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9話 真の聖女


「お……王太子殿下……」

「アルフォンスでいい。ミリヤ」


 油断していた。ここまで来たらもう王宮からの追っ手は来ないだろうと。もし王都外にまで捜索に来るとしてもしばらく後になるだろうと。


「も、申し訳ございません、王太子殿下……」

「いいんだ。ミリヤ、謝らなくて良い」


 それがまさか王太子自らこんな時間まで捜索をしていたとは。

 逃げ帰ったとはいえ無断ではない。聖女としての一番の仕事、大水晶に祈りを捧げる役目はとっくに果たした。デートが終われば教会から王宮に連絡してもらおうと思っていたし、祈りの効果が切れるらしい半年に一度は欠かさず通おうと思っていた。

 だからどこかで軽く考えていたのだろう。そこまで悪いことはしてないと。


「そなたが突然いなくなり、私は心臓が止まる思いであったぞ」

「申し訳ございません……」


 しかしそれはあまりに甘い考えであった。王宮側からしたらミリヤが頃合いを見て連絡する予定だったなんてわかるはずもない。ただ聖女が突然消えたとしか思えないだろう。


「あてもなく、ただ愚直にどこまでも駆け回り探そうと思っていた……だが、不思議なものだな。このドラゴンがここまで導いてくれたのだ」


 聖女の存在は国の防衛に関わる。王子であるアルフォンスが護衛もつけずに捜索に乗り出すくらい重大なことだったのだ。

 店内に堂々とドラゴンを引き連れて入ってくるという相当なマナー違反も些細なことになるくらいに。


「……王太子殿下のお手を煩わせたこと、重ねてお詫び申し上げます。軽率な行いでございました。どんな罰でも受ける所存で……」

「ふっ、そうだな。そなたは軽率過ぎた。もう少し待てば、こんなことをする必要は無いとわかっていたのに……これを見よ」


 ミリヤだけ罰せられるならいい。しかしルヴェルト達まで逃亡の片棒を担いだと思われてしまったら。


「そなたの祈りを受けた直後の王都の結界のデータと神官による報告書だ」

「はあ……」


 どんな罪状を言い渡されるかと思いきや、アルフォンスから手渡されたのはなんだかよくわからない数値やグラフが書かれた資料であった。パラパラとめくってはみたがやはり同じような図が続くばかりである。


「結界の強度が例年の最大値を超えてる……!?」

「えっ?」


 しかし正直にわからないと言うわけにもいかずミリヤが内心首を傾げていたところで、いつのまにか斜め後ろに来ていたルヴェルトが声を上げた。


「その通り」


 腕を組んだアルフォンスが尊大に頷く。


「今まで結界の回復はできても、強度を更に増すことができる聖女などいなかった。そんなことができたのは、七百年前の建国時の初代聖女だけだ」


 実感は湧かないが、状況は理解できた。なるほどそこまで絶大な力を持った聖女となればそう簡単に替えは効かない。王子すら捜索隊に駆り出されるわけである。


「そなたは神から気まぐれに力を与えられた聖女ではない。生まれながらの聖女であったのだ。つまりこの先力を失うこともない。はるか昔初代国王と並び立った初代聖女と同じく……これが意味することがわかるか?」


 先程から覚悟しているのだが、いつまで経っても罪状は言い渡されない。それどころか王子はミリヤの力を褒め称えることばかり言う。一体どういうことかと訝しんだミリヤが顔を上げると。


「そなたは王と対等な立場となったということだ。……もう、遠慮することなど何もない」

「っ!」


 ミリヤの疑問に答えるように、アルフォンスが大きく両手を広げた。


「それっ……て……」

「ああ。もう怖がることはないのだ、ミリヤ。私達の間に立ちはだかる壁は全て崩れた。そなたが逃げ出したことも、もう許そう。そんなことは今になっては些細なことだ」


 今までミリヤがどんなに約束があるから帰りたいと告げても、ミリヤもその約束の相手も王子より優先されるべき人物ではないからと却下されてきた。この国で王子より優先される人物は王のみ。そしてミリヤがその王と対等な立場となったということはつまり。


「寛大なお言葉感謝いたします。それでは遠慮なく申し上げます、殿下」


 今のミリヤの希望であれば、王子の希望より優先されるということである!


