第四章
バリサクのケースを隣に置き、家の前に立っている。
「あ、お兄さん!今日はおさそいありがとうございます!」
楽器のケースを持った子供たちがこちらに歩いてくる。
昨日、彼女たちの帰りがけに今日の練習会の見学に来ないかと誘ったところ、即答で来ると返事が来た。
そういえば子供たちの制服姿をちゃんと見たのははじめてだな。昨日も見たけど、ちゃんと見ると、とてもかわいらしい。ブレザーにひざ丈までの黒地に緑と白のチェックのスカート。聞いた話では公立らしいが、公立でも制服はあるんだなぁ。
「そういえば、昨日は演奏を見てやれずに済まない。そういえば、君たちの名前を聞いてなかったね。」
鈴達5人のほかに、5人子供がいる。昨日もいたが、俺の方が忙しくしていたため、自己紹介を行う時間がなかった。
「はい!アルトサックス担当の伊東美咲です!」
「テナーサックスの森咲美樹です。よろしくです。」
「同じくテナー、川崎美空です。」
「アルトの柴田智恵と申します!」
「アルト担当の田中清美です。」
5人が自己紹介を終えると、子供たちの前にむきなおって、自己紹介をする。
「じゃぁ、俺も自己紹介しておこうか。俺は、バリサク奏者の高橋賢治だ。それと同時に、東雲皐月と言う名前でYouTubeをやっている。」
「「「よろしくお願いします!」」」
子供たちと一緒に話していると、右から小型バスが走ってくる。
小型バスを借りられたらかりてくると言ってたが、借りられたようだな。
マイクロバスは俺たちの前に止まると、扉が開いて、コウが降りてくる。
「賢治ー!待ったか?」
「いや、待ち合わせ5分前だ。丁度いいくらいだろ。にしても昨日はすまんな。これから少し忙しくなりそうだ。」
「いいってもんよ!そう言う活動は俺も興味あったし!何より楽しそうだ!」
「元気だな~、お前。まぁいいか。じゃぁ、積み込もう。とはいっても、積み込むのは俺のバリサクだけだけどな。」
「後で茜ちゃんの家でドラムセット積み込むんだろ?なら下に入るのはバリサクだけっぽいな。」
「じゃぁ、君たちの楽器はバスの中に積み込んで。」
「「「「「はい!」」」」」
コウがトランクを開け、中にバリサクを積み込むと、子供たちは楽器を持ってバスの中に乗り込んでいく。
バリサクを積み込み、俺とコウがバスに乗ると、もう子供たちは席に座っている。
「よし、じゃぁ行こうか。茜ちゃんの家でいいんだよね?」
「ああ。頼む。」
運転席にコウが入るとエンジンをかけ、俺が座ってのを確認してから発進する。
茜は、親を失ってしばらくしてから引っ越し、今では俺の家の近くに住んでいる。その為、走っているとすぐに、前に茜の家が見えてきて、それと同時に、家に前に立つ茜もみえてくる。
バスを降りると、茜が元気によってくる。
「やっほ~賢治。さっきぶり。」
「おう。さっきぶり。ドラムは梱包できてるか?」
茜とはさっきまで学校で一緒だったが、楽器の準備のためお互いの家で待機していた。
茜のドラムセットを積み込むと、トランク内が一杯になる。
「こりゃ、子供たちの楽器は上に積ませて正解だったな。」
「ああ、こりゃギリギリだったな。コウ、トラックにして俺ら電車かなんかの方がよかったかな。」
「まぁそれも一つの手だったな。まぁ乗ったからいいじゃねぇか。さっさといこうぜ。」
3人でバスに乗り込み、西公会堂に向けて走り出す。まぁそんな遠くないから10分ほどで到着する。
西公会堂につくと、正面でコウがバスを止める。
「先降りろよ。俺は駐車場に止めるから。賢治の楽器だけでも持っていけば?子供たちの楽器は一応バスの中に置いとけばいい。茜ちゃんの楽器もあとでてつだってもらって下ろせばいい。」
「了解だ。みんなー、降りるぞー。楽器は置いてってな!」
「はーい!」
「わかりました!」
さっきまで、バスの車窓から見える横浜駅をずっと見ていたが、俺の声ですぐに向き直り、席を立つ。
俺と茜が先に降りると、コウに「ありがとうございました。」と一言言ってから降りてくる。
その間に、トランクを開けて、バリサクを下ろし、もう一度トランクを閉める。
「コウー!いいぞー!」
すると、扉が閉まり、バスが走り出す。
