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第六章

 俺と茜は、久しぶりに伊集院児童養護施設に来ている。

 今日は、康太さんの病気の事や、施設を閉めると言う事、それに、俺達が新たに施設を作ることを子供たちに伝える為に、俺と茜がここに来た。

 色々話し合った結果、俺たちの計画している建物は、どう頑張ってもここが閉鎖するのに間に合わない。その為、ここの施設を、俺たちの施設が完成するまでの間借り入れ、新しい施設に引っ越しを行うという計画を立てた。

 その間、ここの施設までくるのは色々と難しいので、康太さんの奥さんをアルバイトとして雇うと同時に、協力を申し込んだ知り合いや音楽家、教員の方々に頼んで、面倒を見て貰ったり、家事をしてもらうことにした。時給を支払うと言ったのだが、みんないらないと言って、ボランティアとして活動してくれている。

「おはようございま~す。あれ?お兄さんたち、なんでここに?」

「あ~。お兄ちゃんだ~。おはよ~。」

 子供たちがみんな出てくると、康太さんは自分の病気の事、そして、もうすぐ施設を閉鎖する事。

 子供たちも、康太さんが病気のことは知っていたらしいが、施設を閉めなければならないほど、重いものだとは思わなかったようだ。

 その後、最近動画をあげていない理由を話す。その内容にも、子供たちは驚いている。町で偶然会った奏者が、自分たちの新しい家を作っているというのだから。普通であれば、警戒するのが普通だが、今までの半年くらいの時間で、子供たちも俺や茜のことを信頼してくれているようだ。

 だが、俺たちは子供たちの心を知らない。

 半年間一緒に音楽をしてきたが、俺や茜から、子供たちの過去を知ろうとすることはなかった。それはもちろん、子供たちを必要以上に傷つけることにもなってしまうし、何よりも、自分たちも親を失っているから、その気持ちを分かった気になっていた。

 でもよく考えればわかることだ。

 子供たちがどんな経緯で施設に入ることになったのか、俺達は知らないし、何より、その状況になったのは、俺達なんかよりもずっと若い、小学生で親を失っている。それは、中学生で親を失った俺よりも、高校生で親を失った茜よりも、辛いはずだ。

「今日は、君達と話をしに来たんだ。俺が児童養護施設を創る。その為に、君たちの事を知りたい。もちろん、君達にも、俺達を知ってもらいたい。」

 俺と茜は、同じ気持ちでここにいる。

 すると、美智子が席を立つ。

「いいんじゃない?どうせ、ここが無くなったら私たち住む所無くなっちゃうんだし。それに、みんなお兄さんのとこ大好きじゃん。」

 みんなが少し暗い顔になる。

 この顔は、記憶にある。と言うか、俺や茜は、経験のある顔だ。そして、経験のある感情だ。

「あ、ごめんね。私ちょっとトイレ行ってくる!」

 そう言いながら、美智子はリビングを出ていく。その瞬間、俺には美智子の瞳から涙が落ちかけていることに気づいた。

 美智子が部屋を出てから、俺も立ち上がる。

「すまない。みんなとは1人ずつ話をしたい。だから、すこし待っててほしい。」

「賢治君!」

 俺がリビングを出ようとすると、康太さんが俺を呼び止める。

「……頼むよ。」

「…はい!」

 一言ずつ、言葉を交わすと俺はリビングを出る。そして、トイレの前に立つと、中からすすり泣く声が聞こえる。

 ノックしようかとも思ったが、俺は、扉の横に座る。

「……美智子?」

「ひゃい!?」

 中から、変な声が聞こえてくる。

「そのままでいいよ。扉越しでいい。だから、君の事を聞かせてくれないか?」

「……。」

 しばらくたってから、美智子の声が聞こえてくる。

 小学校に入る前。まだ幼稚園の年長だったころに両親を失い、親戚たちをたらいまわしにされて、親戚から暴力を振るわれているところを児童相談所に助けられ、この施設に連れてこられたそうだ。

 その日々の中、泣いても泣いても救われない日々の中で、彼女を救ったのは、音楽だったそうだ。それも、80年代や90年代の女性アーティストの曲だった。

 相川七瀬の『夢見る少女じゃいられない』や『恋心』、プリンセス プリンセスの『Ⅿ』や『世界でいちばん熱い夏』と言ったラインナップだ。どっちのアーティストも、俺は結構好きだからよく聞くし、今でも人気のある曲だ。

