竜は目覚める
―八百年前、旧アトリウム王国で勃発した吸血鬼率いる魔物の軍勢と、人間たちによる大戦ー通称『人魔戦争』。
その火種は一大陸に収まらず、各国の亜人種たちを巻き込み、やがて敵味方の区別なく、ただ互いの種族へ殺戮を繰り返す暴虐の嵐へと姿を変えていった。
世界中が人間と魔物、人間と人間同士の争いの炎に包まれ、人々は絶望していた。
そんな時代に、旧アトリウム王国に仕えていた将軍ウルフリート=ブルースという人があった。
ウルフリートは伝説の魔騎士として名高く、国一番の戦士とも謳われた。
三メートルの体躯に野蛮人のような黒髪と髭を靡かせた偉丈夫でありながら、その気性は穏やかで、清廉潔白、誇り高く思慮深かったという。
しかし一度戦となれば容赦なく、強きを挫き弱きを助ける、騎士の鑑のような男であった。
もしも今、戦乱によって荒みきった世界を希望の光で照らすことのできる人間が居るのなら、彼のような人物だろうと、誰もが思っていた。
しかし、ある時ウルフリートは永年仕えてきたはずの祖国を裏切り、国家の転覆を狙う吸血鬼族の一派に鞍替えすると、旧アトリウム王国に牙を剥き、その魔剣で多くの人間を手にかけた。
—ウルフリートは叛逆の騎士であり、人間達の敵となった。
彼さえいなければ、旧アトリウム王国が人魔戦争が生んだ亡者たちに喰らい尽くされることもなかったはずだ。王国は永遠の栄華を約束されていたはずだった。たった一人の騎士の裏切りによって、その夢は儚くも散ってしまった…。
…と、まあ、人魔戦争の後暫くはそう伝えられていたわけだね。
ところがどっこい、吸血鬼に操られていたのは旧アトリウム王国の政治に携わっていた主要な政治家達であり、ウルフリートはその事実に気づきながらも、恩義あるアトリウム王国の王子を人質に取られて身動きが取れない状況だった事が、戦争終結後、明らかになった。
まあ、それも当然か。結局のところウルフリートが加わった御一行というのは、何を隠そう、救世の七曜将と呼ばれた、聖騎士王ヘリオ・セルカークとその仲間達だったのだから。
吸血鬼との最終決戦に臨んだ聖騎士王たちは、最後にして最強の刺客であるアイスドラゴンとの苦戦を強いられた。
ウルフリートはそこで己が身を持ってアイスドラゴンを封じ、聖騎士王を吸血鬼との決戦の場へ導くための礎となった。
つまり、ウルフリート=ブルースとは、悪の軍団を裏切って、世界を救った勇者の一人。今もヴィズの山岳の奥深くでアイスドラゴンと共に眠る、伝説の魔騎士である、と。
「それが、今日までに語られてきた君の英雄譚だ」
「…」
「ああ、まだ発声は出来ないか。八百年も眠っていたらそうだろうとも。今は私の話を聞いてくれればいい」
傍の女が本を片手に言った。
何か言葉を返そうとして、男ーウルフリートは、確かに自分の喉から音が出ないことを体感した。代わりに目線をやって、眩い光のなかで女の輪郭を捉えようとした。
「ふむ。意識もしっかりあるみたいだな。流石、竜血を持った伝説の魔剣士は違う」
スーツ姿の女は感心したようにウルフリートの瞳を覗き込む。
ーこれは、一体。
ぼんやりとした思考の中で、形のない記憶をなぞり出してみようとする。身体は重く、酷く寒い。それでいて、自分の呼吸と鼓動だけが、やけに五月蝿く響いていた。
「自分の名前は分かるかね?ウルフリート=ブルース」
女の問いに、瞬きで答える。
