風花
あれから、一週間経った。
流石に母親には、退職はバレて、少々呆れられたが、元々放任主機だったせいもあって、好きにせいと、放って置かれた。
彼女は、バリバリの看護師で、シングルながら、稼ぎは良いのだ。だからそんなに、切羽詰まる程には金銭的には困らない。
だが、いつまでもダラダラしてても何も始まらないので、次の職に就くためにも自分のスキルを上げなければ、と...いう事で、
今日は、教習所にきている。
都心から電車で約1時間程の地方都市は、車が無くては生活範囲は広くならないのだ。
平日の昼間は、空いているなぁー。と、
入校日の後、休憩を挟んで初めての講習を受ける。
主婦が多く居る中、居心地悪そうるに後ろの席を陣取る。
やばいなぁー。やっぱりまだ人見るとビビっちゃうわ。直さないとな。
と、あれ?若い子も居るわ。ん?
斜め前に座っている子を良く見ると、見覚えのある気がする。
良く目をこらす。
風花...!
その人は、拓の小学校からの幼なじみが居たのだった。
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2人は、小中高と同じ学校で仲も良かった。
大学も一緒で、その後も、とある美術大学に同時に進学した。
となると、乗る電車も一緒なので、学校の課題や作品について熱く語ったものだ。
だが、男女の付き合いというものは一切無かった。
実は、拓の方は、ちょっとは気になってはいたのだが...。風花の方はまるで興味が無さそうだったから、言い出せなかったのだ。
風花の作品、課題はいつも拓の一歩先を行く出来で、惹かれていた。
作品の元になる着眼点、発想力が素晴らしい。小手先の技術に頼らない力強いものだった。
ーーーーああ、コイツには敵わないなーー
と、素直に思ったものだ。
だから自分はコイツに相応しくないとも思っていたし、コイツにはもっと俺じゃない誰かが隣に立つべきなのだと思った。
そして大学4回生の夏、風花は突然、大学をやめ、15歳も年上の彼と結婚してしまったのだった。突然いなくなった風花。風の噂では、幸せに暮らしているとは聞いていたが...
今、俺の斜め前の席にいる。
拓は風花の情報が欲しくてピアスに手が伸びた後、迷った挙げ句に手をおろした。
ーーー覗き見なんてしたくない。後で話かけよう。ーーーーーーーーーー
2時間の講習が終わった後教室から出て行こうとする風花に声をかける。
風花はびっくりして拓を振り返って、
「あれ?拓くん?!久しぶり。」
と、フワリと微笑んだ。
教習所裏のスーパーのイートインコーナーに座った2人。
久しぶりだし、ちょっと話したい。と、言ったら、帰りに夕飯のおかずを買うからと、こんな所に座っている。拓が持って来た、たこ焼きをつまみつつ、ああ、そういえば、高校の時にはこんな感じで買い食いしてたなぁ〜と懐かしく思った。
そういえば、旦那が居るんだよな。あんまり男女2人で話すのもまずいかなぁ〜。と思っていると、
「今ね。私求職中なんだ。ちょっと金銭的に困ってて、車もないと職も選べないから、免許からなんだけどね。」
てへっと舌をだして笑った。
「あ、俺も退職したばっかり・・・って、おまえ、旦那は?学校やめてあれから幸せに暮らしてるって聞いてたんだけど。」
風花はちょっと困った顔をしながら、ショートボブの首筋を掻きつつ、
「あー、幸せだよ。子供も居るしね。ただ今は、旦那が怪我してて・・・入院中。てか、意識不明の重体で、かれこれ3ヶ月経つね。」
「・・・。」
俺は風花の顔をギョッとして見て、絶句した。
哀しげに、微笑み、でも言ってスッキリしたのか、それから今の現状を話す。
「仕事先の事故でね、重機に挟まれちゃったんだって。知らせが来た時には、包帯ぐるぐる巻きのミイラ男になってた。それまで旦那に頼り切ってたけど、慌てて実家に子供預けつつ、車免許とりつつ職探ししてるんだ。頑張らないとね。」
早く生計立てなくちゃと、笑う。
風花には悲壮感は無かった。昔からそうだったが、今も強いメンタルみたいだ。
「そういう拓くんは?デザイン会社行ってたの?何で退職?」
「あー、俺の話はいいよ。ちょっと思い出したく無いし。情け無いしよ。触れないで。」
「ははっ・・・拓くん繊細なんだから、まあ、そこが良い所でもあるんだけど。」
クスクスと、笑う。俺は、ちょっと目線を逸らしながら、たこ焼きを摘む。
「まあ、旦那、死んじゃってる訳じゃないし、大丈夫。今まで楽させてもらってたんだから、今度は私が頑張らなくちゃね。」
そう言って席を立った。
また教習所でね。と言って風花は拓の肩を叩き、去って行った。
俺はそんな風花を見ながら、心の中で呟いた。
ああ〜また、見えてしまった。風花の情報が全てが。