「…だからわたしは、音楽が好きになった。最初はギターが好きだったけど、『め組のひと』で、トランペットに興味が出て、この前の演奏ではトランペットに選ばれて、すごく嬉しかった。」

「君はもともと金管向きだったってのもあるけど、それ以前に、トランペットを吹いているときの美智子は、とても楽しそうだった。」

 そこからしばらく時間が経つと、トイレの扉が開く。

「…私は、音楽に救われて、その音楽で、みんなを笑顔にしたいと思った。だから、私は音楽をつづけたい。でも、私はまだ楽器も上手くないし歌も歌えない。…だから兄さん、私に、音楽を教えて!」

 少し前まで泣いていたのだろう彼女の、潤んだ瞳、小さい顔は、床に座っているために彼女より低い位置にいる俺の顔を見下ろすようにこっちを見ている。

 今まで、軽くフランクな第一印象を得ていたが、彼女の真剣な表情と声は、今までの印象とかなり違う。

「……美智子。」

 どの様な言葉が一番いいか。彼女には、どんな言葉が一番いいのか。

 考えたが、俺には一言しか送ることができない。

「あたりまえだ。お前たちはもう俺の妹みたいなもんなんだから。」

「……うん!」

「じゃぁ、涙を拭いてこい。俺は先にリビングに戻ってるぞ。」

「は~い。」

 もういつも通りの調子に戻って、顔を洗いに行く。

 そのままリビングの扉を開くと、さっきと同様、子供たちと、茜に伊集院夫妻が座っている。

「…美智子は?」

 心配したような顔で、康太さんが中腰になる。

「大丈夫です。今顔を洗いに行きました。」

「……そうか。よかった。」

 俺はそのまま元の椅子に座る。

 おそらく、おれたちが居ない間に俺たちの作る施設についても説明されたのだろう。

「賢治兄さん!」

 急に鈴が立ち上がる。

「私、兄さんたちと一緒に暮らしたいです!兄さんたち、に音楽を教えてもらいたいです!」

「わ、私も!」

「これからも、音楽を教えてください!」

 みんな、鈴に続いて口を開く。

(…この状況だと、みんなに色々聞くのは難しそうだな。美智子からは話を聞けたし、俺達の施設についても説明できたみたいだから、今回はよしとしよう。)

 その日は結局、美智子しか聞けなかったが、康太さんからみんなの、孤児になった理由を聞いた。

 さっき、みんなの先頭に立って、俺達の計画に参加した鈴。彼女は、母親を通り魔に刺され、そのショックで父親は、鈴と一緒に心中しようとしたが、鈴は死ねずに、父だけが死んだそうだ。病院で、父が死んだことが知らされた後、彼女はずっと泣いていたらしい。

 しかし、彼女を救ったのは、またもや音楽だった。

 みんな、救われたと言っているが、中にはまだそうではない子もいるだろう。

 彼女たちを、本当の意味で救うためには、彼女たちの音楽で、笑顔になる人がいるってことを教えてあげなければならない。


―――――――――――――

 彼女たちに俺達が作ろうとしている施設について説明した日から丁度2週間後、俺の元に審査が通ったことを知らせてくる。

「やったじゃん!賢治!これであとは家を建てるだけだね!」

「その前に、何個か出さなきゃいけない書類があるし、多分家が完成するときには俺達入試だぞ。」

「大丈夫!だって私推薦でいくから。賢治もそうでしょ。」

「まぁそうだけど。」

 なんだかんだで、俺達ももう高2で、進学の事も考えるころだ。

 まぁ2人とも推薦で行くと学校には行っているのし、成績も問題ない。俺と茜は、学部さえ違うが、同じ大学を志望している。子供たちはまだ3年生と4年生だから、まだ中学の事も考えなくて大丈夫だ。

