10話 騎士達の誤解
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「ルヴェルト!こっちで合ってるの?ギルドの方向……っ」
酒場を飛び出してから手を引かれるがまま走り、ミリヤは目の前のルヴェルトに向かって叫んだ。初めて来た街なはずなのに、ルヴェルトはまるで迷う素振りを見せない。
「いいや、適当だ」
「え?」
いくつ目かの角を曲がり、ルヴェルトが急にスピードを落とした。うっかりその背にぶつかりそうになり、ミリヤも慌てて立ち止まる。
「夜中だから医者も回復士も見つからなかった、でいいだろう。どうせ数分で治る。それよりも君の今後のことだ」
「私の今後?」
すぐ治ると断言するということは、やはりアレはルヴェルトの能力によるものだったのだろう。さっきまでの鬼気迫る演技にミリヤもすっかり医者を呼ぶ気になってたけども。だがしかしそれならば何のために。
「王太子殿下は本当に君を妃にと望んでる」
「ええ!?」
真剣に告げるルヴェルトの目に冗談や嘘の気配は感じられない。本気でそう言っている。
「そ、れは……聖女になった場合の特典のアピールのためじゃなくて……国の政策として、本当に……」
「いいや、王太子殿下が君自身に惚れたからだ」
「えええええ」
ルヴェルトがそんな心配をしてくれるのは嬉しい。しかしそれはいくらなんでもあり得ないとミリヤが言おうとしたところで。
「……ミリヤ様!いたぞっ!皆、ミリヤ様だッッ!」
街の大通り入口の方向から、聞き覚えのある男の声が響いた。
「なんと……!殿下を追って来たらミリヤ様がいるとは」
「殿下もこの街にいらっしゃるのなら、これぞ神の思し召し……殿下とミリヤ様は本当に神に祝福されてるのだな……!」
駆け寄って来たのは王宮の護衛の騎士達。ミリヤがどんなに帰りたいと訴えてもウィンクしながら『まあまあそう言わずに』と言ってきた騎士達である。
「ミリヤ様!ご無事で何よりです。さあ、殿下と共に王宮に戻りましょう。大丈夫です。神官から話は聞きました。もう何も恐れることはありません」
「我ら騎士は皆ミリヤ様の味方です。王太子妃に相応しいのはミリヤ様しかいないと最初からわかっていました!」
「追跡魔法の反応が大きいので殿下もお近くにいるはず。殿下のもとまでお送り致します、王太子妃様!」
王宮では毎日騎士達からこのような扱いを受けていた。国の防衛に関わることだから仕方ないとは思っていたが、聖女を歓待しているというアピールのため、聖女を帰さないため、こんなにもワザとらしい持ち上げられ方を。
「……いえ、私は王太子妃になる気は無く」
「謙遜される必要はありません。ミリヤ様以上に王太子妃に相応しい女性はいないのですから」
「正式な婚約発表の準備も着々と進んでおります。あとはミリヤ様がお帰りになられるだけです!」
「さあさあ、こんなところで立ち話してないで早く殿下のところへ!」
そもそも王太子妃になどなりたくないミリヤにとってはこんなヨイショのされ方は苦痛でしかないのだが、おそらく今までの聖女達の多くは喜んでいたのだろう。王子様との結婚はいつの時代も世の若い女の子達にとっての夢である。
「王太子殿下には、先程お会いしました」
騎士の一人がミリヤの手を取ろうと一歩踏み出してきたところで、ルヴェルトがするりとその間に入った。
「む?何だお前は!ミリヤ様を誰だと思ってる!見たところ平民の冒険者だな?お前のような奴が割って入れるお方じゃないんだぞ!」
「彼女とは友人です。先程店で仲間と共に食事をしていたところ、王太子殿下がご来店になり、移動による疲れのためかその場でお倒れになってしまったので、彼女と医者か回復士を探しに出た次第で」
「なっ……!殿下が!?」