永い眠りから覚めたかのように、今、自分が置かれている状況になるその前後の記憶が判然としない。霞がかった虚無の景色の中に、自我を持ったまま突然放り出された気分だった。
「良かった。今、私が語った歴史に心当たりはあるかな?」
「…」
これにも目を伏せて返答とした。
英雄・光の聖騎士王ヘリオ=セルカークと共に旅をした七曜将のひとり、魔騎士ウルフリート=ブルース。
確かにそう呼ばれていた。仲間達と世界じゅうを渡り歩き、人魔戦争の終結のため、全てを捧げて戦った。自分がそういう経歴を持った男であることは、言われるまでもなく、魂に刻まれている。
仲間達の、戦いの、国の、愛する人たちの記憶が血のようにゆっくりと神経の隅々まで巡る。
熱くたぎった生命が、筋肉を縛り上げていた冷たい鎖を解き放つ。全てが繋がる、全てが駆ける、全てが閃く。
ーああ、そうだった。
ウルフリート=ブルースは再び覚醒した。否、今度こそはっきりと意識を獲得した。
途端に、目の前の景色と女に対する疑問が湯水のように湧いた。
ここは何処なのか。貴女は誰なのか。俺はどうなった。彼等はどうなった。ー殿下は。
弾かれるように飛び起きる。身体に外傷は無いようだった。だが、あちこちに何かの管を繋がれていて、ウルフリートが身動きをするたびに、管の先のある魔導装置らしきものが連動した。
「慌てるんじゃない。君はつい先日、ヴィズの山岳から“発掘されたばかりだ”。そして我々ーヘルメス魔道学校が君の身柄を引き受けた後、適切な解凍処置を施し、今こうして君と相見えている。つまり、君はー…八百年の眠りから目覚めたところだ。無理はいけない」
スーツ姿の女はウルフリートを宥めて、真摯な視線で見据えた。腰掛けたスツールの上で何度も足を組み替えるような態度こそ慇懃無礼だが、そこには英雄を軽んじるような下劣さは無い。
ー八、百、年。
ウルフリートのなかで、言葉の暴力的な響きが反芻される。
「…突然こんなことを言われて、混乱するなという方が難しいだろう。私だって、未だに驚天動地の最中に居る気分だ。でも…それでも、あの凍りついた竜が、伝説を現実のものにした」
押し殺した溜息から、女の静かな動揺が伺えた。額を指先で何度も押して、頭痛の種を揉みほぐしているようだった。
ウルフリートの音の出ない喉が、竜、と形を紡いだ。自分の最大の戦いにして、最大の無念―それを彼女は、目撃したのだと宣う。ウルフリートが次に投げかけるであろう質問が分かっていたのか、あるいは本当に心を読んだのか。女は自らの胸に手を当てて、英雄を讃えるように、その薄い唇に微笑みを浮かべた。
「私はセージ・ヘルキャット。アトリウム王国のヘルメス魔道学校という場所で、そこの学園長をやっている身分だ。そしてここは、アトリウム王国はホワイトサロンにある、私の魔導研究所の一室だ。竜の氷結魔法で八百年眠っていた君の身体に魔力を流して、君が目覚めるのを待っていた」
聞き覚えのある地名に、ウルフリートは安堵した。
彼女が言うように、ここが本当に八百年後の世界だというのなら―アトリウムの名を残せた自分達は、恐らく勝ったのだろう。あの魔人と、氷雪の悪竜に。例えこれが死後の世界で垣間見る都合の良い夢幻であったとしても、優しい嘘とそれを伝えてくれた魔女―セージに、心から感謝したいと思った。“あのまま”では―生きているのかも死んでいるのかも定かではないあのままの状態では、希望も絶望も知ることすら出来なかったのだから。
