」
「“面白さ”……?」
「あぁ。俺はさ、昔から苦労せずに何でも手に入ったし、何でも出来たんだよ。剣も魔法も金も女も地位も。何でも簡単に手に入るし出来ちまうから、愉しくも面白くもなかった。人生つまんねぇと、何で生きてるのか分からなくなっちまう。俺は常に刺激を求めてた。“面白さ”や“愉しさ”を渇望していた」
「…………」
「そんな時、たまたま暇潰しに読んでいた書物の中で、『レヴィアタン』のことを知ったのさ。俺は久し振りに心が踊ったね。コイツを復活させたら面白いんじゃないかって」
「っ!?」
私は信じられない王子の思考に大きく目を見開いて彼を見返す。
「……そんなことをしたら、この国が……この世界が――」
「あぁ、滅亡するかもしれねぇな。けどそんな最ッ高に面白くて愉しい瞬間を目の前で見られるんだぜ!? 滾るなって言う方が無理だろ!!」
「…………」
そう言って本当に可笑しそうに嗤う王子を、私は人ではない何かを見るような目で見上げていたと思う。
巣から出てきたゴブリン達を放っておいたのも、奴らがその後どんな行動を取るのか傍観していたんだ……。
自分の中の“欲求”を少しでも埋めるために――
「アンタにも結構愉しませて貰ったぜ? 俺に靡かない女なんて久し振りに会ったからな」
うっわっ! 自意識過剰、自惚れ屋!!
全員の女性がお前に惚れると思うなよこの鬼畜ナルシストめっ!!
「あぁ、いつも澄ましたアイツの焦る顔を見られたのも面白かったなぁ。アンタ達のお蔭で、久々に生きてる実感が沸いたぜ。これからあの魔獣によって世界が壊滅する様を見るのもすっげぇ愉しみだわ」
……この王子、狂ってる!! 自分自身も死ぬかもしれないのに……!!
「そんな愉しみに、アンタの魔法はすっげー邪魔なんだよなぁ。超硬質のオリハルコンを難なく破壊したその魔法は、恐らくヤツにも効果あるだろうし。それを使ってせっかく復活させた『レヴィアタン』を破壊させられちゃ困るんだよ。――だから、アンタとはここでサヨナラだ。いい抱き心地をありがとさん」
「え……」
「愉しませてくれた情けとして、砂浜の上に落としてやるよ。地面より痛みは少なくなるだろうよ。ま、死ぬことに変わりはねぇけど?」
王子は口の端をニィ、と大きく持ち上げると、私を抱きかかえる両手をパッと離した。
「…………っ!!」
瞬間、私の身体が物凄い速さで真っ逆さまに落ちていく。
いくらフワのお蔭で高い所が大丈夫でも、この落下速度はかなり怖い!!
「この鬼畜馬鹿外道王子ーーッ!! 死んだら絶対に化けて出て呪ってやるからなぁーーッッ!!」
私はヒュルルと風を背に受け落ちながら、王子に向かって拳を振り上げ盛大に恨み言を叫ぶ。
「フワ! 猫って高い所からの着地は得意だったよね? それ今伝授して!! お願いっ!!」
『出来るけど、この高さじゃ両手両足の骨折は免れないと思うよ。あと、砂浜の上じゃバランスが取りにくいから、滑って転んで結局死んじゃうかも。全然情けじゃないよね、あの超ヤバ過ぎ男め』
「ヒィッ!? そんな恐ろしいこと冷静に言わないでッ!?」
……まだ……
まだ死にたくないっ!!
ウルグレイン家の皆と……旦那様とまだまだ一緒にいたいんだ!!
……あぁ……もうすぐ砂浜に激突する……
……助けて……
「――助けてっ、ジークッ!!」




