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竜の教室・0




 ―※ウルフリークの朝は早い。

アトリウム王国第一王子・エルドは、日課の博物館限定展示実寸大360度古代ホログラム再現ユグドラシル樹脂フルカラーリングハイパー魔導スキンコーティング版ウルフリート=ブルース像―つまるところ1/1スケールウルフリート等身大フィギュアの手入れの為、ベッドから抜け出した。(※…ウルフリート・フリーク、つまり英雄ウルフリートの過激なファン。人魔大戦記マニアの中でも特に偏執的なファンを指す。)


 王立博物館の設立百周年を記念した特別展示に用いられたこのフィギュアを引き取って以来、エルドは毎朝、樹脂で出来た英雄の世話を欠かさない。

BGM代わりに朝のニュース番組をテレビの画面に映し、まずは手を消毒する。

大敵である指紋の付着を防ぐため、ゴム手袋を嵌める。

展示していた状態から丸ごと搬入した特注のガラスケースの蓋を開けて、埃が舞わないよう慎重にフィギュアの台座を動かす。

「この古代彫刻もかくやという端正な顔立ちと均整の取れた素晴らしき肉体美…そして旧アトリウムの技術の粋を集めた鎧の再現…実に…同解釈だ………」

こうして独り言で賞賛するのも毎朝のお約束である。

何しろ国中の学者、研究者、魔導士、そして美術家たちが膨大な時間を積み重ねて創り上げた逸品だ。完全再現でなくては困る。

白い肌に強く輝くアメジストの瞳、長く靡く漆黒の髪。ドワーフに伝わる伝説の金属・アダマンタイトを用いて鋳造された、竜の鉤爪すら通さぬという黒い甲冑。聖剣ハタタノツルギと対を成すという、大刀・ヨミツラヌキを携えた魔騎士の姿は―紛れもなく先日、ホワイトサロンで目にしたものと同じだ。

「まさか、本当にこのままの姿だったとは………」

甲冑の隙間に細いブラシを通しながら、不敵にほくそ笑む。

永らくロストテクノロジーだとされていたホログラム通信魔法の再現により、当時の魔石などに刻まれた映像をもとに製造されたとはいえ。まさか、誰もが、そして何よりもエルドが思い描いていた理想の英雄ウルフリートが、まるで本当に伝説から飛び出してきたように存在していた。

到底、信じられなかった。けれどそれは同時に、エルドにとって最も望んでいたことでもあった。幼い頃からいつも心の中に描いていた光景、その具現化。強く願っていたからこそ、現実は滑らかにエルドの中へ浸透した。

何しろここのところ、ウルフリートはテレビやラジオで引っ切り無しに取り上げられている。彼の英雄の名と姿が日常に現れるたび、エルドは何か、納得のような感情さえ覚えていた。

「…もっとちゃんと見ておけば良かった………」

 今更になって悔やまれる。レイが俺なんか庇って怪我をするから、騎士と魔導士に囲まれてさっさと王城まで連れ戻されてしまった。今頃、ウルフリートはどこに居るのだろう。大刀を拭くマルチファイバークロスを握る手にも力が籠もろうというものだ。

「よし…」

等身大ウルフリートを元のガラスケースに収め、次は部屋の棚に陳列したウルフリートグッズたちの鑑賞&メンテナンスに移ろうというところで―馴染みの女性アナウンサーの声が、今、確かに、エルドの琴線に触れる言葉を発した。


―『先週、コールドスリープから目覚めた八百年前の英雄・ウルフリート・ブルースさんですが―』


 “来年から、ヘルメス魔道学校で新設される魔騎士養成コースの専任教師として就任するそうです。”


「オブォフォッフォ!!!!!!!!?????」

 想定していなかった角度からの奇襲により、エルドの気管支は寸の間、正常な呼吸を拒んだ。

王宮じゅうに響き渡ったエルドの叫びにならない叫びを聞きつけて、第一王女・ミレイユは、弟の部屋の扉を何事かと激しくノックした。

「エルド、どうしたの。うるさいよ」

ミレイユが部屋に入ると、そこには正気を失って右往左往しているエルドが居た。

「レレレレレレイ落ち着け、まだあわあわあわあわあわアワワワ時間時間時間」

「えっ、ほんとに何?落ち着いて」

弟がこれほど狼狽している姿を、ミレイユは見たことが無かった。毒を盛られようが賊が侵入しようが毅然とした態度を崩しもしなかったエルドをここまで追いつめる事態とは。嫌な予感を察知して、ミレイユは固唾を呑んだ。

しかし、ミレイユがいくら背中を撫でて宥めても、エルドの身体の震えは止まらない。もしかして呪術や何かの病気かと、腰の剣に手を伸ばしかけたとき、突然、エルドは床に突っ伏して嗚咽を漏らし始めた。

