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獣人町トラブル解決☆お悩み相談所  作者: K.B.
序章 ようこそ獣人局へ
3/3

3.狐の上司

 「えっと……あー……」


 言葉を何か紡ごうとするが、何も出てこない。

 春秋は趣味こそアレであるが、その実女性に興味が無い訳ではない。

 単純に今まで関わってきた女性達は、最終的に悉く異性としては合わなかっただけで、気になった相手がいなかったわけでもない。

 なので、目の前に絶世の美女が現れたとあらば緊張するのも無理もないのだ。

 だが春秋が戸惑っているのは、それだけが理由ではない。


 (あんな美人であのネーミングセンスかっ……!!)


 マキさんと負けず劣らずの落ち着きの払った雰囲気の美女が考案したとは思えない相談所の名前に、春秋は困惑せざるを得なかった。


 「どうぞ。立ったままではなんですので、そちらにお掛けを」


 言葉が出てこない春秋を見かねてか、ルティナは近くのソファに座る様に促す。

 春秋はそれに無言で従うと、ぎこちなくソファに腰かけた。

 それを確認したルティナは彼の向かいに座ると、珈琲を注いだカップを二つ、ガラスの小机に置いた。


 「インスタントですが、折角ですのでどうぞ」

 「あ、ありがとうございます」


 差し出されたカップを手に取ってゆっくりと口に運ぶ。

 入れたばかりで熱々かと思いきや、程よい温度まで冷まされており、飲みやすい。

 ただインスタントの粉の分量が多かったのだろう、少しばかり苦みが強かった。

 春秋はチラリとルティナの方に視線をやると、彼女は眉一つ動かすことなく、苦みの強いコーヒーに口をつけていた。

 その一つ一つの何でもない動作すら、優美であると感じてしまう。


 「さて、今日貴方はマキさんに局内を案内してもらったそうですが、いかがでしたか?」

 「え?……ああ、そうですね。色んな部署を回りましたが、皆さん中々個性的でしたね、ほんと」

 「そうですね。特に技術課と環境整備課は特にすごいですからね」

 「環境整備課ですか?……そこに行ったときは特に何もなかったのですが」

 「そうなんですか?それでしたらある意味タイミングが良かったのかもしれませんね。今度寄ってみてはいかがですか?」

 「あー……機会があれば」


 マキに案内されたとき特に変わった事は無かったのだが、環境整備課にはどうやら技術課のロトと肩を並べる程の濃いキャラがいるらしい。

 流石に自ら地雷を踏みに行くのはどうかと思うので、春秋は適当に茶濁すことにした。


 「……って、こんなにまったりしていていいんですか?」


 (苦みたっぷりの)コーヒー片手にソファで談笑なんて、ましてや新人が仕事中にしていいものなのだろうか。

 そんな心配をする春秋を前に、ルティナはたおやかな笑みを彼に向ける。


 「心配には及びません。稲葉さんも局内を回ってお疲れだと思いますから、少しばかりの休憩をしても怒られませんよ。それに相談所の受付開始は一週間後、それまではこの部屋の整理が主な仕事です。肉体労働も多いですから、まずはゆっくりして下さい」

