3話 王子は聖女を帰さない
宣伝になりますが
他連載作『ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない』コミックス2巻が本日5/12(水)発売です。よろしくお願いします!
「へー!ここがその行きつけの店か!意外と賑わってんな!」
「ほんとほんと!意外だわぁ、もっと暗くて寂しそうなとこだと思ったのに」
「……」
すっかり板についてきた接客をこなし、そろそろあの人が来る時間だな、とミリヤが壁時計を見やったところ、入口の扉が豪快に開いた。
「いらっしゃいま……せ?」
チリンチリンと大きく鳴った鈴の音に、営業スマイルを乗せて振り向いたミリヤが驚きで固まる。
「三名!テーブル席空いてる?」
「は、はい、こちらにどうぞ!」
彼が来た。いつも一人で、深くフードを被って、扉に取り付けられた鈴を意地でも鳴らさんとばかりにひっそりと入ってくる彼が、同年代の友人らしき人を二人も連れてやって来た。明るい茶髪で日に焼けた背の高い少年と、少し跳ねた赤毛の活発そうな美少女。二人共初心者向けの武具や防具を身につけていることから、駆け出しの冒険者だとうかがえる。
「ご注文はお決まりですか?」
ということはやはり彼も冒険者だったのか。この三人パーティの一人ならばロールは何だろう。装備から察するに茶髪の少年が剣士、赤毛の女の子が拳闘士だとして、彼は。
「とりあえずエール三杯!あと俺は骨付き肉とステーキと肉団子スープ三皿ずつ」
「私はこのアクアパッツァとエンゼルフィッシュフライで」
「……」
「はいはい、サラダな!えっとマーメイドと海のおともだ……?このやたら長い名前のシーフードサラダください」
来店から着席までローブの彼は一言も喋らない。一見押しの強い二人に何も言えないでいるように見えるが、三人の間に流れる空気には不思議と安心感がある。茶髪の少年が何も聞かずともいつも彼が最初に頼むメニューを当てているところを見るに、付き合いも長いのだろう。
「承りました!すぐお持ちしますね」
「……はっはーん」
「?」
聞きたいことは山積みだが自分は店員、相手は客。無闇に踏み込んでは失礼だとミリヤが己を律していると、茶髪の少年が何やらニヤリと口角を上げた。
「わかったぞ、この店員さんが可愛いから通ってたんだろルヴェぇえぇえっ」
「お客さん!?」
途端にローブの彼が片手で茶髪少年の胸ぐらを掴み、片手でフードを取り去った。
「うぉおああお前メシ前になんてことをぉおお……っ」
「今のはアンタが悪いわよ、イアン」
その瞬間イアンと呼ばれた少年がかつての銅貨男と同じように何もないところでひっくり返り、中々起き上がれないかのように床に這いつくばって呻く。
「あ、あの……木桶をお持ちしましょうか……?」
「だ、大丈夫……一分くらいでおさまるんで……」
「は、はあ」
床に転がるイアンを一瞥し、何事もなかったようにフードを被り直した彼は、もう床には見向きもせずに壁を向いている。
「村にいた時からウチらの必勝パターンなんですよぉ。ルヴェルトが魔物の平衡感覚を狂わせて、転んだところをイアンがめった刺し、私がタコ殴り」
のちにユイと名乗った赤毛の美少女拳闘士が語ったことにより、その日ミリヤはローブの彼の名がルヴェルトであること、同郷の幼馴染三人で冒険者パーティを組んでいること、パーティ内のロールは魔法士であることを知った。
◆◆◆
「ミリヤよ、楽しんでいるか?」
そんな懐かしい——と言っても半年前くらいだが——思い出に浸っていたミリヤは、少し遠くから不意にかけられた声に現実に引き戻された。
「はい。紅茶もお菓子も大変美味しゅうございます。本日はこのような席で私などにもおこぼれにあずからせていただきありがとうございます」