「そろそろ動画あげない?もう1ヵ月もあげてないじゃん。」

「そうだな~。そろそろ動画撮るか。審査も通ったし、何か違う事をしたいな。」

「何かないかな~。」

 子供たちは、あれから3日ほど来なかったが、その後毎日来るようになった。

 美智子は、いつも通りの感じを受けるが、どこか安心したような、心を許したような感じがする。

「合唱なんてどうだろう。」

「あ~合唱か~。たまにはいいかもね。曲は何にする?」

「曲はな~。あ、『HEIWAの鐘』なんてどう?」

「『HEIWAの鐘』か~。聞いたことないんだよね。今聞いていい?」

「あ、じゃぁ流すよ。」

 パソコンでYouTubeを開き、音源を流す。

 俺も歌ったことないし、この様子だと茜も歌ったことが無いのだろう。

「これでいいんじゃない?これなら混成合唱だし、ピアノだけで済むじゃん。」

「今日ってみんな来るって?」

「今日は鈴と葵と美智子と美空が来るって。そこからみんなに連絡してもらおう。」

「ああ。じゃぁ、俺達は譜面の用意でもするか。」

 気が付けば、子供たちと音楽の動画を撮って、それを投稿するようになっていた。

 最後に『三日月の舞』の動画を投稿して以降、1ヵ月に渡って動画を1本もあげていなかった。

 俺と茜が譜面庫で楽譜を探していると、インターホンが鳴る。

「は~い。」

 玄関を開けると、鈴たちが立っている。

「あ、兄さん!こんにちは!」

「いらっしゃい。入って。」

 入ってもらい、そのままいつも通り譜面庫に連れて行く。

 そこには、まだ楽譜を探してる茜がいる。

「お、みんないらっしゃ~い。」

「茜お姉ちゃん、こんにちは。」

「何探してるの?」

「ああ。『HEIWAの鐘』の楽譜探してるの。」

「そろそろ、動画をつくろうと思って。何やろうかと思ったけど、たまには合唱をしてみようと思って。どうだろう。」

 さすがに、管楽器奏者の彼女たちにはきつかったかな。

 子供たちは戸惑ったように顔を見合わせている。

「いやなら、俺と茜だけでやってもいいんだが…。」

「兄さん、私はやってみたいです!」

 鈴は賛成する。

 半年ほど一緒にいて分かったが、鈴はやったことないことは積極的にやりたい性格の様で、俺が何か提案をすると、真っ先に乗ってくる。俗にいう好奇心旺盛と言う奴だ。

「わ、私も、やってみたいです…。」

「私も~。合唱はまだ学校でってないから、気になる~。」

 みんな、合唱を学校でやってないようで、みんなやる気になる。

「じゃぁ他の子たちにも聞いてみて。どうせ楽譜はないだろうから。」

「あるよ。」

 すると、棚で楽譜を探していた茜が、『HEIWAの鐘』の楽譜をもって出てくる。

「普通に並んでたけど、賢治昔使ったんじゃないの?」

「いや、俺合唱はやんなかったし。」

「でも賢治の中学のハンコウ押されてるよ?」

「まじで?」

 中学の頃、毎年合唱コンクールがあったけど、『HEIWAの鐘』は1回もやったことないはずだ。ほかのクラスでも、やってた記憶はないんだが…。

「あ、賢治の中学校の吹奏楽部のハンコウだわ。」

「吹部?吹部でやったっけな…。あ!」

「心当たりあった?」

「中2の頃、神奈川区民音楽祭の合唱で歌ったな。いつもは違う曲だったけど、その時だけ『HEIWAの鐘』だったんだ。茜もいたと思うけど、覚えてない?」

「……残念ながら。記憶にはないかな。」

 そう言いながら、茜が楽譜をコピーする。

 最初にバスとテノールの楽譜をコピーして俺に渡してくる。

「パートはどうする?さすがに賢治1人でバスとテノールを数人ずつやるのはきつくない?」

「そうだな~。でも子供たちにテノールの音域はきついだろ。茜をテノールで入れて、子供たちがアルトとソプラノやるか。」

「それが一番バランスいいかな~。ピアノは賢治がやる?」

「ああ。茜やる?」

「遠慮しとく。私の腕じゃまだ合唱の伴奏ができるほどじゃないから。」

 皮肉交じりに、ソプラノとアルトを5枚づつコピーする。

「兄さん!みんなやるって!」

 みんなに聞いていた美空が、笑顔になってこっちを向く。

 今日は来ていない面子も、合唱に参加したいといっているそうだ。

「じゃぁ、半数ずつアルトとソプラノに分かれて貰おうか。パート分けは、今回はみんなに任せるからやってみて。」

「私たちが…。」

「パートを決める…。」

「合唱のパート分けは、楽器と違って自分たちの声の高さ低さだけで決めても、さほど大きな問題は出ないからね。まぁプロとかそう言う方に行けば重要になるんだけど、君たちぐらいの年代なら大丈夫。それに、極端に変な編成になったら俺達がアドバイスするし、もしもわかんないことがあれば、俺達どっちでも電話してくれればいつでも相談に乗るから。」