 「……ありがとうございます」


 お言葉に甘えて、と付け加えるのも忘れる位に彼女の向けてくる微笑みは美しかった。

 確かに良い人で、その上美人であるが、微笑まれただけでここまで心臓に悪いと、この先仕事をしっかりこなせるか逆に心配になってくる。

 美人は三日で慣れると言うし、そんな事で我儘を言ってしまっては、全国の男性諸君にタコ殴りにされることだろう。

 それから少しの間、春秋とルティナは談笑を続ける事にした。



 「―――ところで、この後は何をすればいいんでしょうか?えっと……ルナール所長」


 見た目からそう年齢は離れていないと感じるせいか、忘れる所であったが、彼女は春秋の上司に当たる人物だ。

 うっかり「ルナールさん」と同僚を呼ぶような調子で、呼びそうになるのを堪える。

 ルティナは狐耳をピクリと動かすと、おもむろに立ち上がり、背を向ける。

 一瞬、何か気に触れる事でも言っただろうかと思った春秋だったが、すぐに向き直ったルティナの表情がたおやかなものだったので、杞憂であると判断した。


 「そうですね、そろそろお仕事に戻りましょう。まずは資料の整理からですね」


 彼女の後に続く様に春秋も立ち上がり、近くに積まれている段ボールの所まで寄っていく。

 中を開けると、そこには無数の動物図鑑と学術書がみっちりと詰み込まれていた。


 「これはまた随分沢山……」

 「はい、私たちベスティア人……こちらでは獣人と言った方が分かりやすいですね。耳と尻尾だけではなく、元となった動物達の性質を受け継ぐ事もございます。勿論それは本人が一番よく分かっている事ですが、獣人は千差万別なものですから、私たちも他種族の細かい事までは知らない事が多いんです。ですから、これらの学術書は私達が彼等を理解するうえで大切な資料になるんです」

