表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ネコられ

作者: 鬼神丸

どうしてこうなったのだろう。

私は彼女の部屋で荷物をまとめながらぼんやりと考えていた。


いや、分かっている。

数年前の秋のあの日、紗英とデートの帰り道。

弱々しい鳴き声に反応してしまったあの時。

既に未来は決まっていたのだ。




先に鳴き声に反応したのはどちらだったか。ふと見ると道端のゴミ箱の上に小さな灰色のゴミのようなものが載っていた。


よく見るとそれはゴミではなくボロボロの仔猫で、その猫が必死に鳴いている状況であり、辺りに親猫は存在しなかった。


紗英はすぐに子猫に駆け寄るとバッグからハンカチを取り出して子猫を包み、私に近くに病院はないか確認して欲しいとお願いした。


人並みの人情は持ち合わせいると自負していた私は直ぐにスマホで検索し、発見した最寄りの犬猫病院に共に向かった。


診察した医者は、子猫はカラスか何かに突かれた跡があり、その傷が炎症を起こしている事、手術はするがその後暫くの間入院が必要である事を説明された。


提示された取り敢えずの治療費の高さに顔を若干引きつらせた事は目を瞑ってもらいたい。

高校を卒業し、社会人となって数年は経たが、それでもニケタ万円に届く金額は大金である。


それでも彼女の縋るような目に勝つことは出来ず、私にできることはカードが使用可能かということと、できれば分割払いでお願いしますと懇願することであった。




一週間後、退院した猫はゴミのような何かからふわふわの子猫になっていた。


名前はグリ。名付け親の紗英曰く、大学で講義を受けたフランス語で『灰色』という意味らしい。まんまだ。ちなみにオスだった。


もちろん紗英が飼う事になり、半同棲中だった彼女の1DKに新たな住猫が住むことになった。真面目な紗英は大家さんにもキチンと話は通したらしく、退去の際に傷んだ箇所は復旧させるということで再契約したらしい。


最初のうちは楽しかったと思う。

週末に彼女の家に泊まる際、彼女と一緒にグリを構っている時、私は確かに幸せを感じていた。

このまま紗英と結婚してもう少し大きな家に移り、グリと子供とみんなで仲良く。

今となっては噴飯ものの未来予想図を私は考えていた。



最初の崩壊は遠出が出来なくなった事だ。

私も紗英も旅行が好きで、休暇予定を合わせては電車であちこちに出かけていた。


しかし、グリを飼う事になってからは旅行に行くことは無くなった。

ペットホテルに預けることを紗英は良しとしなかったし、長時間ケージに入れて旅行することも嫌がった。


次に崩壊したのは生活環境である。

ネコの排泄物は臭い。

グリは大部分は猫砂の上にするのだが、たまにそれ以外の場所でも致してしまう。

紗英や自分も見つけ次第こまめに掃除はしたのだが、1DK程度の広さでは臭いはこもってしまう。


抜毛も凄かった。掃除をしても無くならず、偶に食事にも混ざってしまう。

一度彼女の家から出勤した時、スーツが猫の毛まみれだったことに気付かず、上司に叱責されたこともあった。


最後に話しにくいが、夜の生活である。

夜行性のためか深夜から明け方にかけて必ずゴソゴソし、挙げ句大声で鳴いたりする。

紗英は慣れたようだったが、自分は神経質なためか、慣れることはできなかった。というか、自分が泊まりに行く時だけひどかったらしい。


そして紗英と行為に至ろうかという時。

必ずグリは自分に飛びかかってきた。


グリにとって私は紗英を襲う悪人に見えるのだろう。

結局致すことは出来ず、その後も隣の部屋に閉じ込めようとしたが暴れまわり断念。

一度だけ我慢できずにグリを無視して致そうかとした時があったが、紗英が私の顔を張り倒すことによって結局完遂することは出来なかった。



段々と彼女の家に近付かなくなる自分を誰が責めるだろうか。

最近冷たいという彼女に対し、私は言ってはならない言葉を口にしてしまった。すなわち、




      自分とグリ、どちらが大事なのかと




分かっていた。これは禁句であることを。古来より二番目に仕事、趣味、その他色々なものが入るこの質問。まさか自分が使うとは思わなかった。もちろん、結果は分かっていたつもりだった。




それでも。

それでも自分は諦めきれなかった。





・・・その結果が、現在彼女の家に置いていた私物の撤去にいそしむ自らの姿である。


ほんの少しの思い出の品を箱に詰め、猫の毛塗れの服は悪いが紗英の方で処分してくれるようお願いし、あっさりと関係の清算は終了することになった。


合鍵を机の上に置き、箱を抱えて部屋を出る私に、最後に何か言ってくれないだろうか。


その願いは玄関ドアが閉まる寸前、グリの勝ち誇ったような鳴き声により完膚なきまでに潰された。



この作品に悪人はいなかったと思いたい。

評価して頂ければ猫ではなく私が尻尾振って喜びます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 拾った時点でプロポーズして一緒に暮らす家を探したら良かったんだよ
[一言] 彼女は別れる時、ちゃんと彼氏に出させた治療代ウン十万円は返済したんだよね? でないと猫を使って金を巻き上げた挙げ句別れたひどい女に周囲から見えるぞ
[一言] 彼女が悪いね…まぁ価値観の違いって事でいいんじゃないの?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