 まぁ、彼女たちの年齢を考えればまずどんな編成を組んでも変な編成にはならない。だけど、彼女たちはすでに管楽器のパート分けを経験しているし、いろんな楽器も演奏している。それが変な方向に出てしまわないかだけが心配だが、その時は、俺も茜もいる。心配ない。

「……わかりました。私たちでやってみます。」

「…じゃぁ最初に、楽譜を見ないで音源を聞いて、その後に譜面を読む。そうしたら次に音源を聞きながら楽譜を読んで、心の中で歌ってみて。そうすれば、自分の歌うべきパートの音が分かるから。」

 最初に曲を知っておいて、その後に楽譜を読めばその音が見つけやすくなる。そうして何も聞かづに楽譜を読んで音を確認して、音源を聞きながら自分のパートを心で歌い、最後に声に出して歌う。そうすれば、少なくともリズムは覚えられる。ここのいくつかの工程は飛ばしても構わないし、ここまでの丁寧な作業は、小学生の個人での合唱ならいらないと思うが、彼女たちだけの初めての合唱なのだから、失敗させたくない。

 その日は、子供たちに楽譜を渡し、楽器の演奏をみる。『三日月の舞』で打楽器を担当してた子たちは、あれから打楽器にハマってしまって、茜のスネアだけでは足りなくなり、友人からシロフォンとグロッケンを新たに譲ってもらった。

 …うちのスペースが狭くなった。

 そしてその2日後、俺の練習もどうにか間に合い、初めての合唱をしてみる。もちろん発声練習をしてからだ。

 発声練習は、楽器で言う音出しで、楽器では菅を、発声練習はのどを温めてきれいに発声するためのものだ。決して、のどを壊す行為ではない。だから、のどに支障が出ない程度でやめて、曲の練習に入る。

 最初の合唱は、初めてにしてはみんな上手い。やはり楽器をやってるだけあって、音感がある。打楽器は普通、歌などは苦手になる傾向があるが、彼女たちの場合、管楽器から打楽器に移行し、今での管楽器をやっているから、音感を失わずに済んでるのだろう。

 ちなみに美空は、茜のお眼鏡にかなったようで、日本最高峰の学生ドラマーから、直接ドラムの手ほどきを受けている。その甲斐あって、少しづつ腕を上げてきているが、茜曰「あれじゃまだまだ私には程遠いよ。」と言っていた。

 そりゃドラム初めて1ヵ月くらいの子がプロのドラマーに敵うわけないじゃん…。

 そんなこんなで、数回の合唱の後、録音を使って俺や茜も混じって合唱をしてみる。みんな管楽器をやっているだけあって、大した指導なしに合唱が成立し、なおかつまぁまぁなクオリティで仕上がる。

 そして収録当日。

 この日の為に少し大きめのスタジオを借りた。ピアノ収録用のスタジオや、歌を取るためのスタジオが併設されたスタジオだ。

 最初に子供たちの発声練習を兼ねてピアノの試し弾きをする。

 うん。良好だ。

 一回全部歌いきると、すぐにピアノの収録をする。

 申し訳ないが、自分の演奏に納得いかず、何回か取り直しをする。

 その後、子供たちの声を収録すると、今度は俺たちの収録をする。一気に収録してもよかったが、さすがに10人の子供たちの声に高校生2人では分が悪い。

「賢治。」

 俺と茜がマイクの前に並ぶと、隣から茜が声をかけてくる。

「これからもよろしく。」

 そんな言葉が来るとは思わなかったから、顔に出て驚いてしまう。

 茜は、そんな俺を見て、笑っている。

 あぁ、難しい事言わなくていいのか。

「こちらこそ、これからもよろしく。」

『2人ともー!収録始めますよー!』

 機械の使い方を教えて、収録を頼んだ子供たちが、窓の向こうから話しかけてくる。

 2人で初めていいというと、俺がさっき引いたピアノが聞こえてくる。

 お久しぶりです~。

 最近は仕事が忙しくページに入れないことが続きました~。

 これからも不定期で更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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