今現在ミリヤは王宮の庭園の中心にセッティングされた白い長テーブルの末席に座り、無心で目の前のケーキとタルトとマカロンをむさぼり食っている。
「まあまあ、素晴らしい食べっぷりですこと。わたくしにはとても真似できません」
「ええ、ええ、本当に。お生まれがよく現れていますわあ」
クスクスと意地悪く笑いながら嫌味を飛ばしてくる、ミリヤより上座に座る令嬢達。彼女達の前にも宝石のような小ぶりのケーキ達が乗ったスタンドが置かれているが、皆殆ど手をつけようとしない。
「ならば良かった。この菓子は我が城のシェフ達が存分に腕を振るったものであるからな。殆ど手をつけられずに下げられるより、そのように楽しく味わってもらえたならシェフ達も喜ぶ」
「……っ!」
そして一番の上座に座るこの国の王子、アルフォンスがそれぞれのケーキスタンドを見ながら意味ありげに言った一言で、令嬢達は弾かれたように皿にケーキを取り寄せ始めた。
既にほぼ空になったケーキスタンドを前にするミリヤをキッ!と睨みつけながら。
「ああ、焦ることはない。皆ゆっくりと食べていてくれ。その間、私は食べ終った者の相手をしていよう」
本当ならば今頃地元に帰るため荒野を馬で駆けているはずだった。
それがどうしてこんな嫌味な同年代の貴族令嬢達と共に、20をとうに過ぎた男の接待ティーパーティーに参加しているのか。
「薔薇園を案内しよう、ミリヤ」
「恐れ多いことです。王子殿下」
しかももうどうにでもなれとヤケ食いをしていたら、アルフォンスに茶会を抜け出すダシに使われてしまった。ご令嬢達の恨みのこもった視線が一気に突き刺さる。
「では皆のもの、今日は存分に茶を楽しんでいってくれたまえ」
王子に直々に腕を差し出されてはミリヤも取らざるを得ない。そうしてミリヤを隣に置き、嫌味っぽいとはいえ十代の可憐な令嬢達に向かってドヤ顔で言い放った二十半ばのおじさま……おうじさまを横目で見ながら、ミリヤは最早虚無に陥っていた。
「あの日はゆっくり案内できなかったからな。改めて我が王宮自慢の薔薇園に招待しよう」
「ありがとうございます。至極光栄に存じます」
「ちょうど季節も移り変わる頃だ。春の薔薇が夏の薔薇に色を変えていく瞬間はこの時期にしか見れない。そなたにも見せてやりたくてな」
「ありがとうございます。至極光栄に存じます」
二週間前にとっくに帰れるはずだったのに帰れず、約束の日が迫ってくることに焦りながら、身分的に逆らうことのできない人の隣でひたすら時間が過ぎるのを待つことしかできない拷問。何故こんなことになってしまったのか。
「秋の薔薇も冬の薔薇も見せてやりたいのだが……」
「ありがとうございます。そのお心だけで充分です」
まったく心は込めずに感謝の言葉を繰り返しながら、ミリヤは事の発端である二週間前に思いを馳せる。
あの日、大水晶に神力を注いだ後、ミリヤは教会前で待っていたアルフォンスと護衛の騎士達に今から故郷へと帰る旨を告げた。
その時のアルフォンスの返事は『ハハッ!役目を果たすや否やもう帰ると申すか。どうやらそなたは本当に今までの聖女とはまるで違うようだな』であった。護衛の騎士達は誇らしげにウンウンと頷いていた。
そして馬車に乗り込み、連れて行かれた場所は王宮。ここまではいい。帰りの旅費や馬を用意してくれるのだと思った。王宮の中の聖女のために用意された部屋に連れられても、用意が整う間ここで待機しろという意味だと思った。
しかしその部屋でしばらく待ち、夕刻。ようやく呼ばれたと思いきや、呼ばれた先で整っていたのは帰りの準備ではなく夕食の準備だったのである。それも向かいにはアルフォンスが座っているという意味のわからなさ。
だが乾杯のワインを傾ける王子に逆らうわけにもいかず、護衛騎士達のニコニコとした無言の圧力も感じながらミリヤは諦めて席についた。
