8話 再会
「いやー凄かったんだぜダンジョンでのルヴェルトの活躍!目当てのレアモンスターをやっと倒してさあ戻るぞって時にスケルトンの大群が出て、これは迂回するしかないって先輩達が言ったところでルヴェルトが『いやアレら全部操られてるだけだ親玉叩けば崩れる、もう少し近づければどれが親玉かも分かる』って言い切ってさぁ」
「そこまで言うならってことで近づいて、ルヴェルトが指示したスケルトンに一斉攻撃して倒したら他の全部のスケルトンも崩れたの!まるで操り人形の糸が切れたみたいに!」
「わあ……!凄い!ルヴェルトさん格好いい!私も見たかった!」
「お、おお……ああ、いや、それほどでも……」
デュラハン撃破地点から街までの道のりを、ドラゴンに乗るルヴェルト達と荷馬車で併走する。もうかなり王都を離れたこととルヴェルトにも会えたということで、ミリヤは身を隠せる荷台ではなく御者台でライルの隣に座らせてもらっていた。
「どうやって操られてるって見破れたの?」
「あんなに大群なのに視線が全員同じ方向だったんだ。元を辿れば一体分の視線しか感じなかったから、そこを叩けば崩れるだろうと」
「それが分かるんだ……!ルヴェルトさん凄い!」
「お、ああ、おぅ……」
「ちょいちょいアザラシになるのやめろよルヴェルト」
もうそんなに急ぐ必要も無いので、ドラゴンも荷馬車も皆で会話できるくらいの余裕のあるスピードで進む。
「結構深くまで潜ってたから迂回するとなるとだいぶ時間ロスになってたしね〜?まあ物資的には問題無かったけど、ルヴェルト的には大問題だったし?」
「初デートで遅刻するわけにはいかなかったもんなぁルヴェいだだだだ運転中!運転中だから!」
イアンの後ろに乗るルヴェルトが無言でその髪を引っ張るのをミリヤは微笑ましい気持ちで眺めた。どんなに遠慮なくやり合ってたとしても、やはりこの三人の間に流れる空気は温かい。
「そんで無事ダンジョンから戻って、上級者パーティの先輩達が俺らがそんなに急いでんならってことでこのドラゴン達を貸してくれたんだ」
「本当は三匹貸してくれるって言ってくれたんだけど、ルヴェルトは一人で乗れないから二匹になったんだけどねっ」
「……いや後ろに乗る方が楽だからそうしてるだけだし……小さいドラ……ロバくらいなら一人で乗れないこともねぇし……」
その信頼感が羨ましいと思いつつ、自分もこれから積み上げていけばいいのだと思い直す。どこか拗ねたように言い訳するルヴェルトはなんとも可愛らしかった。
「ところでミリヤちゃんはどうしてこんなところに?酒場の仕事はどうしたんだ?」
「あ、えっとですね」
「いいっていいって敬語じゃなくて!ルヴェルトのカノ……まだ友達?なら俺らともこれから長い付き合いになるだろうしな!」
イアンが『ミリヤちゃん』と言った瞬間スッと再びその髪を掴もうとしたルヴェルトが、続く『これから長い付き合いになるだろうし』のところで手を引っ込めた。どうやらルヴェルトの中で何らかの折り合いがついたらしい。
「実はあの後すぐに受けた聖女測定で当たりが出ちゃって……今まで聖女として王宮にいたの。教会でのお祈りはすぐに終わったんだけど、国の政策的に聖女を歓待してるってアピールしなくちゃいけなかったみたいで中々帰してもらえなくて」
「ええ!?聖女!?アレほんとに当たる人いるのね……っていやいるだろうけど!」
ミリヤの答えにイアンより先にユイが驚く。実際に自身も半年ごとに測定を受けている分どれだけ珍しいことか想像しやすいのだろう。
「……似合うな」
ボソリと呟かれたルヴェルトの台詞をミリヤは聞き逃さなかった。聖女のイメージにミリヤが似合うという意味で言ってくれたのだとしたらとても嬉しい。
「でもそれなら何でライル兄の荷馬車に?聖女なら行きも帰りも王宮の騎士達にしっかり護衛してもらえそうなもんだけど」
