~第二話「白き間」~
僕が神代さんに連れて来られた場所は、体育館の裏にある用具倉庫だった。そこは先生達か用務員ぐらいしか使わない場所なので、ほとんど誰も来ないであろう場所だった。
室内は体育の授業で使うであろう道具と掃除用具が乱雑に置いてあり、俺達以外誰もおらず小窓からは橙色の光が差し込み、俺達二人をスポットライトのように照らしている。ここにはしばらく誰もきてないのか、俺達が来たことにより埃が舞い、それが光に照らされキラキラと神秘的な雰囲気を醸し出している。
「…おい!僕をいきなりこんな所に連れて来てどうすんだよ?」
ここに連れて来られるまで何も言わず、僕は焦りと不安で苛立ちを募らせていた。だが、女の子と誰もいない密室で二人きりでいる事に妙な期待もしていた。
「さてと…ここまで来れば誰も来ないわね。それじゃあ始めよっか?」
そう言うと神代さんは僕に振り返った。その表情は何か楽しそうで、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべている。さっきまでの彼女と打って変わり、雰囲気がまるで別人のようだ。
「…え…?なっ、何を始めるの?どうしたの…?」
「まずは…目を瞑って」
急な命令に困惑しつつ、彼女の妖艶な雰囲気に酔っているのか、抗えずに僕は目を瞑った。
黒い闇のような意識のなか、彼女が自分の後ろ側に移った感じがした。
「…っ!?」
突然目に暖かい感触がして驚き、その後それが手で覆われていることに暫く時間が掛かってしまった。
客観的に見ると神代さんが僕の目を覆って「だ~れだ?」をしている状況が理解でき、慌てふためいた。それと同時に何かいい意味で良からぬことが起きそうで、緊張と期待で心臓がバクバクしてしまっている。
「かっ神代さん!?どっどうしたの?」
「…ちょっと黙ってなさい。もうすぐ終わるから」
「…」
彼女の口調が突然変わり、黙るつもりはなかったのに、口や喉が塞がれたように声が出せず、体も直立不動のまま動かなくなってしまっていた。
この不穏な状況に段々と嫌な予感がして、期待は恐怖へと塗り替わった。
(どうしよう!?早く何とかしないと。…もしかして僕、死ぬのかな…?)
「さぁ、良い子だ…ゆっくりとおやすみ」
その言葉を最後に僕の意識は、徐々に闇に飲まれた。
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意識が戻るとそこは【無】だった。何もないただ真っ白な空間だ。その空間には地面が存在せず、浮遊していると錯覚していまう。目の前の【白】は手を伸ばせば届きそうでもあり、気が遠くなるほど永遠に続いているような気もする。
今わかる情報は視覚のみで、それ以外は自分そのものが存在しなかった。意識だげがこの空間にあるだけのようだ。上下左右360度自由に周りが見ることができ、いつもとは違う感覚に酔ってしまう。
(ここはどこだ…?僕はさっきまで何を…?…そうだ、僕は神代さんと2人で…その後目隠しされたんだっけ?)
ここに来る前の記憶を思い出そうとしていると、頭の中から声が掛けられた。
『ここは私が簡単に創った世界…ようこそ、理想郷へ。貴方の目からは何を映しているかわからないけど、それは貴方が常日頃、無意識に意識しているものよ』
(っ!?急に頭の中から声が…?この声は神代さん?)
神代さんの脳内から直接に声が届いている。その今まで感じたことのない初めての感覚に、気持ち悪さを覚える。
『正解だわ。だけど、本当の私の名は【シトラス】と言うのよ』
(…シ、シトラス?そんな名前聞いたことない。…というかこの状況に理解ができなくて、今は名前とかそれどころじゃない)
『まぁ、そんなに慌てる必要はないわ。これから貴方にはやってもらうことがあるから』
(やってもらいたいこと?それに、君はいったい何者なんだ?僕を元の世界に戻してくれ!君に言うことを聞く筋合いは僕にはないぞ)
『うるさいわね。それに私は頼んでなんかないわ。筋合いはなくても強制的にやらせるわ』
(そっ、そんな…!)
彼女の言葉に自分では何もできないという無力を感じ、絶望した。僕の選ぶ道は無く、彼女の言う通りに行動するしかなかった。
『そう…大人しく指示に従っていれば帰れるわ。私の正体は【創造神】。つまり、貴方が住んでいるような世界を創っているってわけ。それでやってもらいたいことは…私が創った世界の調査よ。簡単に説明すると…貴方に目的を与えて私が異世界に飛ばし、そこで目的をはたし終えたら帰って来られる…というわけよ』
(…それで、世界の調査って何をすればいいの…?)
僕は恐る恐る聞いた。
『そうねぇ…じゃあ、私を探して』
(わ、私を探して?…それってどうゆう意味?)
『どうゆう意味って、そのまんまよ。私がその世界にいるから、貴方は私だと思う人物に向かって「シトラス、見つけた」って言えば調査終了。貴方は元の世界に戻れる。めでたしめでたし』
(つまり【かくれんぼ】というわけか…そ、それだと君の匙加減で決まってしまわないか!?)
『そうよ、異論は聞かないわ』
シトラスのありえないほどの暴論に、どんどん僕の不安は高まっていく。
『安心しなさい。攻略のヒントを教えてあげるわ。貴方が偉くなったり強くなったりしたら貴方の前に現れてあげるわ』
(…ず、随分とざっくりしたヒントだ…)
『さてと…最後に3つほど今から飛ばす世界について教えるわ。1つ目はこの世界の名前だけど【コアン】という名前だわ。2つ目は言語についてだけど、話言葉は貴方の世界と同じようにしてあるけど、書き言葉は【コアン】特有の文字にしているから頑張って解読してちょうだい。そして3つ目。一番重要なことで、この【コアン】は【特核性質】と呼ばれる特殊能力を持っている人々がいる世界ということ。そして貴方にも【特核性質】があり、名前は【白】よ』
(…え、ごめん。理解できない。誰か助けてくれ)
シトラスのマシンガンのような説明に頭がついていけず、もう諦めている。
『さぁ、もうバッチリよね。いってらっしゃーい』
嘆きも虚しく、『いってらしゃい』のコール。『いってらしゃい』という言葉にこんなにも絶望したのは初めてだった。それと同時に全身に浮遊のような感覚と、包み込むような強風。そして、周りの景色は白いが霞がかかって煙のような感じがした。
今自分がどうゆ状況に陥ってるかはわからないが、肉体が戻ったことは確かだ。そんなことを認識していると目の前の靄が晴れて、ここでようやく自分の身になにが起きているか理解した。
目の前のには黄緑の壁、透き通るような水色の天井、全身を襲う強風、そしてテレビで見たことのあるような絶景。…そう、今僕は手ぶらでスカイダイビングをしているのだ。
「っ!…くっ、あっ…のぉ…クソアマがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
今までの不安や不満、怒りが爆発し僕は大声で叫んだ。
僕は徐々に迫ってくる平野という壁に叫びをぶつけて、自由落下に身を任せた。