14.ランブノー男爵家にて――正当防衛
「ギャアァァァッッ!!」
「何だ? 両手の指を全て粉々に折っただけなのに大袈裟だな。その汚らしい手がユーシアを何度も何度も殴っていたんだろ? そんなクソみたいなもの無くても全く構わないじゃないか。勿論、彼女を蹴っていたこの醜い足もな」
「や、止め――ギャアアァァァッッ!!」
床に転がり、耳障りな叫び声を上げ悶絶するランブノー男爵を尻目に、ジークハルトはランブノー男爵夫人に向き直った。
「あぁ、虫け……ランブノー男爵夫人も抵抗するのか。じゃあこちらも必死で対抗しなきゃな」
「ヒッ……!! あ、アタクシは何もしてな――ギョエェェェッッ!!」
同じく悲鳴を上げ床に転げ回るランブノー男爵夫人に背を向け、ジークハルトはララーナを睨みつける。
「あぁ、そこのクソむ……女もか」
「ヒイィィッ!! ち、近寄らないで――イ゛ヤ゛アァァァッッ!!」
両親と同じ行動をするララーナを一瞥し、ジークハルトは部屋の隅っこでガタガタと大きく震えている使用人に声を掛けた。
「おい、そこの使用人A」
「――は、はひっ?」
「もう一人使用人Bがいるだろ? さっさと連れて来い。逃げたら容赦しない。必ず捕まえてブチのめす」
「は、はいぃぃっ!!」
使用人は返事をしながら部屋を飛び出し、程なくして嫌がるもう一人の使用人を強引に引っ張って来た。
「つっ、連れて来ましたぁー!」
「クソザコAB揃ったな。貴様ら、この家の金品を定期的に盗んでいただろ? それがバレた時ユーシアに罪を擦り付け、暴力を振るわれる彼女を嗤いながら見ていた……。チッ、腸が煮えくり返るな……許されるならこのクソ害虫どもをズタズタに切り裂いてやりたいところだ」
忌々し気に舌打ちし、鋭く睨むジークハルトとブルブルと竦み上がる使用人達の姿は、まるで蛇に睨まれた蛙のようだった。
「ヒェッ……なっ、何でそのことを!?」
「あっ、バカ……!!」
「認めたな。まぁ、調べはついているから言い逃れは出来ないが。貴様らも“罪人”確定だ。……ん? 抵抗するのか? じゃあこちらも必死で対抗するしかないな。まずは両手、そしてユーシアを転ばせた両足もだ」
「えっ、何も抵抗してな――ノオォォォッッ!!」
「ひ……やだ……ヒョエェェェッッ!!」
(阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことですな……。ジークお坊ちゃんは普段は穏やかで優しい方なのに、お怒りになられると口が悪くなり、男女関係なく容赦が一切無くなりますからな……)
“正当防衛”が終わると、ジークハルトは床に転がる五人を冷たく見下ろした。
「ユーシアに罵声と怒声を浴びせた貴様らの口も八つ裂きにしてやりたいところだが、裁判の場で口が聞けないのは互いに困るからな。非常に不本意だが、これぐらいにしておいてやるよ。――ヴォルター、家の前で待機している憲兵を呼んでくれ」
「畏まりました」
「貴様らが大切にしていた爵位は剥奪確定だ。平民になり、終身刑か島流しか強制労働か……。裁判の日が楽しみだな? ――あぁ、全員激痛で気絶してるか。泡まで吹いてみっともない」
その姿を見ても同情を一切感じず、ただ憎悪と嫌悪感だけが募る。
それを吐き出すように深く息をついていると、憲兵を呼びに行ったヴォルターが戻ってきた。
「……御主人様、後処理は滞りなく。後は憲兵にお任せしましょう」
「あぁ、そうだな。……ヴォルター、俺はこれから四人の御令嬢達に謝罪に行って来る。その後婚姻届を提出して来るよ。その間ユーシアを任せた」
“決意”を表情に込めたジークハルトに、ヴォルターは微笑むと深く一例をした。
「畏まりました。気を付けて行ってらっしゃいませ」
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