「えっ、なんで泣いてるの?なんで?何?」

今度はミレイユがうろたえて、エルドの声に耳を済ませた。

「…生きる………」

「なんで急に宣言してんの?毎日生きてるでしょ?」

小さく呟いたエルドは何かを悟ったようなアルカイックスマイルを浮かべ、そのまま涙を零し続けている。

「レイ…俺は…学校に行こうと思う…」

「はあ……………学校!?君が!?どこの!?」

「ヘルメス魔導学校だ。もう決めた。来年から通う」

「き、決めたって…一体何が…」

 今まで一度だってそんな願望を口にしたことが無い自分の告白に驚くミレイユに対し、エルドはすっとテレビの液晶を示して見せた。

「…英雄ウルフリートのクラス!?」

ヘルメス魔導学校と思われる場所から、カメラに向かって記者会見を行うスーツ姿のヒューマー女性の映像を見て、ミレイユは更に困惑した。

確かに、あのホワイトサロンでの事件以来、世間はウルフリートの復活に湧き続けていた。それこそ連日彼の様子が各メディアで大々的に報道され、この弟なんかは国外の雑誌までわざわざ買い付けてウルフリートの記事のスクラップを作成していたほどだ。

それが、今日になっていきなり、あのヘルメス魔導学校で教師をするそうです、とは。ファンでなくても度肝を抜かれる勢いだった。

「うむ。これはもう行くしかあるまい。いちウルフリークとして」

「で、でも。今までだってずっと家庭教師だったし…高等教育だって城で受けられるじゃない。魔導ライセンスの講座も通信教育があるし、わざわざ学校に行かなくたって、頼めばウルフリートに出張だってしてもらえるかもよ」

「そういう問題ではなァい!!!!」

弟を気に掛ける言葉も、オタクの前では意味を持たない。

カッと目を見開き、エルドはふんぞり返る。

「敬意が足りんぞ、愚姉よ」

「敬意…。なんかよくわかんないんだよ、君の立ち位置が」

「ウルフリートが!!!!俺に!!!!教えるのではない!!!!俺が!!!!ウルフリートに!!!!教わるのだ!!!!」

 そこに込められているのは、エルドの、憧れの英雄への敬愛だった。

近づいて貰う、のではない。こちらから近づいていく。この二つには大きな差がある。

王家としての権威にモノを言わせて、ウルフリートと握手を交わし会食をする。これは確かに、最も簡単な交流だ。しかしエルドが求めるのは、そうではない。そうではないのだ。

ウルフリートの人生に参加すること。ウルフリートという英雄が生きていく道程の最中で、彼の目の前を通り過ぎるひとつの影として存在する。もしかしたら記憶にも遺らないかもしれない。けれど彼の時間の中に確かに自分が在ったと言えたのなら、それはエルドにとって一生の宝になり、誇りになる。

「ニュアンスは理解したかな…。つまり、君は徹頭徹尾第三者としてのファンなんだね?」

「そういうことだ。少しは頭が回るようになったらしいな」

 一国の王子が、ドヤ顔で言うようなことだろうか。ミレイユは頭を抱えた。

「…魔騎士養成クラス、か…」

しかしすぐに、興味はエルドと同じほうへ向いた。もう一度学科の名前を心のなかで反芻し、抜かずに済んだ腰の剣の柄を指先でなぞった。

(―そういう所に行けば、もしかしたら。)

ミレイユの思案を察知したエルドは、彼女が思い出そうとしている過去を振り払うように、勢いよく姉の肩を掴んだ。

「お前も来い、ミレイユ」

「わ、私も?何でさ」

「………お前は。幼い頃に剣術の稽古に赴いていたが。俺は…その………」

普段から自身に満ち溢れているエルドにしては珍しく、ごにょごにょと言い淀んだ。

それがエルドなりの道化なのか、それとも本当に純真さゆえから来るものなのか測りかねて、ミレイユは思わず吹き出した。

「寂しいんだ?」

「寂しくない。寂しくないが、いきなり庶民の学校に王族が赴いては、萎縮させてしまうだろう」

「私が行っても倍萎縮させるだけだと思うけど…」

「お前は、慣れているだろう。同年代が居るところに。俺は、城の人間と国外の政治家以外はよく知らん。それに、お前の魔力はどの道矯正が必要だ。これを機に正しい魔導を身につけろ」

「…エルド…」

 反論の余地は無かった。

身体が弱かったことに加え、自ら進んで積極的に父の政務を手伝っていたエルドは、王宮以外の世界を殆ど知らない。対してミレイユは、剣や魔法の鍛錬に明け暮れるなかで、一般的な社会との繋がりを築いてきた為、学校という場所でのコミニュケーションについてもエルドをサポートするのに十分な能力がある。父や大臣に相談すれば、お守りという形でエルドに追従する形になるかもしれない。

そして、ミレイユは自分自身を悩ませる特殊な資質を持っている。

エルドは遠回しに、ミレイユに克服の機会を与えたがっていた。

「俺は英雄に会える。お前は魔力を制御する術を学べる。何が問題だ」

「問題は…無いね」

「そうだろう。であれば早速ヘルメスに問い合わせて資料と願書を請求しよう。定員割れになってからでは遅い」

「…電話、混んでそう」

「王宮の回線を舐めるなよ!舞台『魔竜騎士~男の名はウルフリート~』五公演全通チケットを獲得した俺の鬼電力(おにでんぢから)を見せてやる!」

 何で王族としての権力を使ったり使わなかったりするんだろうな、という疑問を浮かべるミレイユを尻目に、エルドは自室の電話機を手に取り、アクセス戦争のさなかへと身を投じて行った。




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