ルヴェルトの話を聞き、一気に騎士達がざわつき始めた。それは大変だ、宮廷医にも連絡を、と何人かが連絡鳥を呼び寄せる笛を吹き出す。
「ではミリヤ様、医者のことは我々に任せてどうか殿下のお近くに……おい、平民!その店まで案内しろ!本来であれば平民の冒険者など王太子妃であるミリヤ様のお近くに立つことすら許されないが、今回ばかりは許してやる。さあ、ミリヤ様。こちらへどうぞ」
「……お断り致します」
「ミリヤ様?」
ルヴェルトをまるで汚いものでも見るかのように睨みつける騎士に、ミリヤはきっぱりと答えた。
「王太子殿下から聞きました。私の聖女としての力が初代聖女と同じ生まれながらのもので、この先失うこともないと」
「ああ、もうお話しされていたのですね!ではもうミリヤ様が遠慮をされる必要など何もないこともわかって」
「はい、ですので遠慮なく申し上げます」
今までは身分が違い過ぎたこと、この先数年でミリヤが力を失えばすぐに他の聖女を集めなくてはならないだろうこともあり、その政策にあからさまに反抗することはできなかった。
「私は王太子妃にはなりたくありません」
しかしミリヤの力が生きてる限り続くと言うなら、国の聖女を集める政策のためこれ以上我が身を犠牲にしなくてもいいだろう。
「ミリヤ様……初代聖女と同じ立場を得ても尚、なんと無欲な……」
「驕り高ぶることもせず……やはり王太子妃に相応しいのは貴女様しかいないでしょう。他の身分ばかりの貴族令嬢達とはまるで違う」
「……?ですから、私は王太子妃になどなりたくないと言ってるんです!」
だからはっきりと言ったというのに、騎士達は感動したようにうんうんと頷き、また口々に王太子妃に相応しいと言い始めた。
いやおかしい。ミリヤは王族とも並ぶ地位を得たのではなかったのか。まだ意志を無視され国のために利用されるなど、王宮に居た頃とまるで変わらない。
「……王太子妃になりたがらないことが、王太子妃として相応しい条件なのですか?」
「ん?なんだ貴様!ミリヤ様を侮辱する気か!?」
今にも剣を抜き放たんばかりにいきり立つ騎士に向かい、ルヴェルトが冷静に言う。
「あなた方の話と彼女の話を聞く限り、彼女は王太子妃にはなりたくないのに、あなた方が無理矢理そうしようとしているとしか聞こえないのですが」
「何を馬鹿なことを!我々は無欲で謙虚であられるミリヤ様がいかに王太子妃に相応しいかを!」
「ですから、王太子妃に相応しい条件というのが、王太子妃にはなりたくないと思ってることなんですか?まるで罰ゲームのような条件ですね」
「何だとっ!?」
先頭の騎士以外も次々とその腰の剣に手をかけ始めた。ルヴェルトを反逆者か何かのように睨みつけ、唸り声を上げている。
「リンゴが好きな人ではなく、リンゴが嫌いな人にこそリンゴが相応しいと押し付けられる。嫌がれば嫌がる程なんて無欲だと褒め称えられ、更に押し付けられる。今まで王太子妃に選ばれ、王妃となった方々もそうだったのでしょうか。それはお可哀想に」
「貴様ァ、王妃様を侮辱する気か!」
「いいえとんでもない。なりたくもない王太子妃に無理矢理させられても国民に少しもそれを悟らせず、王妃としての責任を全うされたのでしたらなんて素晴らしい方なのだと」
「何を言うか!王妃様は国王陛下を深く愛しておられた!それは陛下が王太子であった頃からだ。王妃様が妃になりたくないなど思っていたわけなかろう!」
ついに先頭の騎士が剣を抜いた。まさかこんなところで切り捨てられることは無かろうが、王宮の騎士ならばその殆どが貴族である。貴族を怒らせてしまっては平民がどんな目に遭うか。
「ルヴェルト……っ」
その背に庇われたミリヤがルヴェルトのローブを掴む。
「だって、王太子妃になりたがらないことが、王太子妃たる条件なのでしょう?あなた方の言い分を総括すると」