そのまま振り返り、西公会堂に入る。正面入り口から中に入り、右に曲がってホールの扉を開く。
中では、すでに何人もの奏者が音出しをしたり、談話してたりしている。
「ん?高橋?高橋じゃないか!」
「佐々木もいるぞ!」
奏者たちが寄ってくる。こういう場に参加したのはかなり久しぶりだし、この面子に会うのも久しぶりだ。
「久しぶりだな。演奏会にも出てなかったし、1年ぶりくらいかな?」
「ほんとだよ!今日は来てくれてうれしいよ!」
「お前と佐々木が参加しなかったせいでバリサクもいないし、ドラマーもいなかったんだぞ!」
奏者たちの質問攻めに、俺と佐々木は返答していく。
「そう言えば、その子たちは?」
「まさかお前ら、養子でも貰ったのか?」
「違うよ。今日はホール練習みたいなもんだろ?だけど、そう言う空間で聞いてる人がいると集中力上がるだろ?この子たちは、いわば『小さなお客さん』だ。良いだろ?この子たちは音楽をやっていきたいって子たちだ。この子たちにとって、今日のこの演奏は絶対に得るものがあるはずだと、俺は思うがどうだろう。」
すると、壇上にいたトランペット奏者がこっちに歩いてくる。
「長谷川、久しぶりだな。」
「ああ、高橋も佐々木も、久しぶりだな。俺はこの子たちに俺たちの演奏を聴かせたいと思うけど、他の奴らはどうだ?」
「俺もだ!」
「未来の奏者のためだ!」
全会一致で賛成だった。
「よし!みんなで準備だ!音出し開始!」
「「「了解!!」」」
「あ!私のドラム運ぶの手伝ってー!」
「「おー!」」
佐々木について数人の打楽器奏者が搬入口に向かっていく。
「みんなは適当に座って聞いてて。今日は俺たちのホール練習であって、
俺は、バリサクを広いところに置くと、鞄から三脚とカメラを取り出す。
「わりぃ!今日の演奏動画とっていいか?YouTubeでダイジェストあげたいんだが!」
「いいよー!」
「どうせ俺ら顔売れてるし!」
そう言えば、ここにいるのはそのほとんどがソロ活動しているような奏者たちだ。顔が売れてない奴を探す方が大変だ。
カメラを設置すると、子供たちの方を見る。
「ごめんだけど、後で合図したらカメラの録画押してくれない?」
「わかりましたー!」
「まかせてください!」
元気よく返事が返ってくる。
それをみて、バリサクの所に行くと、リードを咥えながらコルクにグリスを塗り、リードをリガチャ―で固定し、ハーネス型のストラップをかけると、バリサクをストラップにかけ、ネックをサックスにさす。周りはすでに音出しをしてる人が多い。
チューニングをするため、片方の耳を指でふさぎ、B♭を吹いて、音を合わせる。あとで楽器が温まって音が高くなることを考えて、音を低めに合わせる。ここはホールで、温度が上がりやすい為、楽器が温まりやすい。
壇上には上がらず、その場で曲を吹き始める。曲は、マーチ『春風』。本来バリサクはメロディがないが、メロディを吹き始める。すると、それを聞いたトロンボーン帯が入って来る。それに続いてチューバが入って来る。その後、少しずつその場に残っていたすべての楽器が入って来る。
最終的には、ホール内の奏者全員が参加する。吹奏楽などではよくあることで、誰かが曲の分かりやすいところを吹くと、それに合わせて誰かがその曲の自分のパートを吹き始める。それを繰り返し、最終的には指揮者なしで合奏が成り立っている。
「おーいー!私が居ない間に合奏始めないでよー!」
茜が戻ってくる。すでにドラムセットの組み立ては完了しているようで、奥でわちゃわちゃドラムを運んでいる。
その声にみんな演奏をやめ、ドラムを置く場所の相談を始める。
「高橋ー!お前どう思うー?」
壇上に登ってた長谷川が聞いてくる。
わちゃわちゃとドラムを運ぶ人の中には、コウも混ざっている。
「今日は指揮者いないから、真ん中でいいんじゃね?どうせドラムセットがリズム帯になるんだし。」
「それもそうか。じゃぁ、管楽器は全体的にすこし後ろに下がって!指揮者台をどかしてドラム置くよー!」
「「「おー!!」」」
みんなが一致団結してもう一度編成しなおしてる間に、俺は子供たちの所へ行く。
みんな、準備をする奏者たちから、少しでも学ぼうと舞台を凝視している。
