13.ランブノー男爵家にて――罪人達
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突然扉が乱暴に開かれ、見知らぬ若い男と年配の男がズカズカと中に入って来たのを見て、ランブノー男爵は怯みながらも抗議の声を張り上げた。
「なっ!? ノックも無しにいきなりワシの書斎に入って来るとは何事だ!? 無礼だぞ!!」
ランブノー男爵の言葉に全く意に介さず、若い方の男はシレッとしながら答えた。
「あぁ、それは失礼した。何分急いでいたものでな。――ふむ、丁度いい。全員ここにいるようだ。お初にお目に掛かる。俺はジークハルト・ウルグレイン。貴さ……貴殿の義息になる。今まで挨拶もせず申し訳なかった」
そう告げたジークハルトに、その場にいた全員が驚きの声を上げる。
「う、ウルグレイン伯爵っ!?」
「あらまぁ……。これは……かなりの美男子ザマスねぇ」
「やだホント、すっごくイイ男じゃない! それならアタシが嫁げば良かったわぁ! 今からでもあの欠陥品と代わって――」
「あぁ、それは真っ平御免だな。拷問されても死んでも御免だ」
ララーナの黄色い声を、ジークハルトは容赦無くズバッと遮る。
「はあぁっ!?」
「おっと失礼、つい口から本音が……。おま……貴女と話している時間が勿体無い。愛しの奥さんが俺の帰りを待っているからな」
「おやおや。お嬢様を追い出した御本人が掌を返したような変わり様ですね。それと“未だ”に婚姻届を提出されていらっしゃらないので、まだ『奥さん』では無いかと。えぇ、三ヶ月も経っても“未だ”に」
主にしか聞こえないような声音で微笑みながら言うヴォルターに、ジークハルトは眉尻を下げたジト目で返す。
「…………ヴォルター? 十分反省しているからチクチクこないでくれ……。心臓に突き刺さって抉られる――あぁ失礼、こちらの話だ。ではさっさと終わらせようじゃないか」
誤魔化すように咳払い一つすると、ジークハルトは書斎の机に何枚もの書類を乱暴に置いた。
「……この書類は……? ――ッ!?」
「気付いたようだな。貴様達が今までやってきた不正の証拠やその証明書類だ。男爵領の税金の搾取、偽造、捏造……よくもまぁこれだけ今まで見つかりもせずやってきたものだ。ある意味感心するよ」
肩を竦めるジークハルトに、ランブノー男爵は掴んだ書類をグシャグシャにし、身体を戦慄かせながら叫んだ。
「……こっ、こんなモノ嘘だ!! でっち上げだ!! 偽物だッ!!」
「おっと、それを破っても意味は無いぞ。それは全て写しだからな。本物はウルグレイン家に厳重に保管してある。破りたければ勝手にするんだな」
「…………ッ!!」
そしてジークハルトは、明後日の方を向いているランブノー男爵夫人に視線を移す。
「ランブノー男爵夫人、自分は関係無いって顔をしているけどな、お前も同罪だよ。夫の不正に積極的に加担していたのだからな」
「ま、まぁ……っ!」
「それと……そこの女」
突然鋭い目線で自分の方を向かれ、ララーナはビクリと肩を震わせた。
いくらとんでもない美形でも、切れ長の瞳で刺すように睨まれたらトキメキよりも恐怖が勝ってしまう。
「は? あ、アタシのこと……?」
「そうだ。お前は社交場で貴族の男に色目を使って男の屋敷に入り込み、そこで窃盗をし、他の男達にも同じ行為を繰り返していたな。その証言と証明書類も勿論あるぞ」
「なぁ……っ!!」
三人は口をあんぐりと開け、愕然としている。ララーナの非道な行為は、両親も黙認していたようだ。
「ど、どうしてこんな――」
「我がウルグレイン家は代々諜報を得意としてきたからな。隠密行動はお手の物だ」
「……っ!?」
ジークハルトは美麗な顔に微笑を浮かべると、三人に向かってハッキリと言い放つ。
「貴様らは全員“罪人”だ。それによって家族だったユーシアが侮蔑や非難の目を向けられるかもしれないが、旦那である俺が――そしてウルグレイン家が一丸となって彼女を全力で護る。だから貴様らは安心して牢獄へ入るといい」
「グッ……!」
ランブノー男爵は低く唸ったが、何を思ったか、突然ニヘラと気持ち悪い笑みを作った。
「――なぁ、キミはワシの義息なんだ。“家族”じゃないか。なら見逃してくれてもいいだろう? 今回のことに目を瞑ってくれたら、もう二度と悪いことはしない。約束するさ。ユーシアの為にも頼むよ、なぁ?」
ニヤニヤと笑うランブノー男爵に、ジークハルトは嫌悪と怒りを込めた視線をぶつける。
その迫力のある鋭い瞳に、ランブノー男爵は「ヒッ」と小さく声を出し身体を竦ませた。
「耳が腐る発言だな。貴様が『ユーシアの為』と言うのか? 彼女を長い間迫害し続けてきた貴様らゴミクズどもと“家族”になった覚えは毛頭無い。まぁ、彼女と会わせてくれたことだけは感謝するが」
「……クソッ!!」
扉に走ろうとするランブノー男爵の腕を、ジークハルトが強く掴む。
「おっと。逃げられるとでも?」
「邪魔するなッ!! 離せ畜生ッッ!!」
暴れるランブノー男爵に、ジークハルトはフッと笑うとヴォルターの方に振り向いた。
「抵抗する……か。――ヴォルター、俺は今まさにこのゴミに殺されそうだ。だからこのクズに必死に対抗しなきゃいけないが、これは正当防衛になるよな?」
「はい。わたくしめが証人となります」
「よし」
姿勢を崩さず優雅に一礼したヴォルターに頷くと、ジークハルトは行動を開始した。




