2.執務室にて――誰も愛さないと決めた男
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「ユーシア・ランブノー、二十一歳……か。姉のララーナ・ランブノーの代わりに来るのか」
「はい、御主人様。姉のララーナは病弱の為、故郷の空気と違った土地には来られないとの言い分です」
――ウルグレイン家の執務室にて。
椅子に座り、足を組んで一枚の紙を眺めているその男性の名は、ジークハルト・ウルグレイン。このウルグレイン伯爵家の当主だ。
そして、執務机を挟んでジークハルトの前に姿勢良く立っている年配の男性の名はヴォルター。この家の執事だ。
ヴォルターの返答に、ジークハルトは鼻で嗤った。
「ハッ、社交場で何人もの貴族の男に盛大な色目を使っていた女が何を言ってるんだか。大方、ララーナ・ランブノーがこの縁談を拒否したか、回復魔法を使える娘を両親が手放したくなかったんだろう。そして、妹のユーシア・ランブノーを身代わりにした……。彼女は社交界には一切出ていないな。情報も極めて少ない」
「左様でございます。彼女は回復魔法を持たずに産まれてきたようで、それ以外の魔法も使えないとのこと。それを恥と見た両親が彼女を役立たず扱いし、家から出さなかったようです」
ジークハルトはそれを聞き、小さく眉間を顰める。
「彼女が悪い訳ではないのに、全く愚かな話だ。――まぁ、来るのは姉でも妹でもどちらでもいい。誰が来ても俺は愛する気は一切ないからな」
「――御主人様……」
そう断言するジークハルトに、ヴォルターは思わず咎めるような声音を出してしまった。
ジークハルトはそれに気付き、反論するように言葉を出す。
「ウルグレイン家の跡取りが必要なのは分かる。俺ももう二十八だしな。だから縁談に関しては、文句も言わず拒否もせず貴方に任せているだろう? ヴォルター」
「…………はい」
「だが、その者を愛さないのは俺の勝手だ。それが嫌でその者が出て行こうが俺の知ったことではない。一生それで構わないという者がいたら、俺はその者と結婚しよう。――俺はもう……“あんな思い”は沢山なんだ……」
「……ジークお坊ちゃん……」
下を向き、グッと唇を噛み締めるジークハルトと、同じ表情でボロボロと涙を流す子供時代の彼の姿が重なり、ヴァルターは無意識に彼の昔の呼び名を口にしていた。
(……ジークお坊ちゃんの心の傷は相当深い……。その傷を癒やしてくれる者は、はたして現れてくれるのだろうか……)
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