 「同じ獣人でも分からない事もあるんですね」

 「当然です。私も同じ狐の獣人であれば理解に及びますが、他の方々はそうはいきません。あっても以前から交流のある親しい者位です。ですから、日々勉強です」


 獣人と一言で言っているが、実際はそう簡単にまとめられるものではないのだろう。

 獣人である彼女自身が、同じ獣人を全て理解できていないというのだから。

 それ故彼女は毎日、ここに住む獣人達の元となった動物の本を読み漁っているという。


 「さて、まずは積み上げられている段ボールを下ろしていかないといけませんね」


 そう言ってルティナが上に積まれている段ボールを持ち上げようと力を込める。

 ……が、段ボールはぎっしり詰み込まれている関係か、思いの外重量があり、ルティナの力では上手く持ち上げられない様子であった。

 かなり力んでいるのか彼女のふわふわの尻尾は無意識ピン、と立っていた。


 「むぅ……思っていたより重いですね……あっ」

 「とりあえず、棚の近くに下ろせばいいですか?」


 ルティナが持ち上げようとした段ボールを春秋がヒョイと持ち上げ、彼女に視線を送る。

 このまま彼女に任せていれば、段ボールの雪崩が起きて大惨事になりかねない。

 春秋も一応は男である。筋力は一般的な成人男性くらいはある。

 ルティナは困った様な表情を浮かべて反論しようとしたが、「こういう仕事は部下に任せるものですよ」と告げると、渋々納得した様だった。


 そうして積み上げられた段ボールを全て床に下ろし終えると、今度は棚に入れていく作業が始まる。

 単純であるがこの作業、中々コツ、というか工夫がいる。

 雑多に詰み込まれた書籍類を、雑多に棚に入れては意味が無い。

 当たり前の事だがしっかり整理整頓を行わなければ、いざという時に困る事が多い。

 今の時代、大半の情報はネットで手に入る世界だが、信憑性やまとまった情報を得られるという点で、学術書は手放せない。

 そういった本を執筆しているのは専門家だ。

 素人の付け焼刃の知識よりよっぽど説得力がある。

 とはいえ、一年も経てば通説が覆されるような事もざらにある世界だ。

 古い書物に注意する事や、最新の情報には目敏くなければならないだろう。


 「それにしてもどう収めていきましょうか。やはり五十音順が順当でしょうか?」


 そう言って彼女は書物をいくつか取り、タイトルを五十音順に並べてみる。


 「悪くないと思いますが、タイトルだけで並べていくと、本の内容がバラバラにまとまってしまいますよ。例えば今所長が並べた二冊も一冊は狼の本でもう一冊は象の本です」

 「……確かに」

 「少し面倒ですが、科単位でまずは分類して、そこから五十音順に並べてみましょうか」

 「科、ですか?」

 「はい、生物の分類階級の一つで、上から順に“界門綱目科属種”と分けられるんです。科までくれば共通した特徴も多く持ちますし、問題ないと思いますよ」

 「稲葉さんは物知りなのですね」

 「どうでしょう、この位なら高校の知識の範疇ですので」


 ちなみに実際には界の上にドメインなるものもあったりするのだが、今の話にはまったく関係しないので割愛する。

 生物の分類階級は下がっていく程、より小さなまとまりとなる。

 目ではイヌやネコも同じ仲間となってしまうし、属までいくと逆に細分化しすぎている。

 なので、科くらいが情報をまとめる上で丁度いい。


 「それと獣人の方々の住民票はありますか?」

 「住民票ですか?ええ、住民課と共有されているパソコンがありますので、データとして保管されているはずですが」


 伝統衣装を着こなした狐耳の美女が随分現代文明に染まったワードを口にするので違和感を覚えるものの、彼女は少なくとも春秋より長く獣人局に務めている。

 こちらの世界の勉強を行う上でパソコンの操作等も慣れたのだろう。


 「でしたら、そこからどの動物の獣人が多いか、そんなデータはありますか?」

 「え……どうでしょう?そこまでは私も分かりませんので……確認してみましょうか?」


 パソコンの前に腰を掛けるルティナの隣に春秋も立つと、二人してパソコンの画面とにらめっこを始める。

 表示されたパスワードを打ち込んでデータにアクセスをすると、数瞬の内に獣人達のデータが表示される。

 そうして流れる様にデータを閲覧する。

獣人達の元となった動物とその大まかな分類は個々に表示されているが、その統計は取られていない事が分かった。

 局が置かれてまだ一年で年数も少なく、獣人達との関わりは一からの始まりだ。

 データをまとめる以前に、他の事で手が回らなかったというのもあるだろうし、ひとまず個々のデータだけでもしっかり記載されていれば大丈夫だと思ったのかもしれない。


 「……やはりありませんね。ところでどう利用するつもりなのですか?」

 「獣人町で一番多い科がどれなのかを調べて、多いものから順に整理していけば、見つけやすくなるんじゃないかと思ったんです。それに纏まったデータがあれば今後も利用できるタイミングはあると思うので、折角だから作ってしまいたいというのもありますね」