「この後約束があるので、このまま王宮には戻らず家に帰らせていただきたいです。今後は大神官様の御言葉の通り、半年に一度水晶に祈りを捧げるために教会に通いたく存じます。王宮へは、その時に教会から連絡をしてもらえたらと……」


 暗にもう一生王宮には行きたくないという希望である。その手前の教会で純粋な聖女の務めだけ果たして帰りたい。ミリヤにとって王宮は最早無駄に煌びやかな牢獄という印象しかなく、できることなら二度と戻りたくなかった。


「……どうやら、そなたはまだまだ私の愛をわかっていないようだな……」

「は?」

「この期に及んで身を引こうとするとは……少しお仕置きが必要だな」


 今王子は何語を喋ったのだろう。あまりに理解不能過ぎて外国語にしか聞こえず、ミリヤは脳内で大量のハテナマークを飛ばした。


「さあ、我が城で嫌と言うくらい教え込んでやろう。私がどれだけそなたを愛しているかということを」


 ミリヤの希望が王子より優先されるという話ではなかったのか。それがどうして愛だのお仕置きだのという話に。

 言葉はわかるが通じないという現象に大いに混乱している間に、ミリヤの足が宙に浮いた。アルフォンスに抱き上げられたのだと理解する頃には、アルフォンスが店内にまで引き連れてきたドラゴンに乗せられようとしてるところで。


「いやっ!離し……あれ?」


 しかし着地先のドラゴンが急に座り込んだ、というより崩れ落ちたことで、ミリヤはその背に横向きで乗った直後その動きに合わせて床に軽く滑り落ちるように着地した。


「……ああ、短時間で長距離を走って疲れたんだろう。ドラゴンを休ませてやらないと」


 その声の方を振り返れば、フードを取ったルヴェルトが丁度ドラゴンから視線を外したところだった。そして深く頭を下げ、アルフォンスの前に膝をつく。


「王太子殿下。発言をお許しください。お連れのドラゴンが大分疲弊しているようです。このまま夜道を走らせるのは危険かと」

「む?貴様、先程私のミリヤと馴れ馴れしくしていた輩だな。一体どういう関係だ。答えによっては容赦せんぞ」

「友人としてお付き合いさせていただいております。この度は偶然この街の手前でお会いし、食事をご一緒していた次第です」


 跪いたルヴェルトを見下ろし、アルフォンスは冷たい目で腰に提げていた剣の柄に手をかけた。


「……フン。今回ばかりは見逃してやろう。再会の場を汚い血で汚すわけにはいかないからな」


 剣を鞘ごと突きつけ、キッ!とルヴェルトを睨みつけるアルフォンス。そのまるで物語のワンシーンのような光景に、酒場の女性客達が感嘆の声を漏らした。


「だが。ミリヤは王族と同等の聖女であり、そして王太子妃となる者だ。今後は一切の接触を禁ずる」

「……承知いたしました。彼女がそう望むのであれば」


 さらわれたお姫様を迎えに来た王子様が、姫を連れ去った者達を成敗する感動的なエンディングが。


「望むわけないわ!王太子殿下、取り消してください。私はこれからも彼とお付き合いしていきたく思います」


 迎えられなかった。まさかのお姫様が拒否する事態。


「王太子妃の件ももうこれ以上はアピールも必要ないかと……聖女としての務めはきちんと果たさせていただきますので」

「なぬ?ミリヤ、何を言っている。そなたは王とすら対等な立場を得た。もう遠慮をする必要は無いと言ったではないか」

「はい、ですので遠慮なく申しております。王宮には戻りたくありません。彼とも付き合いを続けたいです」

「……フッ。そなたの無欲なところは好ましいと思っているが、ここまでとはな。本当にもう遠慮する必要は無いのだぞ」


 ここで酒場の他の客、舞台の観客となっていた者達も何かがおかしいと首を傾げ始めた。どこがおかしいのかはわからないが、このまま少女が王子の手を取ってハッピーエンドとはどうにもならなそうな。


「王太子殿下。差し出がましいことを申しますが」


 そんな中、膝をついていたルヴェルトが再び口を開く。


「聖女ミリヤ様の、王太子妃とならずとも聖女としての役目を果たすというお言葉は真実だと思われます」


 ルヴェルトの言葉にミリヤも頷く。聖女になれば王太子妃になれるよアピールなんぞされなくとも、役目を放棄する気はない。ルヴェルトとのデートさえ邪魔されなければそれで良い。