「悪いね、演奏開始にはもう少し時間がかかりそうだ。」
俺が近づいていることに気付いていなかったのか、子供たちは驚いた顔でこっちを見る。
「もう少ししたら全体でチューニングして演奏を始めると思うから、それまで待ってて。」
そういう俺の顔を見たまま、子供たちは一言もしゃべらない。
どうしたのかと気になっていたら、美咲がゆっくり口を開く。
「…音出し中、調整中の適当な演奏でもあんなにレベルが高いとは思わなかった……。」
「いや、一応ここにいるのはみんなソロ活動するような奏者たちだぞ。ある程度の腕がなけりゃ活動できないし。」
「それはそうですけど…。」
すると、再編成が終わったようで、みんな座席に戻り始めてる。
「おーい、楽譜配るぞー!」
「じゃぁ、カメラ回して。バリサク持ったまま中に入れないからさ。」
「わかりました。頑張ってくださいね。」
友恵が声援を送ってくれる奥で、智恵が録画を入れる。
それを見て、壇上に戻ると、長谷川が封筒を持ち上げる。
「じゃぁ楽譜配るぞー!楽器ごとに封筒に入ってて、ピンで数字が書かれた紙が止まってると思う!その番号通りにやるから!」
「「「了解!」」」
長谷川が起点となって封筒が回ってくる。
俺の席は、一番客席側で、横を見ると、知らない顔がいる。楽器は俺と同じバリサクだ。
「あ、初めまして。今回初参加の黒木と申します。色々至らぬところはあると思いますが、よろしくです。」
「ああ、よろしく。高橋賢治だ。今後長谷川経由で演奏会とかがある場合は会うかもしれないな。」
話していると、隣から封筒が回されてきて、俺のもとにも封筒が来る。が、その封筒には『B-Sax』ではなく『高橋』と書かれている。
中を見たところ、隣の黒木の楽譜と少し違うようだ。
何より驚いたのは、入っている楽譜がどれもかなり長い曲で、しかも30曲以上あるように見える。それに、1番と書かれた譜面は、『サンバ・フェスタ』と書かれていた。
知らない人は、YouTubeで調べてみよう!バリサクがとんでもなくかっこいいがとんでもなく鬼畜な曲だ。
「おい!なんで1曲目が『サンバ・フェスタ』なんだよ!」
「え~ご不満?」
「当たり前だ!俺を殺しに来てるじゃねぇか!」
「え~。今まで俺らの集まりに出なかったのはどこのどいつかな~?」
「…くそ!反論できねぇじゃねぇか!」
「じゃぁ、ちゃっちゃと始めよう。早く演奏したいんだ。」
「「「賛成!」」」
その声と同時に、オーボエがチューニングをする。なんの合図もなしに、すぐにフルートとピッコロが入り、クラリネットが入る。あってることを確認すると、そのままソプラノサックスとアルトサックス、それに続いてテナーサックスが入る。これもあっていることを確認して、いよいよ俺たち木管低音バスクラリネットとバリトンサックス、ファゴットが入る。その後、チューバが入るとトロンボーンとユーフォニアム、ホルン、トランペットと続いて、全体が入った所で一度切って、もう一度全員で音を合わせる。
音があってることを確認すると、演奏をやめる。
指揮者がいないので、特に合図する人がいない。だから、俺が立ち上がり、客席側を向く。『サンバ・フェスタ』は、最初からバリサクのソロがある。そのため、俺の準備ができていれば、それは演奏開始の合図と言っても間違いではない。
すぐに軽快なパーカッションが始まり、打楽器たちがテンポよく演奏を始める。ここで俺がミスったらただの笑いものだ。
(失敗できねぇなぁ~。じゃぁ、やるしかねぇか。)
強すぎない。それどころかむしろとても弱く。
だけど、弱くなりすぎれば音が失速する。
タンギングをミスれば、その瞬間このソロは失敗だ。
優しく、だけどラテンの強さを失ってはいけない。
ゆっくり落ち着いて、だけどラテンの軽快さを失えば聞くに堪えないものになる。
息は強く入れない。だけど強すぎると息が足りなくなる。
自分でもびっくりするようなソロに仕上がった。これは、楽しい。最初に『サンバ・フェスタ』を持ってくるとかいう頭のおかしいことになっているが、とても楽しい。
『サンバ・フェスタ』が終わると、2番と書かれた楽譜を取り出す。2曲目は『名探偵コナン・歴代テーマメドレー』と書かれている。