しかしルヴェルトは怯まない。鼻先に突きつけられた剣ごと相手の騎士を見据える。
「どんなに嫌なことでも国のために耐える滅私の精神。それこそが王太子妃たる条件なのですね。お可哀想なミリヤ様。初代聖女と同じ力を得た故に、一生教会で祈ることが義務付けられ、なりたくもない王太子妃にさせられて……」
「貴様、言わせておけばぁ!ミリヤ様が王太子妃になりたくないなどいつ言った!」
「え!?ついさっき言いましたけど!?あと私は最初から王太子妃になりたいとは一言も言ってません!」
「え?」
思わず言い返したミリヤに、怒髪天の状態であった騎士が一瞬水を被ったようにポカンとした表情になった。
「あ、ああ、ええそうでしょう、だからこそ貴女様は王太子妃に相応しく」
「どんなに嫌なことにでも耐えられるからですか?」
すかさずルヴェルトが口を挟む。
「貴様ァ!ミリヤ様がいつ王太子妃になるのが嫌だなどとっ……アレ……?」
それに騎士が先程と同じく激怒した後、しかしようやく己の発言の矛盾に気がついたようで。
「ん?あれ?おかしいな、確かに……」
「いやいや、あのしつこい令嬢達よりミリヤ様の方がよっぽど……っ」
「ああ、よっぽど相応しいが……相応しいが……ミリヤ様は王太子妃にはなりたくない……?」
その地位や王太子の見目麗しさに目が眩んだ女共より、そんなものに一切靡かないミリヤこそが王太子妃に相応しい。今まで騎士達はそう何の疑問もなく思ってきた。
だがしかし、言われてみれば一切靡かないということはつまり、それになりたい気持ちがないということで……それこそが妃たる条件とすれば、立派であった亡き王妃だって条件を満たしていないということに……。
「だ、だが……王太子妃になりたくないなど思う女なんているのか!?」
「あの殿下の妃となれるのに……!?」
「そうだ、王太子妃、ひいては王妃以上の女性の地位などあるまい!どんな女だって惹かれざるを得ないっ」
それでもどうしても納得できずに悪足掻きを続ける騎士達に、ルヴェルトが首を傾げて言う。
「その殿下にも王太子妃の地位にも惹かれない稀有な女性だったからこそ、あなた方は彼女を素晴らしいと褒め称えていたのではないのですか?」
「うっ……」
ついに誰も何も言えず押し黙った。ここから何を言おうと矛盾になるとようやく思い知ったのである。
ミリヤは王太子妃になることを喜ぶはずだと言えばミリヤを推す理由がなくなり、王太子妃になりたがらないから王太子妃に相応しいのだと言えばまさに罰ゲームとなんら変わらず、亡き王妃への侮辱にも繋がる。
ルヴェルトの言う通りである。
「……ば、馬鹿な……」
それは誰に向けての言葉であったか。誰かがその一言を呟いたのを最後に、しばし静寂の時が流れる。
「……いや、だから俺言ったじゃないか……!」
「え?」
最初に沈黙を破ったのは、先頭の騎士から少し離れた場所にいた一人の若い騎士だった。
「ほらやっぱり!やっぱりそうだっただろ……!ミリヤ様はずっと帰りたいとしか言ってなかったんだから!」
実はこの騎士は、先程先頭の騎士がルヴェルトに剣を突きつけた時。同じくいきり立ちルヴェルトを睨みつけながら剣の柄に手をかけてた他の騎士達と異なり、一人剣を抜いた騎士に視線を向けていた。まるで何かあれば同僚の方をすぐに止められるようにするように。
「申し訳ございませんでした、聖女ミリヤ様。この度は我々の勘違いで多大なご迷惑を」
呆然とする同僚達を尻目に深々と頭を下げる若い騎士。
「いえ、私も勝手に帰ってしまったようなものなので……捜索のため無駄な手間をかけさせてしまったことは謝罪致します」
皆この騎士と同じ感性を持っていてくれたら逃げ出す必要もなかったのだろうなと、同じく頭を下げながらミリヤは思った。