「いや、ミリヤちゃん護衛されるどころか一人で列車に飛び込んで来たよなぁ。今更だがどういう状況だったんだ?」
イアン達の疑問はもっともである。特にライルはあの時あんなに怪しさ満点だったミリヤによく手を貸してくれたものだ。
「ごめんなさい……あの……あんまりにも帰してもらえなかったから、隙を突いてメイドさん達が使う裏道使って逃げて来たの……」
ここで嘘をついても仕方がないので正直に言う。言い訳でしかないが悪いことをして逃げたわけではない。逃げたこと自体が悪いことだっただけで。
「帰りたいってことは何度も言ったんだけど、殿下はハハッとかククッとか鼻で笑って話も聞いてくれないし、騎士の人達はニコニコしながら『まあまあそう言わずに』って諌めてくるばかりで」
「それは大変だったな……」
「聖女を歓待するために聖女に嫌な思いさせてたら本末転倒だなぁ。そりゃあ普通の女の子なら王宮に留まれるだけで嬉しいのかもしれねぇけど」
今思えばちょうど他に聖女がいなかったので、一人くらいは手元に置いておいた方が安心という思惑もあったのかもしれない。
「ということは今頃王宮は大騒ぎじゃないか?聖女が急に居なくなったんだったら」
「一応王子から帰還許可らしき言葉を貰って騎士の一人にも伝えてから逃げ……帰ったんだけど、捜索されてるってことはそうだよね……」
国の防衛に関わることだ。ミリヤにある程度不自由を強いることになったとして、たかが平民の女一人の自由など気にしてられないのもわかる。
しかしタイミングが悪かった。ミリヤだって何もこの時期でなければ次の聖女が見つかるまでしばらく王宮に留まるくらいなんてことなかったのに。
「まあまあ、指名手配犯なわけじゃないんだからそんな気にしなくても後で戻ればいいじゃない。約束通りルヴェルトとデートしてからねっ」
「うん、ありがとうユイさん」
「えっ」
ユイがウィンクしながら言った言葉に、ルヴェルトが弾かれたように顔を上げる。
「……俺との約束のために帰ろうとしてくれてたのか……?」
「え?それ以外に無……あっ、その、う、うん」
当然だろうと頷いてから、もしかしてこれを知られるのはだいぶ恥ずかしいことなのではと思い至った。つまり『貴方とデートするために城を抜け出して来ました』と言ったも同然。
「あああいや別に俺とじゃなくても約束は約束だから守るためにそうしてもおかしくは」
「ううんっルヴェルトさんとの約束じゃなかったら、こんなに必死にならなかったよ」
「…………おぅ……」
「いだだだだ何故そこで俺の髪を引っ張るんだルヴェルトやめろこらおい」
ミリヤも無性に何かを思い切り引っ張りたくなってきた。両手がうずうずして恥ずかしさの行き場が無い。
「……?あっ!」
そんなやり取りを不思議そうに見ていたライルが唐突に何かに気づいたように口元に手を当てる。
そして目線だけでルヴェルトを見やった後ミリヤの方に身体を倒し、そっと耳打ちしてきた。
「……嘘から出たまことになりそうだなぁ、ルルちゃん」
「あ、あは、えへへへへ」
ちょっと前に偽兄妹を演じた人が将来の義兄とは。
世の中何が起きるかわからないものである。
◆◆◆
その後は一度も魔物に遭遇することは無く、ミリヤ達は無事街に入ることができた。
「それで、王子には『今までの聖女とまるで違う』って嘲笑されるばかりで」
「それはひでーなあ。ミリヤちゃんだって聖女としての義務はちゃんと果たしたんだろ?何が気に食わなかったんだろうな」
「ちょっと強めに帰りたいって頼んだりもしたんだけど『私から逃げられると思ってはおるまいな』って全然目が笑ってない不気味な笑顔で言われて」
「えー怖っ。アルフォンス殿下ってそんな人だったのね……絵姿では凄くカッコ良かったのに」
「お妃候補のご令嬢達とのお茶会に出席した時も、私をダシに抜け出そうとした王子にご令嬢方のところに戻るよう進言したら激昂されちゃって……まあそのおかげで一瞬だけでも帰還許可が下りたのだけど」