長谷川が独自に編曲したらしく、中身は映画一作目から最新作までの主題歌のメドレーで、最後にはメインテーマが入っている。
その後、『サンバテンペラート』『ウィークエンドインニューヨーク』『ユーロビートディズニーメドレー』『パイレーツオブカリビアン サウンド・トラック・ハイライト』『ディープパープルメドレー』などの吹奏楽の定番曲を11曲演奏すると、小休憩をはさむ。
「お兄さん!…大丈夫ですか?」
「……ああ!……大丈夫。」
演奏していた奏者たちは、ホールの客席に座って無言で微動だにしないか、ホール内の床で伸びている。さすがに休憩なしで11曲の演奏はきつい。それに、11曲中5曲くらいぶっつけ本番でできずに2,3回やり直したので、体力的にかなり消耗している。
見ていた子供たちは水やタオルを持って、床で伸びてる俺と茜のもとに走ってくる。
「……長谷川!」
「……どうした?」
「…少し楽器吹かせてもいいか?」
「……誰に?」
「…子供たち!」
「「「「え!?」」」」
俺の言葉に、子供たちは驚く。
「…いいよ!楽器は持ってきてるのか?」
「持ってこさせた!」
声を上げた直後に、どうにか上半身だけ起こすと、葵が背中に手を回して支えてくれる。
「ホールで演奏できる機会なんてめったにない。どうだろう、客もいないし、聞いてるのは俺たちだけだ。あのステージで吹いてみたくないか?」
俺の声を聞いて、子供たちはこそこそと相談を始める。
すると、茜が復活したようで、頭が動き出す。
「…茜、大丈夫か?」
「………無理かもしれない。腕がパンパン。」
「そりゃそうだ。2時間以上もドラム叩いてたんだから、そりゃ腕もパンパンになるわ。」
俺と茜がそんな話をしていると、子供たちが結論を出す。
「お兄さん。私たち、演奏してみたいです!」
鈴が、みんなを代表して意思発表を行う。
「わかった。じゃぁ、5人でコウのところに行って楽器を持ってきて、あとの4人で譜面台の準備。それで、鈴。君はバリサク志望だったね?」
「うん。いつかバリサクで演奏したいって思ってる。一昨日始めてバリサクを吹いてすごい楽しかった!」
「そっか。じゃぁ、鈴には俺のバリサク貸してあげるよ。」
そういいながら、床からたちあがって、近くの客席に置いてあるバリサクを手に取る。
「え?いいの?」
鈴も、ずいぶんと驚いている。それ以前に、鈴以上に驚いているのは周りの奏者たちだった。それも仕方がない。プロの奏者は自分の楽器を何よりも大事にするため、普通は人に楽器を貸したりしない。
「俺のバリサクは普通のバリサクと比べてかなり重いけど、それでも良ければ。」
「……大丈夫!」
「じゃぁ、他の子たちはさっき言った通りに動いて。そのあとは、チューニングが完了したら自分たちのタイミングで壇上で演奏してね。」
そういいながら自分の鞄から楽譜の束を出して葵に手渡し、自分のつけてるハーネス型のストラップを鈴につけてやり、長さを調整する。
「がんばってね。俺たちは下で見てるから。」
「わかった!行ってきます!」
楽譜や楽器をもって、舞台袖に向かっていく。
しばらくすると、舞台袖でわちゃわちゃと音が聞こえ、すぐにサックスの音が聞こえてくる。すると、コウが譜面台をもって歩いてくる。もともと壇上にはソロパートの人のためにある程度スペースを開けていたため、問題なく譜面台が置ける。
そしてまたしばらくすると、今度は子供たちのチューニングが聞こえてくる。
そして、楽譜を持って子供たちが一人ずつ出てくる。そういえば
周りを見ると、顔を落としていた奏者や、床で伸びてる奏者たちも、演奏を聴くために上半身だけ起こしたり、椅子にもたれかかっている。そういえば、俺もそうだがすべての奏者が自分の楽器かスティックを手元に置いている。
最初に演奏するのは『シングシングシング』。
「どの子も粗削りだし、特に飛び出ているものもないけど、どの子も磨けば光りそうだね。」
「バリサクの子は、まだまだだけど、今後に期待だね。高橋が教えてるなら楽しみだ。」
奏者たちは、彼女たちの演奏の感想をぼそぼそと言っていく。
気が付けば、『シングシングシング』が終わり、次に『おジャ魔女カーニバル』が始まる。