 「……成程。しかし獣人町に獣人が住み始めるようになったばかりとはいえ、決して少なくない数です。それをまとめるとなると時間がかかるのではないですか?」

 「ああ、そういうことでしたら。ちょっとパソコン借りてもいいですか、所長?」


 ルティナと席を代わり、春秋はパソコンの画面に向き合う。

 そうして彼が数分いじくると、すぐに獣人達の統計データが表示された。

 パソコンに不慣れな者には魔法のように感じるかもしれないが、少し勉強すれば手順は左程難しくない。

 春秋も院の研究でよくデータの統計を取る必要があったので、小慣れたものである。

 ルティナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、パソコンと春秋を交互に見た。

 流石にこちらに住み始めて一年足らずとなれば、パソコンばかりに時間を使う暇はないだろう。

 仕方のない事なのだが、時間がかかると思っていた作業をものの数分で済ませてしまった春秋を見て、ルティナは少しだけ悔しそうに頬を膨らませている様に見えた。


 「えっと……所長?」

 「なんでもありません。それよりも作業に取り掛かりましょう」


 ルティナは段ボールの海へとさっさと行ってしまうと、作業に取り掛かり始めた。

 彼女の態度にイマイチ腑に落ちない春秋だったが、統計を取ったデータをプリントアウトすると、ルティナに続いて作業に取り組むことにした。


 やることさえしっかりしてしまえば楽なもので、作業は一時間もすればすっかり終わってしまった。

 とはいえ腰をかがめる事も多く、思いの外体を使ったため、二人してソファに腰かけ、小休憩を取ることにした。

 改めて部屋を見渡してみると、段ボールの山はほとんど消え失せ、棚の上にいくつか残すのみとなった。

 後はあれを終わらせれば任務完了、もうひと踏ん張りである。

 だというのにルティナの表情は曇っていた。

 落ち着きの払った表情は変わらないものの、彼女の全身を見るとどうもそんな雰囲気を感じる。

 春秋は自分が何かしてしまっただろうかと考えるが、思い当たる節は無い。

 かといって、「機嫌悪いんですか?」なんて聞けば大目玉をくらうだろう。


 「残りはあの棚の段ボールだけですね。あの中には何が入っているんですか?」


 結局上手い聞きだし方が見つからなかったので、残りの荷物について話をする。


 「あれは仕事とは直接関係しない雑貨関連ですので、大したものは入っていませんよ。軽いですし、私一人でも大丈夫です」


 言ってルティナは立ち上がると、低めの脚立を引っ張り出し棚の上の段ボールの側まで寄ると、脚立を上る。

 上司、ましてや女性に軽いとはいえ、力仕事を任せてしまうのは気が引ける。

 春秋も立ち上がり替わろうかと思った矢先、彼女の後姿を見てあることに気が付いた。

 それは彼女にある一点が変化していたためだ。

 同時に彼女が今どういう心境なのかを春秋は悟る。

 が、本当にそれが当てはまるのかどうか、少しばかり自信が無い。

 何せ本来それは、彼女達には当てはまらないもののはずだからだ。


 「む……思っていたより高い所にあります……ねっ……きゃっ!」


 切り出すかどうか考えていた春秋の前で、棚の上の段ボールを下ろそうとしたルティナがそれを手に取った拍子にバランスを崩し、背中から勢いよく地面へと向かっていく。


 「―――所長!」


 動いたのはほぼ反射だった。

 脚立からルティナの足が離れた瞬間、春秋は彼女の背後に回り、肩を抱いて彼女の体を支えてみせた。

 少し遅れてガシャンと脚立が崩れ落ちる音が部屋全体に響いた。


 「大丈夫ですか!?」

 「……へ?あ、はい……」


 一瞬の出来事にちょっとだけ頭の整理が追い付かなかったルティナは、ようやく状況を理解すると、途端に顔を赤らめるのであった。



 「…………」

 「………………」


 しん、と静まり返った一室。

 春秋とルティナは向かい合ってソファに座っている。

 先程の失態に小さくなっているルティナに対し、春秋はどう切り出そうか思案する。

 そして結局、春秋は思った事をそのまま口にすることにした。

 先程からの彼女の行動と態度、そして春秋が気付いた事から恐らくルティナは



 「所長、もしかして……“不安”だったんですか?」



 春秋の言葉にルティナの狐耳がピクリと反応する。


 「い、いえ!不安だなんてそんなことは……!!」

 「目、泳いでますよ」

 「はうっ……!!」


 ルティナは目を瞑り、叱られた子供の様に縮こまる。

 最初出会った時の雰囲気とは真逆の雰囲気を見せるルティナ。


 「……何時から気付いていたんですか?」


 ほとんど自分で「不安でした」と認めるような質問を投げかけるルティナであるが、恐らくそこまで頭が回っていないのだろう。

 春秋は「それはですね……」と言うと、彼女の方……正確には彼女のすぐ後ろで揺らいでいる、ふわふわの尻尾に指を指した。


 「所長の尻尾が先程からずっと足の間に入り込もうと揺れていたので、もしかして……と思ったんですよ」


 尻尾を足の間に挟むのは不安や恐怖といった感情の表れだ。

 しかし、それはあくまで犬の話であり、狐には当てはまるものではない。

 なので、狐の獣人であるルティナにそれが適用されるのか不安であったのだ。

 どうやら狐であるが、ルティナにはしっかり適用されるらしく、指摘されたルティナは自分の尻尾を抱きかかえると、顔を真っ赤にして尻尾に顔を埋めた。


 「うぅ……しっかり表情は隠せたつもりだったんですが、どうしても昔から尻尾と耳だけは無意識に動いてしまうんですよぉ……」

 「あー……えっと、とりあえず落ち着いたら話してくれませんか?無理に、とは言いませんが、どう不安だったかまでは俺にも分かりませんし、話してくれれば俺にもできる事があるかもしれないんで」