「ですのでいくら国のためとはいえ、殿下が無理にミリヤ様を妃に迎える必要は無いかと……」

「何だと!?無礼な!私がミリヤの聖女の力だけが目当てだと愚弄する気か!そんな馬鹿なことはない、私は真にミリヤ自身を愛している!たとえ聖女の力など無くともだ!」


 ルヴェルトのおかげでミリヤも理解した。アルフォンスの不可解な言動は、聖女として大きな力に目覚めたミリヤを絶対に国から逃がさないための策だったのだと。そうと知らなければ危うく吐くところであった。


「私のミリヤ。その無欲さ、いじらしさ、国を想う心、髪の毛一本から爪の先まで全てが愛おしい。叶うことなら私の部屋に閉じ込めて他の誰にも目に触れないようにしてしまいたい程」


 危うく吐くところであった。ミリヤは片手で口を押さえた。いやちょっと吐い……胃液が若干逆流した。ちょっと胸の半分あたりまで来ている。


「……聖女ミリヤ様は、とても無欲な方でいらっしゃいます」

「フン!貴様にミリヤの何がわかる。ミリヤが無欲でいじらしいことは私が一番知っている」

「ええ、そうでございましょう。聖女ミリヤ様はまさに聖女に相応しい無欲な方……本当に無欲で、世の女性達が皆夢見るような……」


 ミリヤが逆流する胃液と格闘の末押し勝ったところで、ルヴェルトが顔を上げる。


「……王太子妃になりたいという欲も、まったく無いのですね」


 怖気付くことなく王太子を見据える錆色の目に、ミリヤはこんな時であるが見惚れてしまった。この目に何度も助けられてきたのだなと。


「そうだ!浅ましくその座を求める他の女共と違って……ッ……ん……?」


 がくりとアルフォンスが膝をつく。目眩のためか、混乱のためか、片手で頭を押さえながら。


「ええ、仰る通りです。ミリヤ様は他の女性達と違い、王太子妃になりたいなどとまったく、これっぽっちも、一切思っていない」

「う、うん?そ、そうだ……つまり、王太子という立場ではなく、私自身を見て……」

「見目麗しい殿下に歓待されても少しも悦に入ることはなく、とにかく帰ろうとする方なのですよね」

「そ、その通りだ!ミリヤは何せ王宮に着いたその日から隙あらば帰ろうとしていたのだからな!」


 少々焦点の定まらない目で頭を押さえつつ、我意を得たりとばかりに言い放つ王太子。


「成る程。国中の女性が憧れる王太子妃の座にも、王太子殿下ご自身にも惹かれない、そんな無欲なミリヤ様だからこそ神がお選びになったのかもしれません」


 そんな王太子の様子を気にもせずルヴェルトが続ける。


「王太子妃になどなりたくない、見目麗しいアルフォンス殿下を直近で見ようと、自信溢れる殿下にどんなに引き留められ共に過ごそうとまったく心動かさない、なんて無欲な方でしょうか」

「なぬっ……?」

「国中探してもいないでしょう。このように奇特な方は。私もミリヤ様以外の女性で王太子殿下にまったく惹かれない女性など今まで見たことありませんから。ええ、聖女ミリヤ様以外に」


 ついにアルフォンスが黙り込んだ。ルヴェルトの言葉を反芻するかのように頭を抱え込んでいる。


「それよりも王太子殿下。先程から座り込んでいらっしゃいますが大丈夫でしょうか。長距離の移動の疲れが出たのですね……もし起き上がれないのでしたら医者を呼んで参ります。もしくはギルドで回復士を。王太子殿下。王太子殿下?……店主!大変だ、殿下が動けないようだ。ベッドへお運びしてくれ、俺は医者を呼んで来る!」


 話を振られた店主が弾かれたように動き、他の店員と共にアルフォンスの周りに集まった。その間にルヴェルトが立ち上がり、急いで医者を呼びに行くように駆け出し。


「ミリヤ、君はギルドの方に連絡を!」

「あっ、うん!」


 ミリヤの手を引き共に酒場を飛び出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなく察していた神力一生消えないよ宣言には笑わされてしまいました。 ミリヤはできれば一生戻りたくないでしょうに・・・。 [気になる点] ミリヤが生まれながらの聖女って、生まれつきその身…
[一言] 殿下、論破される!(笑)
[良い点] 王太子が安定の暴走具合。 気持ち悪さも安定してる。 だけど節度を守ってるのは流石に教育自体はまともだったか。 これならワンチャン更生ルートある……? あ、流れるような正論論破は流石でござい…
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