奏者たちは、もう結構回復したようで、演奏を聴きながら楽器のつば抜きを始めている。
俺が彼女たちに渡したのは全部で3曲。『シングシングシング』と『おジャ魔女カーニバル』と『宝島』の譜面だ。
それを思い出すと、舞台袖に行って、鈴のアルトサックスを出す。
その間に『おジャ魔女カーニバル』は終盤に向かっている。
できるだけ聞こえないような音でチューニングを終えると、子供たちは『宝島』の演奏に入っている。
彼女たちが『宝島』を演奏時始めると、舞台袖から出てゆき、彼女たちの演奏に混じる。彼女たちは少し驚きながらも演奏を続ける。すると、他の奏者たちも少しずつ演奏に混じり、気付くと、茜もドラムで参加する。
休憩していた奏者たちが全員演奏に参加したころ、サックスのソロに突入する。楽譜では、バリサクに割り振っている。そのため、鈴にソロを譲る。
鈴のソロは、緊張からか少し音が固い。でも、初めてバリサクを持って初めて壇上でソロをやるんなら、これくらいはむしろよくできた方だと思う。
「「「ありがとうございました!!」」」
子供たちの演奏が終わり、子供たちがマッピから口を離した瞬間、全員でお辞儀をする。奏者たちは、それを見ながら微笑んでる。
「よし!俺たちも演奏再開するか!」
「「「「おー!」」」」
その号令と同時に、奏者たちがぞろぞろと移動を始める。
それと入れ替えに、子供たちが片付けに入る。
「お兄さん!貴重な体験をありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
鈴がお礼を言ってお辞儀をすると、他の子たちもお辞儀をする。
「楽しそうで良かったよ。あ、鈴。アルト借りたよ。」
「あ!バリサクお返ししますね。」
サックスとストラップを交換する。
後ろで子供たちが譜面台を片付けている。
「鈴ー!譜面台とか片付け終わったよー!」
子供たちが譜面台と楽譜を持って歩いてくる。
「みんな早くかたずけろよ。あ、楽譜はあげるよ。それはコピー譜だから、持ってていいよ。」
「いいんですか!?」
「ありがとうございます!」
それを皆がら、ストラップの長さを調整すると、壇上の俺に席に戻る。
ほとんどの奏者がすでに席に座っている。真ん中では、茜がもう一度ドラムセットのチューニングをしている。他の楽器も、チューニングをしたり、管をあっためたりしている。
子供たちが客席に戻ったころ、全員調整が終わり、席に座る。
「よし!後半戦も頑張っていこう!後半はアニソンやゲームミュージックが多くなる!
後半戦の最初の曲は、『Niconico Prima Stella』。この曲は、『超ニコニコ管弦楽団』という楽器を演奏するmixiユーザーたちのオフ会だ。超パーティーや、ニコニコ動画などで演奏していた団体だが、2017年に解散した。
もともとはオーケストラ編成だが、どうやら長谷川が個人的に編曲したらしい。
後半戦2曲目は、『流星群』。これはニコニコ動画で人気のある曲をつなげた曲だ。
その後、『吹雪』『ヒトリゴト』『たった一つの想い』『Dream Riser』『SHOOT』などのアニソンから、『激!帝国華撃団』『恋せよ乙女!』『Without you』『レイルロマネスク』『少女綺想曲』などのゲームミュージックなど、中にはオタクしか知らないような曲も出てくる。
この曲が何の曲なのかわかる時点で、俺もオタクなのかな…。
後半は、アドレナリンが出まくったのか、ランナーズハイのようなプレイヤーズハイ(?)のようなものになっているのか、とんでもなく楽しかった。
最後の1曲は、『一番の宝物』。
もともとは吹奏楽の曲でも、ギターなどが入ってるわけでもないが、昔俺が編曲して、長谷川にコピー譜を渡したものだ。個人的にはきれいに編曲できたと思っている。
ちなみに、一応すべての曲の演奏前に曲を聞いてから演奏している。だから曲調とかの再現はある程度で来ていると思う。
ゆっくりと曲が始まり、オーボエのメロディーが始まる。ここぞという所ではサックスとクラリネットにメロディーが移り、金管はずっと裏メロなどをやっている。2回目のメロディーでは、トランペットがメロディーに加わる。
ピアノとクラリネットが終盤を彩り、そのまま静かに幕を閉じる。