それでも流石にこれが終わったら帰してくれるんだろうな?という確認の意を込め『最後にこのような労いの場を設けてくださり身に余る光栄です。しかしこの後すぐに長時間の移動が控えている身ですので、せっかくのご馳走を残してしまうかもしれない無礼をどうかお許しください』と頭を下げれば、『クッ、ははっ!そんな心配をする必要はない、好きなように食べるといい』との返事があったため今度こそそれを信用した。
だがしかし。無駄に長いコースの食事が終わると、騎士の一人に城の外ではなく部屋まで送られ『ではあとのことは部屋付きのメイドにお申し付けください。お休みなさいませ』などと言われる始末。
その時になってようやく悟ったのだ。ミリヤを帰す準備など何もされてなかったことを。王宮に滞在することがミリヤの了承など聞かず勝手に決定されてしまってたことを。騎士はまったく悪びれず『王子殿下のあのような楽しげなお姿は初めて見ましたよ』とウィンクをして去っていった。
「ふっ、それにしても私がそなたの手を取り茶会を後にした時のあの者達の顔よ。白粉にヒビが入っておったぞ。見ものであったな」
「……」
と、ミリヤが二週間前のことを思い出してげんなりしている隣で、元凶の王子がご機嫌そうに笑う。
この二週間、ミリヤは何度も『人と会う約束があるから帰りたい』と申し出た。しかしその度に『その者は私より優先されるべき者か?』と笑顔で封殺された。この国で王子より優先される者など王しかいない。つまりミリヤに逆らうすべはなかった。
「まったく女というものはどうしてこう愚かであるものか……仮にも貴族であるというのに揃いも揃って上辺に囚われる者ばかり」
「そのことですが、殿下。差し出がましいことを申しますが……」
ここまでされてはミリヤもアルフォンスの狙いは読めた。しかしだからといってこれ以上思い通りになるわけにはいかない。
「彼女達も私に嫌味を言った罰はもう充分にお受けになったことでしょう。もともと空気を読まずお茶菓子ばかりに夢中になっていた私にも非はあります。そろそろお戻りになられた方が」
「……なぬ?」
アルフォンスの狙い。それはミリヤをしばらくの間帰さず、ミリヤを特別扱いしていることを他の貴族の女性達に見せつけること。
「……今日の茶会は、交流会と言う名の妃選定の場だ。それを知っていてなお、私に戻れと申すのか」
今日の茶会が茶会と言う名の妃選びの会であるということは、護衛の騎士達が何度もウィンクしながら『ミリヤ様なら絶対大丈夫ですよ』と伝えて来たので知っている。おそらくそのウィンクには『空気読めよ』という意味が込められてるのだろう。
「なおのことです、殿下。あまりにわかりやすい嫌味を言ってしまった彼女達は確かに妃候補として失敗したかもしれません。ですが、今頃彼女達も反省しているはず。その姿を見ないことには、選定も何もないでしょう」
王子の妃選びの場に、ただの平民であるミリヤが駆り出される理由。
聖女を王族が歓待しているという事実を貴族達にもアピールする必要があったのだ。聖女と王家の繋がりを知らしめ、王家の求心力を高めるために。
「……それは、そなたの本心からの言葉か」
「勿論にございます」
そして今回のことは更に、聖女となれば王子から特別扱いを受けられるという特典をアピールする意味もあったのだろう。勿論形だけのことには違いない。ただそれで貴族の令嬢達も半年に一度の聖女測定を率先して受けるようになるだろうことを考えれば、国の政策としては悪くない。
しかしその政策にいつまで付き合わされることになるのか、一週間後のルヴェルトとの初デートに間に合うか、それだけが気がかりで。
「フン。興醒めだ。ではお望み通り私は茶会に戻るとしよう。そなたはもう帰るといい」
「……っ!はい!そうさせていただきます!」
そんな心配で一杯だった中、思いがけず下りた帰還許可に、ミリヤは王宮に来て初めて顔を輝かせた。