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28.洞窟の先にあるもの




「――お嬢さん。そろそろ起きないとキスするぜ?」



 私は聞こえてきたその言葉にハッと意識を取り戻し、瞼を開いた。

 慌てて周りを見回すと、薄暗く岩に囲まれていて、ここはどこかの洞窟のようだった。

 そして私は、王子にお姫様抱っこされてどこかに連れて行かれている状況だった。



「起きたか、残念。ちなみに俺は寝込みを襲うほど堕ちちゃいねぇから、そこは安心していいぜ?」

「……っ。自分で歩けますから、離して下さい……っ」

「嫌だね。前にも言ったけど、アンタ抱き心地いいんだよ。もう少しで目的地に着くから、それまで大人しくしてろよ。俺は怒ると何しでかすか分からないからな?」

「…………」



 あからさまに脅され、私は王子の胸をグイグイ押していた手の動きを止める。

 今暴れて逃げても得策ではない。ここがどこだか分からないからだ。


 私が気を失う前に使った巻物――あれは、別の場所に瞬時に移動出来る『移動ロール』だ。

 自分が知っている場所なら、どこにでも飛べる優れ物だ。但し、自分の魔力を結構消費してしまうが。

 庶民には決して手に入らないかなりの高級品だけど、王族である王子が持っていても何の不思議もない。


 もしかしたら、あの森にも『移動ロール』を使ってきたのかもしれない。それなら、直前まで気配が無かった理由も納得がいく。



「ははっ、素直でよろしい。アンタにはやって貰いたいことがあるんだよ」

「やって貰いたいこと……?」

「そ、ヒトダスケさ。――着いたぜ」



 王子の言葉で前に目を向けると、そこは行き止まりのようだった。ぽっかりと空間が空き、膝をついて岩の壁を見ている一人の先客がいた。

 松明を手に持っているので、その人の姿がよく分かる。男性で、髪の色は灰色っぽい水色で、長い髪を後ろで結んでいて――って、んんっ!?


 こ、この人ってまさか……!!



「よぉセルダインさん、連れてきたぜ。ソレを壊せるヤツを」

「本当かいっ!?」



 驚きの声を上げてこちらを振り向いた中年の男性は、丸い眼鏡を掛けており、蒼色の瞳で、旦那様によく似た美形の顔で――


 やっぱり旦那様のお父様っ!?



「……そのお嬢ちゃんがコレを壊せるのかい!?」

「あぁ、そういう魔法が使えるんだよ」

「そうか! お嬢ちゃん、頼む! このオリハルコンを割ってくれないか!? 何をしても割れなくて途方に暮れていたんだ。この中にある物が、妻を生き返らせる為に必要な物なんだ! これで最後なんだ!!」

「えっ!?」



 私は驚いて、岩の壁に埋め込まれているオリハルコンを見る。確かにこの中に何かあるようだけど、これが旦那様のお母様を生き返らせる為の物……?

 でも死者は決して生き返ったりは出来ない筈……。


 一体どういうこと……?



「な? ヒトダスケって言っただろ? セルダインさんを助けてやってくれよ、俺からも頼む」

「…………」



 私を地面に下ろすと、肩を竦めながらお願いしてくる。

 ……何か怪し過ぎる! いきなり良い人化して! 不気味過ぎるでしょ!?



「お願いだ、お嬢ちゃん! 僕はもう一度妻に会いたいんだ! その為に家業を息子に任せて、四年間も妻を蘇らせる方法を探し回ったんだ……。殿下のお蔭でその方法が具体的に分かって、必要な物を各地で掘り起こして見つけていたんだ」

「……っ!」



 旦那様が言ってた、各地でそういった現象が起きているって、やっぱりお義父様の仕業だったんだ!

 ――ということは、ゴブリンが出てきた、あの森の穴も……?



「あの……、ウルグレイン領の森の穴も貴方がやったのですか?」

「いいや、僕はそこには行ってないよ。息子達がウルグレイン領に住んでいるんだ。けれど妻を蘇らせる前に見つかるわけにはいかないならね。そこには殿下が行ってくれたよ」



 私が王子の方を振り向くと、彼は口元に笑みを浮かべていた。その得体の知れない笑みにゾッとする。

 王子は、掘った穴から出てきたゴブリン達を放ってそこを離れた……? 暫くして、様子を見る為に『移動ロール』を使って戻ってきた……。


 最悪、町が襲われていたかもしれないのに……!!



『ユーシア、お父さんのお願いを聞いてあげて。“あの人”もそれを望んでいるから』



 心の中から聞こえてきたフワの声に、ハッと思考を中断する。



「……え? “あの人”って……?」

「お嬢さん、ほら早く。セルダインさんこのままだと泣き出しそうだぜ?」



 フワの言う“あの人”が気になったけど、王子にせっつかれ、お義父様は涙目でこちらを見つめてきたから、私は気持ちを切り替えてオリハルコンに標的を絞り、『破壊魔法』を使った。

 オリハルコンはキラキラと七色に美しく光る細かい砂になり、中から綺麗な海色の石が出てきた。



「……やった! ありがとう、お嬢ちゃん。これでようやく――」

「はははッ! ホンット見事な魔法だな! お蔭で全部揃ったぜ! ――お疲れさん、セルダインさんよ。アンタはもう用済みだ」



 お義父様の言葉に被せて王子が高笑いすると、お義父様の手の中にある海色の石を乱暴に奪い取った。



「っ!? 何をする――」

「復活させるんだよ、ヤツをなッ!!」



 王子は高らかに叫ぶと、今まで集めたのであろう海色の石達が入った袋を懐から取り出し、奪い取った石と一つに合わせた。

 瞬間、その石達が一つの塊となって青色に強く輝く。そしてフワリと宙に浮かぶと、天井を大きく突き破ってどこかに飛んで行ってしまった。


 天井の岩が次々と地面に落下していく光景を、私とお義父様はただ唖然として見ていた。

 そして、一足先に意識を取り戻したのはお義父様だった。



「ど……どういうことですか殿下っ!? あれは妻を生き返らせる道具だと……!!」

「あぁ、そんなん真っ赤な嘘さ。死人が生き返るだなんて、常識的に考えてあるわけねぇじゃん? 現実を見つめろよ、セルダインさんよ。俺はアンタを俺の目的の為に利用させて貰っただけさ」



 嗤い続ける王子に信じられないような目を向けたお義父様は、その場でガクリと膝を折った。



「そんな……。じゃあ、今までの僕の苦労は一体……」

「…………」



 お義父様の小刻みに震える身体に、慰めの言葉も見つからず声も掛けられない私は、ただその場に立ち尽くしていた。


 その時、大きな揺れが洞窟全体を襲う。



「わっ!?」

「よっと」



 バランスを崩して倒れそうになる私を王子が抱き止め、そして再びお姫様抱っこをされた。



「っ!? 離して――」

「最後の難関を崩してくれたアンタには特別に見せてやるよ。すっげー面白い光景をな」



 そう言って王子はニヤリと笑みを作ると、『浮遊魔法』を発動させ、青色の石が天井を突き破って作った穴を通って外へと飛び出して行った――





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