彷徨う亡霊とはこんな心情だろうか。
納得と浮遊感と、幾何下の気怠さが、ここがまだ天界ではないと教えてくれているような気がした。見上げた天井は眩く、ウルフリートの知らない技術と装飾が用いられている。この部屋にしたってそうだ。床も調度品の数々も、いま自分が身に着けている衣服でさえ、まるで異世界のものだ。
―あの戦いであの技を使ってからの記憶は全く無い。気絶した訳でも、眠った訳でもない。ただ瞬きのあいだにアイスドラゴンの息吹を受け止めて、それきり意識が無かった。
そしてまた瞼を開いたときには、これだ。
ならば―戦士として、まずは何が出来るか。ここが真実八百年後のアトリウム王国であるのなら、ウルフリートにはやるべき事がある。魔女に抓まれているのだとしたら、これもまた打開しなければならない。ヘリオ達と冒険していた頃にも、こんな体験は山ほどあった。
ウルフリートはそれを確かめるべく、今度こそ自身の身体と相談しゆっくりと立ち上がろうとして―縦に突き刺すような地の揺れに阻まれた。
セージとともに手近な棚にもたれてその場をやり過ごすと、今度は部屋の扉が勢いよく開かれて、制服姿の若い熊獣人の男が慌ただしく入ってきた。
「学園長!街に魔物が!」
「砦を突破したって言うのか!?」
「それどころか、もう施設の中まで入ってきてます!急いで避難してください!」
獣人の男は既に半身に血を浴びて、手にした槍で追い払うかのようにセージをせっついた。
しかしセージは大人しく退避することもせず、苛立たし気に歯噛みをすると、男に示されたのとは逆の、開いた扉のほうへ勇み出た。
「ちっ…!ピンポイントの召喚…彼の魔力を嗅ぎつけたか…!君達、緊急用の転移魔法陣を使って、彼を学園に連れて行け!」
「学園長はどうなさるんです!?」
「戦うに決まっているだろう!全員退避しなさい!」
「いけません―警備兵がちゃんと隊列組んでるんですから!学園長!困ります!!」
男はセージを追って廊下に飛び出す。そして間もなく、只ならぬ気配を感じて、ぎょっと後ろを振り返った。
たったいま護衛しろと命じられた筈の対象が、背後で仁王立ちになっていたのだ。
あの、と声を掛ける間も無く、男は二人に置き去りにされた。
セージ・ヘルキャットが魔導研究施設を構える、通称“冒険者通り”。ホワイトサロンのなかでも魔法庁管轄のギルドから隠れるようにして形成されたその街並みに魔物が現れるという異常事態は、街の視察にやってきたアトリウム王国王子・王女を護衛する騎士団を混乱させるのに充分だった。
「殿下!お下がりください!」
「―!!」
施設の外から漏れ聞こえる騒ぎに、ウルフリートは過敏に反応した。手足の静脈に繋がった点滴や計器のカテーテルを無造作に引き抜き、負傷した誰かが放置したであろう剣を手に取った。
「待て!その身体で戦うつもりか!?」
セージの制止を聞いている暇は無かった。
薄い手術衣を纏っただけの裸同然の格好に、扱い慣れない得物。魔力の巡りも万全とは言い難い。顔色は死体のように青白い。それでもウルフリートは、筋力と血流を魔力で操作し、無理矢理に駆動させて、剣を振るった。
傷を抱えて座り込んでいた制服の兵士たちが感嘆を上げるころには、研究施設に迫っていた蜥蜴亜人の魔物を両断していた。
―次!
