坂上 拓の事情
朝起きた。
夢じゃなかった。たんこぶが痛い。
ピアス?は、元からあったほくろのようにくっついて離れない。痣は痛いが、これはそのうち治るだろうが。
グリグリと丸いのを引っ張る。と、カチリと音がなった。
―――対象人物なし―――
目の前にゲームの様なウィンドウが現れた。5秒程で消える。
なんだこれ?
「拓~起きた?あんた仕事行く前に、ご飯くらい食べて行きなさいよ~。」
母が下から声をかけてきた。
...あ、俺、退職したの話してなかったわ。
なんか、かったるいな~。まあ、2.3日黙ってたっていいか。今それどころじゃないし。
「はいはい。すぐ行くよ。」
ドスドス階段を降りる。
「まだ出ないの?」
「ああ、今日は遅番。」
――あ~適当だ~~。――
「じゃあ、母さん先に行くわよ。鍵よろしく。」
「はいはい。行ってらっしゃい。」
さあ、どうしようか?
家でゴロゴロする気にはならない。いつもの癖で、仕事着に着替える。
通勤定期がまだあるので、電車に乗ってしまった。遅めに乗った電車の中は、疎らに人が居る。
あー何してんだか、俺。
退職したら、あれしてこれして、色々やる気満々だったのにな~。出鼻をくじかれた。
何げなく、耳を引っ張った。。途端にカチリと鳴る電子音。
――対象 半径3m以内に5人――
全員の名称、スペックを表示しますか?
四角いウィンドウが開く。
なんだこりゃ?さっきもでたけど、RPGのゲームかよ?これ。
周りに居る近場の5人を見る。
...。あの女の人ちょっと奇麗かなぁ~。何気にチラッと見ていたら、カチッと音。
――柏田 りん 女性 22歳――
大学院生
頭の回転 レベル4
記憶力 レベル5
人付き合い レベル2
倫理観 レベル3
粘り強さ レベル4
体力 レベル2
――より、詳しく検索しますか?
...て、なんだこりゃ?
ここは、現実の世界だよな。もしかして、個人の情報その他諸々知ることが出来るのか?
...と、試しに...
――詳しく検索。――と、
突然頭の中に膨大な量の情報が飛び込んできた!うわっ駄目だこりゃ!!
他人が勝手に見ちゃいけないやつだ、これ。うわっ、この子こんな事してるよ。げっ
生まれてこのかた、まともに女性とお付き合いしたことも無い俺には、少々刺激が強すぎる!
自分の顔に血の気がたまってくるのが分かって、慌てて頭の中の情報をかき消した。
まるで、その人の生まれてからの情報が、一気に流れ込んできた感じだ。
周りに気づかれない様に真っ赤になった顔を隠しながら、息をつく。
凄いこのピアス。使い方によっちゃあ、すごいこと出来ちゃいそうだ。
ドキドキしながら、その隣の30代の男の人を見る。
――検索――っと、
おっと!おお、今度は普通な感じだ。
多少、挫折したとこもあるけど、同じ男として普通に会社員の下っ端で働いている人だった。
と、言う事で、周りに居る人を検索してまわったのだが、そのうちいたたまれなくなってきた。
他人の本質を黙って覗き見した様なものだ。
この能力は何のために俺に備わってしまったのか?謎の組織?とかに改造でもされたとか?
ーーて、仮面◯イダーか〜〜!
って、プー太郎なりたて、人間不信な男に何をやれってんだよ。ますます引きこもりになるじゃないか!
冗談じゃない!何とか元に戻らないと。
俺は、手掛かりを求めて、あの自分が倒れた場所に行く事にした。
上野駅から公園口を出て歩く。お巡りさんが居ないか、警戒しつつ不自然に見えない様気を付けて。電車の中で昨日の事がニュースになっていない事はわかってるので、大丈夫だろうと思うが。
横断歩道を渡る。...と、人と肩がぶつかった。
と、途端に頭の中に流れる情報。その中に、
-ーー自宅に人を監禁。銃を所持。ーーー
...!!
はっ?なんだって!
思わず、ギョッとして
その人を見返した。が、ぶつかった人は、目を合わせず、去って行く。
拓は、頭を抱えた。怖かった。そんな事知りたくなかった。どうやら、人に触れただけでも判るらしい。
判るだけで、自分には、他に何も能力はないのだから。どうすれば良いのか。
警察に話をしようか?何を証拠に?誰が信じるというのか。
噴水のベンチに座る。
他の人が見たら、きっと凄い顔をしていたんだと思う。拓は、頭の中でフリーズしていた。
と、その時、
「あー?おめ〜昨日奴か。どうしたよ。青い顔して。」
昨日のおじさんが、コーヒーとホットドッグを手に立っていた。