「……うん?お妃候補って……いやまさか……」
全員夕飯はまだだったので、すぐ近くにあった酒場に入って今に至る。ドラゴンと荷馬車は酒場の隣の広いスペースがありそこに停めさせてもらった。
五人用の丸テーブルだが、ライルは先に皆の分まで宿の手配をしてくるとのことで今はいない。
「なあ、それってミリヤさんがお妃候補としてアルフォンス殿下に狙われてるって可能性はないか?」
「ゴフゥッ、おま、ルヴェルト!お前大真面目に何言ってんだよもう」
「これが自分の好きな子は他のみんなも好きなはず現象……まさかルヴェルトが罹るとはねぇ」
「なっ!ち、違う!いっいや違わないけど違う!」
エールが気管に入ったらしいイアンがゴホゴホと咳き込む。危うくミリヤもスプーンを落とすところだった。
「そんなまさか、あり得ないよ」
ただしただの驚きでではない。それより嬉しさの方が勝った。思わず頬が緩んでしまうのが止められない。
「充分あり得ると思うんだが……話を聞く限りだとなんだかそいつちょっと」
「まさかぁ、物語のヒロインじゃあるまいし」
数年もすれば聖女の力も消えるただの酒場のウェイトレスでしかないミリヤに、一国の王子が惚れたかもしれないなんてあり得ない心配をしてくれてるのだ、ルヴェルトは。
「お妃様になるんだったら、あのお茶会にいたくらいの綺麗な人達じゃないと」
「なら尚更だろう。だってきっと君が一番」
綺麗じゃないか、と言ってから自分の発言の大胆さに気づいたのだろう。しんと静まり返ったテーブルで、ルヴェルトがみるみる真っ赤になってフードを被り頭を抱え込んだ。
「あーまたそうやって隠れようとする!ルヴェルト!言っとくけど全然隠れられてないからなそれ!」
「もールヴェルト、せっかくいいこと言ったのにそれじゃミリヤちゃんに呆れられるわよ!」
「あっ、や、そんなことっ」
両サイドからフードに手をかけて外そうとするイアン達をミリヤが慌てて止める。
「私はルヴェルトさんのそういうシャイなところも可愛いと思うし……」
頼りになるのに恥ずかしがり屋。格好良くて可愛い。この癖だって全然直す必要は無いとミリヤは思っているのだ。
「ミ、ミリヤさ……」
「ミリヤ」
「え?」
「ミリヤって呼んで、ルヴェルト」
フードを少しだけ外して顔を上げたルヴェルトを覗き込むようにして視線を合わせる。ちょっと唐突だったかもしれないが、呼び捨てし合う三人が羨ましくなった次第である。いつまでもさん付けでは他人行儀だ。
「……ミ……リヤ」
「ミーリヤ?」
「ミ、ミリヤ」
「ミミリヤ?」
しばらくの試行錯誤ののちようやくルヴェルトが「ミリヤ」と言い切った。すかさずミリヤも「なあにルヴェルト」と返す。
「……呼んでみただけだ」
「うん!」
そしてまたフードごと丸くなってしまったルヴェルトを眺める。とても可愛い。
「あれ、これ俺ら席外した方がいいのか?」
「うーん最早その必要も無いんじゃない?」
つい夢中になってしまい、イアン達や周りの声も聞こえなくなっていた。とにかくルヴェルトが可愛い。
「あれ?なんか急に静かになった?」
「ん?そうか?」
イアンとユイが不思議そうに辺りを見渡した時も、ルヴェルトしか見ていなかったミリヤは気付かず。
「……貴様、誰の許可を得て私のミリヤを馴れ馴れしく呼んでいる」
しかし何者かに真後ろに立たれてようやく異変に気付いた。いつのまにか酒場中が静まり返り、ミリヤ達のテーブルに……正確にはミリヤの背後に立った人物に皆の視線が集まっていたことに。
「さあ、もう逃がさんぞ。私のミリヤ」
ミリヤが振り返ったそのすぐ後ろには、王家の紋章の入ったマントを広げ、傍にイアン達が乗って来たドラゴンと似た個体を引き連れた、アルフォンス・エウレア第一王子が立っていた。