何年もその為だけに稼働してきた機械のように、ウルフリートは次々と蜥蜴の魔物を、蛇の魔物を、蜻蛉の魔物を真っ二つに斬り伏せていく。夥しい血の雨が、施設の出入口へ続く廊下を紅く染める。
動くものがいなくなったのを確かめて、ウルフリートは扉を抜けて外へ飛び出した。
「全くー私の学園らしくなってきたじゃないか!」
その背後で、これからの未来を思い描いたセージが不敵に微笑んだ。
「おい!殿下をお守りしろ!」
「殿下!!」
街の広場に魔物と対峙する軍服姿の集団があった。
―殿下。
騎士の出で立ちをした男たちが発したその言葉を聞くたびに、ウルフリートの血潮に迸る魔力が勢いを増す。
―殿下をお守りしなければ。
「エルド、私を置いて行くんだ…」
「ふん。別にお前を庇っている訳では無い。俺は俺の過失でこうして囲まれているだけだ」
ホワイトサロンに突如として現れた魔物の群れのなかで、王子エルドとその姉、王女ミレイユはたった二人で取り残されていた。
最初に死角から攻撃されたのは、二人を守っていた側近の護衛だった。
突然、目の前の騎士の首から上が吹き飛ぶという異常事態にいちはやく気付いたミレイユが、魔物の更なる追撃からエルドを庇って負傷した隙に、まんまと包囲されてしまった。
「君だけでも、騎士のもとへ戻って。お願いだから」
魔物の放つ魔法で抉られた肩口を抑えながら、ミレイユが懇願した。
自分とは違い、弟のエルドは剣術・魔術ともに未熟だ。ミレイユ一人ならば、あるいは戦って突破することも可能かもしれない。死と引き換えに、だが。このまま二人で死ぬよりは良い。自分が敵を引きつけている間に、エルドを逃がすことくらいは出来るだろう。どうせ玉座にはどちらか一人が就けばいい。その方が、王宮だって、自分たち姉弟を巡って争うことを辞める。
しかし王子エルドは、そんなミレイユの思惑を全く意に介さず、殆ど抜いたことのない懐の剣を抜いて、にじり寄る魔物の魔の手から姉を守らんと立ちふさがっていた。
「何故、次期国王たる俺がお前の願いなど聞かねばならん」
「私は君のお姉ちゃんだぞ!言うことを聞いてよ!」
「喚くな、気が散るであろう!」
宝石が埋め込まれた王家専用の剣が―決して実戦闘向きではないことを、姉弟はよく知っている。ホワイトサロンを管理する魔法庁と“お茶をする”為の、形式的な装備。切っ先が震える。
「…それが何だ。守って見せるぞ、俺は」
冷や汗を呑み込んだエルドが自らに言い聞かせるのと同時に、一頭の蜥蜴頭の魔族が、姉弟のもとへ躍り出た。
「エルド!!」
防御のために剣を翳したエルドの両腕に―覚悟していた衝撃は無かった。
その代わりに。
目の前には、“影”が立っていた。英雄の形をした影が、今しがた手槍を持って襲い掛かってきた蜥蜴の魔物を薙ぎ払った。エルドとミレイユに降り注ぐ返り血すら防ぐような鮮やかな剣捌きで、エルドとミレイユを囲む魔物たちを一頭残らず滅していく。
空から来るものを斬り伏せ、地から来るものを叩きつけ、動かぬものすら諸共引きちぎる。嵐のように魔物を巻き込んで粉微塵に切り裂く。
魔力で自らの腕力を、膂力を、胆力を強化し、硬化していた筋肉や神経が千切れる度にそれをまた魔力で繋ぎ直し、鈍らの剣さえ鋭くする。
怒れる竜が、虫か赤子でも蹂躙するかのように、容易く魔物の屍が積み上がっていった。
蹴散らす、蹴散らす、蹴散らす。
演舞のような優雅さで、苛烈さで、ウルフリートは魔物を殲滅した。
エルドとミレイユは、古い伝説に垣間見たような、恐ろしく、神秘的なその光景をただ呆然と眺めていた。
「ーご無事ですか、殿下」
「………」
それまでシミひとつなかった手術着を魔物の血で真っ赤に濡らして、英雄ウルフリートは守るべき者を振り返った。
「居た!ウルフリート殿!」
間もなくして、先ほど部屋に押し入ってきた獣人の警備兵たちを伴ってセージが現れた。魔女は周囲の惨状を見渡すと、苦々しそうに歯噛みをして頭を掻いた。
「は~あ…よりにもよってこの街でこんな事が起きるなんて…絶対私に責任押し付けられるじゃないかコレぇ…」
王国と帝国を結ぶ記念の地であり、魔法庁とその支配を受け入れないギルドたちが水面下で睨み合うホワイトサロンでの騒動ともなれば、セージの頭が痛むのも当然だった。