演奏が終わり、しばらく無音の空間が続く。
「……。」
「……。」
「……。」
みんな、楽器を持って静かに座っている。
すると、急に長谷川が勢いよく立ち上がる。それに続いて、俺たちも立ち上がる。
「気を付け!!」
その号令と同時に、疲労困憊の中全員姿勢を正す。
「礼!ありがとうございました!!」
「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」
全員で頭を下げると、子供たちが拍手をする。
しばらくして頭を上げた瞬間、みんなが大声で歓声を上げる。
「「「「「終わったー!!」」」」」
みんなが歓声を上げる中、俺は腕時計を見る。時間はもうすぐ10時といったところだ。早く子供たちを帰してやらないと。
「じゃぁ、みんなで飯でも行くか!」
「あ、わりぃ!俺帰るよ!子供たち送んなきゃいけないし。」
「そっか~。じゃぁ気をつけてな~。」
「おう!茜はどうする?」
「私も帰るよ。コウさんのバスがないとドラム運べないし。」
「わかった。おーい!カメラ止めてー!」
叫ぶと、子供たちがカメラを止めている。
俺がバリサクを片付けると、茜もドラムをしまう。
周りの奏者たちも楽器をかたずけ、打楽器奏者たちは先に椅子や譜面台を片付ける。
すると、カメラや三脚を片付けた子供たちが寄ってくる。
「おつかれさまです!」
「いい演奏でした!」
「あぁありがとう。ちょっと待ってね、バリサクとドラムセットしまったら送ってくから。」
「「「はい!」」」
バリサクはすぐに片付けられるが、ドラムセットは少し時間がかかる。
バリサクを片付けて、搬入口に向かうと、バスが目の前に停まっている。どうやらコウは中で寝ているようだ。
近づいてトランクをあけ、バリサクをしまうと、俺に気付いたのか、コウが降りてくる。
「お疲れさん。終わったの?」
「ああ。今は茜がドラムを片付けてる。バスを少し前に出してもらっていいか?」
「おうよ。すぐに行くよ。」
「了解。」
バスのエンジンがかかるのを聞きながら、搬入口に入る。子供たちのサックスはもうバスに積んであるらしいから、ドラムだけで大丈夫だ。
ホールに戻ると、茜がドラムセットの梱包を終わらせている。
「あ、賢治!手伝ってー。」
「おうよ。みんなー!ドラム運ぶの手伝ってー!」
「「「はい!」」」
ステージの端から子供たちが上がってくる。
来た子供たちにタムタムやスネアなどの軽いものを渡していく。俺はバスドラムを抱え上げ、茜はスネアや椅子の足を持って歩き出す。
搬入口にはもうコウが待機していて、コウが積み込んでいく。
「積み込みが終わって人からバスに乗り込んでー!」
「はーい。」
「わかりましたー!」
コウが積み込みを終え、俺たちもバスに乗り込む。そういえば、晩飯食べてなかったな。
バスが走り出し、上大岡の伊集院児童養護施設に向かう。
30分くらいで施設に着く。
子供たちが玄関から中に入っていく所、俺も玄関に入る。すると、伊集院ご夫妻が出てくる。
「あ、康太さん。遅くまで申し訳ありませんでした。」
「いや、めったにできない体験を出来たのでしょう。こちらこそありがとうございました。」
「そういっていただけるとありがたいです。」
子供たちが奥さんと一緒に置くに行ったのを確認すると、康太さんに話を始める。
「康太さん!俺、施設作ります!友人や知り合いに頼んでNPOとして立ち上げます!ですから、正式に活動できるようになるまで待っててください!」
「……。」
康太さんは、面食らった顔をして、すぐに落ち着いた顔になる。
「…君の熱意はわかった。待ってるから、ゆっくりでいい。」
「必ず、あの子たちを迎えに来ます!」
そういって、俺は施設を出る。
バスに戻ると、コウと茜が待っている。
「賢治ー!おなかすいたよー!」
「俺もだー!腹減ったー!」
「じゃぁ、どっか飯でも行くか。どこがいい?」
「おれラーメンがいい!」
「私もー!」
「コウは一昨日一緒に行ったじゃねぇかよ。」
「ダメか?」
「いいよ。上大岡なら、こっから弘明寺に行って壱八家にでも食いに行くか。」
「「さんせー!」」
すぐにコウはバスを走らせ、弘明寺に向かう。