ルーティン
ベットから起き上がると、何もかも失った気がした。
目に入る景色も、耳をすり抜ける言葉達も、全てが邪魔くさい。
いつになれば抜け出せるのか、いつになれば元に戻れるのか。
毎日同じことを考え、同じように過ごす。
あの頃の私は、若く、未熟で、時間だけが先走っていた。
「葵、おはよう~、うわあやばい。課題やってないや。」
「大丈夫じゃない?先生いつも課題の存在忘れてるし。」
「そう願お~」
大学に入学をして1ヵ月。初めてできた友達の未沙は、バレンタイン前日に急いで作った生チョコのように、見た目は完璧なのに、中身は今にも溶け出しそうな脱力感を常に漂わせている。
女子大だからか、容姿の綺麗な子ほど、フランクな性格で接しやすい。
「ねえ、そういえば彼とどんな感じなの!」
始まった。私達のルーティン。一日の始まりは近況報告。
と言っても、毎日近況報告をしている。不思議なことに恋話に終わりはない。
脱力感に溢れている未沙も、この時だけは目をキラキラと輝かせ、前のめりに話す。
彼女の喜怒哀楽が分かりやすく体や表情に現れるのを見ていると、何だか微笑ましい。
「大学生になってからは、遠距離で会えてないから特にネタないなあ。」
「そっか~、私だったら学生の内から遠距離なんてやってられないなあ。女子大ブランド使ってインカレとかで新しい出会い求めちゃう。」
「女子大ブランド?」
学力が足りず2教科受験ができる大学を選んだ結果、女子大に入学した私と比べ、未沙は女子大に入ることが第一目標だったという。
「だってほら、モテそうじゃん?絶対あるよ、女子大ブランド。」
入学を決めた理由がそこにあることも、単純な考えを真剣に話す姿も、未沙らしさで溢れていて、つい笑ってしまう。
「うん、確かに!モテそうだ!!」
「肯定してる風ですね。バレてるわよ。でもさ、よく言うじゃん。私達まだ学生だし、色んな恋愛した方がいいって。葵が満足してるならいいんだけどね。」
未沙の言っている話を、今まで何人にされたか分からない。
学生の内から遠距離で浪人している彼氏を待つなんて、その人と結婚する訳でもないのだから時間がもったいないと、耳にタコができるほど言われてきた。
「でも、もう付き合って3年も経つからか、情みたいなのができちゃったんだよね。」
「情って、そんなの時間が解決してくれるよ~」
「けどきっと後悔するから、今は今のままでいいんだ。」
未沙は、へえ~と腑に落ちていない様子で机に伏せた。
私の彼は、大学受験に失敗し、現在浪人をしている。
都内の予備校ではなく、地元の予備校に通い1年を過ごす選択をした彼とは、もう3か月会っていない。
寂しくないか、満足しているか、と聞かれたら、正直よく分からない。
ただ一つ確かなのは、長い間積み重ねた時間と思い出は、もう私の生活の一部になっていた。
周囲のカップルは、お互い上京をし、半同棲生活をしていたり、親の目がなくなった環境を楽しんでいる。私は、そんな様子を画面越しに羨ましく感じることもあった。SNSの投稿にも、旅行の様子や他愛もない日常が載せられている。本当なら、こうなるはずだったのに。そう思ってしまう自分の気持ちに鍵をかけ、彼の力になることだけを考えて過ごした。
彼が上京をすれば、きっと全てが変わる。
「もしもし、寝ることろだった?」
決まって夜になると、彼から電話がかかってくる。
付き合い始めてから遠距離になった今でも、毎日連絡を取っている。
周りからは、そんなに話すことがあるのかと不思議に思われるが、話すことがなくても、他愛のない会話を3年間も続けていると、習慣となって染みついてしまう。
お互いに、寝る前に電話をするというルーティンような決まりができているのだ。
「俺、そろそろ葵に会いたい。」
「私も。」
この会話も、ルーティン。
幸せな会話も、素直に受け止められないのは、私達が遠くにいるせいか、日常に慣れてしまったせいか、その区別すらつかない。
「今度の週末、そっち行こうかな、ちょうどオープンキャンパスもあるし。」
「そうなの?じゃあ会おうか?」
「やった、楽しみ。」
「うん、私も。」
会いたい気持ちも、好きな気持ちも、しっかり持ち寄せていてる。
彼も同じ気持ちでいるし、喜びだって感じる。
そこに何の不満があるにだろうか。
自分は、何を求めて不満を覚えているのだろうか。
そもそも、それが不満なのか、ただ寂しさなのかすら、分からなくなっていた。