~第一話「男と男の約束」~
…。
「…おいモノクロっち、もう飯の時間だぞ。起きろよ」
右肩に何回か叩かれた感触があった。
その声に反応して眠気を覚醒し、僕は顔を上げた。
さっきまで寝ていたので目の前の人が誰かは分からないが、この声はあいつなので適当に返答しておく。
「あぁ…分かった。今行く」
俺は座席から立ち上がり、ふと黒板を見る。
黒板の右側に4月9日、下の方には白咲 黒亜と神代 アリスの文字が書いてある。前者は僕の名前だ。
「おい、どこみてんだよぉ…」
そう言われ、声の主に向き直る。
このクセ毛だらけの茶髪で勝気の目は、蛯原 英雄。
こいつは中学生からの知り合いで、数少ない友達の一人だ。
蛯原は僕が先ほど見ていた黒板を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「もしや…今日の放課後が楽しみな感じかなぁ?」
この僕が通っている桜徳高校の2-Bでは毎日、日直が変わり放課後にはその2人だけで掃除をするという感じだ。
今日の日直の相方は神代さんで、彼女は2年生に進級してから突然転校して来た。
容姿は白人とのハーフで、金髪の碧眼で頬に付いたそばかすがチャームポイントの可愛らしい子だ。
性格はとても良く、男女双方共に好かれている。転校してからまだ1週間しか経ってないのにものすごい人望だと思う。頭脳も明晰だと思う。
もちろん可愛い子は好きだが、まぁ…なんていうか…あぁいう子は苦手な方だ。
ちなみに日直の決め方はくじ引きで、日直の相方が神代さんに決まった瞬間、皆の視線が僕に集まり、嬉しさよりも悪寒の方が勝っていた。今でも思い出すと背筋がゾクゾクする。
「そんなわけ…今すぐにでも帰りたいよ」
「そうだよな!モノクロっち、あぁいうタイプの子嫌いだもんな」
やけに今日はテンションが高いな。こういう時の蛯原は何か良からぬ事を考えてるやつだ。
「別に…嫌いなわけじゃないよ。苦手なだけ」
それを聞いて蛯原はさらにニヤリと笑みを浮かべた。
「じゃあさぁ、俺に協力してくれない?」
「ヤダ、めんどくさい」
「まぁ、そういわずに…飯奢るからさぁ…頼むよぉ」
蛯原は情けない声で両手を合わせ、頭をペコペコしている。
今週はちょっと金欠だから昼食を奢ってもらうのは、正直ありがたい。まぁ、聞くだけ聞いとくか。
「はぁ…しょうがないなぁ。いいよ。…んで、頼みってなに?」
「さっすがモノクロっち!わかってるねぇ!それじゃあ屋上で食うか。そこで話すよ」
俺達は教室を後にし、売店でパンを買い、屋上へ向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
屋上に上がるとそこには俺達以外に誰もいなかった。
「…おっし!誰もいないな。これなら気兼ねなく話せるな」
「…そうだな」
蛯原はウキウキと楽しそうだ。そのいたずらっぽい笑みと彼の童顔があいまって、時々小学生に見えてしまう。
俺達はフェンスの土台のへりに腰を掛け、パンを食べ始めた。
「…じゃあ話をしてもらおうか」
パンを食べ始めて2分ぐらい経っただろうか、僕は話を切りだした。
「…ふぅ…第3回!エビちゃんの恋愛大☆作☆戦!!」
蛯原は大きく深呼吸すると、急に大きな声を出し勢いよく立ち上がった。
「はぁ…またぁ?やっぱりめんどくさいやつか…」
「逃げるなよぉ…もうパンは食べてしまったからな!」
…しっまた。前にも2回同じような事があり、僕は協力していた。
過去2回の蛯原恋愛大作戦はまた別の機会に話すとしよう。
「それでな…頼みなんだけど…俺、神代アリスちゃんが好きなんだ!だから今日の放課後モノクロっち、アリスちゃんと教室掃除で2人きりになるだろ。そん時にアリスちゃんに色々聞いてくんない?」
「そんなの…自分でやってよ…」
「そんな度胸があったら今、彼女いるし!適当にタイプと俺のことどう思ってるか、聞いてくれればいいから。…んじゃ、よろしくな。明日朝一で聞きに行くから」
そう言うと蛯原は、せこせこと逃げるように後にした。
僕はひとつため息を吐くと、食べかけていたパンを口に頬張り、カフェオレで一気に流し込んだ。口の中のパンとカフェオレがほどよく溶け混ざり、何とも言えない味になる。僕はこの味にすっかりハマってしまって、病みつきになっている。
あいつ…もったいないよなぁ…蛯原は一応この学校での人気男性ランキングでは、けっこう上位なんだけどなぁ…あいつが好きなタイプは、絶世の美少女か癖の強いやつだけなんだよなぁ…。
そう思いながら、僕も屋上を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして放課後、HRが終わりしばらく経ち、生徒が少なくなってきたので僕と神代さんは掃除を始めた。掃除といっても簡単なもので、机は動かさずにほうきで床を掃くだけの仕事だ。
「…」
「…」
お互いにあまり接点もなく、喋ったこともないので沈黙が続いてしまう。このままじゃ蛯原の約束どころか、まともに話すらできない。
「…あ、あの、白咲くんってかっこいい名前ですよね」
神代さんもこの状況に耐えられなかったのか、彼女の方から話かけてくれた。
「そう…かな…僕はあんまり自分の名前好きになれないかな…」
【黒亜】という名前は廚二病みたいな感じで、中学生の頃から自分の名前にコンプレックスを持っている。にしても彼女の方から話しかけてくれるなんて…これが人気の秘訣なのかな。
床のゴミが集まってきたので、神代さんがチリトリをおさえて僕がほうきで掃くという形になった。
「そんなことないですよ。【黒亜】っていう名前、かっこよくて私は好きですよ」
…おぉ…。すごい破壊力だな…。
彼女はチリトリを持っているので、自動的に上目遣いになってしまってさらに、好きだと言われたら…。蛯原だったら即失神ものだったな。
「神代さん、あんまり人に好きっていうのはよくないよ」
彼女のため僕は忠告した。
「なんでですか?好きなものに好きって言っちゃいけないんですか?」
彼女は少しむっとした顔で詰め寄ってきた。
ちっ…近い!神代さんの顔が視界いっぱいに襲ってくる。わぁ…すっげぇかわいい…しかもいい匂いもする。ダメだ!このままでは、どうにかなってしまいそうだ。…蛯原との約束はどうすんだ!男と男の友情だろ!しっかりしろ!
僕はそう覚悟を決め、彼女の純粋無垢な瞳から目を背け、突き放す勢いで離れた。
すると彼女はますます怒り、僕の手首を掴み引っ張った。
「ちょっ、どこに行くの!?…掃除は!?」
「…っ!」
予想外の出来事で僕はパニックに陥ってた。何故か抵抗できないまま僕は神代さんになすがままに引っ張られ、教室を後にした。