「セージ…殿」
「うわ。もう喋れるようになったの?一体どんなエーテル構造を…まあいい。両殿下、ご無事かな」
「あ…ああ………こ、この御仁のお陰だ。ただ、レイが…」
「すまないね。私が勝手に王族を治療する訳にはいかないんだ。今、王宮の治療師を呼んだところだから、もう少しだけ我慢できるかい?」
「え、ええ。ありがとうございます」
幻でも見ていたかのように腰を抜かして呆けていた姉弟は、状況を整理する余裕もなく、セージに言われるがままこくこくと頷いた。
「結局、君一人でほとんど殺してしまったようだね…」
「造作も無い事だ」
「さすが、八百年前の英雄は桁が違う」
「はっ…ぴゃく…?」
最早殆ど回復した確かな意識を持って、ウルフリートはセージに応じた。血の脂で汚れた軽い剣を手術着の袖で拭って、元の持ち主である兵士に返し、胸に手を当てた丁寧な会釈で礼とした。
その後ろでは、エルドが何かに気付いたように目を見開いて、ウルフリートの背中を自分の網膜に焼きつけようと必死になっていたことは、誰も知らない。
「…ところで君、身体の具合はどうかな」
セージがウルフリートの全身を観察する。明らかに先ほど目覚めたときよりも血色は良く、どこかを痛めている様子もない。
「具合…?」
しかしセージに指摘された途端に―ウルフリートはまるで魔法が解けたように、魔物たちと戦っていた雄姿が嘘のように情けなくその場にぶっ倒れた。
「うわっ!?急に倒れたぞ!?」
「やっぱりな~…文献で読んだ通りだよ…」
魔女はこのとき、ウルフリートを復活させる為に揃えた古代の記録にあった、彼のとある能力について思い出していた。
裏切りの魔騎士が使用していた“竜血”と呼ばれる肉体強化の魔法術式。
「か、身体が…動かない…」
「大丈夫ですか…!?」
その代償がなんであるかをセージは知っていた。
「平気平気。ただの魔力切れという名の空腹さ。何か食べれば元気になる」
「そういうものなのか…?…というか。それって…」
「さ。ウルフリート殿。魔物の血をいつまでも纏っていちゃいけないよ。戻って諸々の処置を受けてくれたまえ」
「いや…だが…殿下が…」
「はいはい。あれは君の知っている殿下じゃないから。会話ができるようになったのなら色々聞きたいこともあるだろう。ここいらで食事の時間にしようじゃないか」
全身を襲う空腹から来る倦怠感に、抵抗すら出来ず目線と口先だけで抗議を続けるウルフリートの身体を魔法で持ち上げて、セージは半ば投げやりに諭した。
「そういえば…二人居るような…?」
「もうダメだなこれ。他の王国騎士も来たみたいだし、揉め事になる前に私達はこれで失礼するとしよう。では殿下、―またいつか」
指の先にウルフリートをふわふわ漂わせながら、セージは王子と王女にウインクを残してその場を去っていた。またいつか、そんな確信を持って。
一方取り残された姉弟は、セージたちが去った後から駆けつけてきた王宮の魔導士や騎士から手当を受けながら、相変わらずぼんやりと、魔物の死体だらけになった街と、その光景を作り出した張本人に思いを馳せていた。
「…行っちゃったね。ちゃんとお礼したかったのに…。ていうか、物凄く強かったね、あの人…。一体何者なんだろう…」
「…レイ。俺は…夢を見ているのか?」
「え?急にどうしたの?」
「お…」
「お?」
そんななかで、突然、怪我すら負っていない筈のエルドが激しく痙攣し始めた。強く握り込んでいた剣が地面に音を立てて落ちる。エルドはしきりに、お、お、と言葉にならない浅い呼吸を繰り返し、しまいには頭を抱えて地面に突っ伏したものだから、周囲の人間は何事かと耳をすましてしまった。
「推しが…現実に…なっとる…!!!!」
「は?」
「英雄ウルフリートは実在していたのだ!!!!!!!!!!」
推し―即ち、子供のころから憧れ続けていた伝説の英雄の特徴とぴたりと符合する男の出現に感極まった王子・エルドの星すら砕く絶叫で、魔物たちに襲撃されたホワイトサロンの街並みはトドメを刺されたように崩れ落ちていったとかいないとか。
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・新連載です。
・前作『無限の少女と魔界の錬金術師』もよろしくお願いします!