 ルティナとはこれから同じ職場で働くのだ。

 ならば最低限彼女の気持ちを知らなければならないだろう。

 ルティナはしばらくして落ち着いたのか、尻尾から顔を離すと、ポツポツと話を始めた。


 「その……私、こうして誰かの上に立つというのが初めてでして、どうしたら良いのか分からなかったんです。それに部下になる人も初めての人で、その上男の人と聞きましたから、怖い人だったらどうしようとか、見下されてしまったらどうしようとか、色々考えてしまいまして……」


 ルティナは春秋よりも長く局に務めているといっても、社会人としてはまだ若手も若手だ。

 その上彼女は獣人で、こちらの常識を学び、身に付けたばかりである。

 生活様式も文化もまったく違う世界で、慣れない内に上に立つ、というのはどれ程の不安とプレッシャーがかかる事だろうか。


 「それで実際お会いして、稲葉さんはとてもいい人だと分かって良かったのですが……ただ、先程から私よりも仕事の手際が良いですし、私の方が参考になる事ばかりで上司失格で……その、上司になるならば、部下よりも仕事が出来て威厳が無いとダメだ、と聞いたものですから……」

 「……だから不安だったんですね」

 「はい、ですがそれが逆に稲葉さんに迷惑をかける形になってしまいました。本当に申し訳ありません」


 そういうことか、と春秋はスッとつっかえていた物が落ちるような感じがした。

 彼女は少しだけ意地になっていたのだ。

 春秋よりも仕事ができる所を見せよう、そうすれば上司として威厳が保てるだろう、と。

 そもそも意地になった時点で上司の威厳もあったものではないが、こちらの常識に慣れない事も相まって最初に教えられた情報を鵜呑みしてしまったのだろう。

 その結果があの行動だったのだ。

 ルティナは深々と頭を下げ、謝罪をする。

 彼女が素直に気持ちを吐露してくれたのだから次は自分の番と、春秋は口を開いた。


 「……正直言うと、俺も不安でした」

 「……え?」


 パッと顔を上げ、ルティナは春秋を見ると、彼は少し恥ずかしそうに頬を掻く。


 「俺は半ば拒否権無しにここに連れてこられたものですから、ちゃんとやっていけるのか、俺の上司はどんな人なんだろうか、色々不安だったんです。それにまだ獣人の人達の事を全然理解できていませんし、この仕事が俺に務まるのかも不安なんです。それにまだ始まってもいない訳ですし、分からない事だらけだと思います。だから―――」



 春秋は立ち上がり、右手をルティナの方へ差し伸ばす。



 「お互いできる事から一歩ずつ進んでいきましょう、所長」

 「――――――!」



 誰にだって初めてはある。

 それを不安に思う事も当然ある。

 だからこそ、そんな不安を一人ではなく、二人で臨めばきっと乗り越えられるだろう。

 出会ってまだ数時間しか経っていないが、春秋はなんとなく彼女となら上手くやれると感じていた。

 そう思って握手を促したのだが、ルティナの方は顔を下げてジッとしている。

 嫌だっただろうか、ここにきて結局不安に駆られる春秋である。


 「俺とじゃ嫌、ですか所長?」

 「……でいいです」

 「?」


 か細い声で告げられ、上手く聞き取れないでいると、ルティナは今度はハッキリと春秋に聞こえる声で


 「所長、ではなくルティナでいいです」

 「えっと、ですが……」

 「所長ですと堅苦しい感じがしますし、一緒に頑張っていくのでしたらそういった立場の事は気負わない様にしたいのです」

 「それじゃあ……」

 「はい、お互い一緒に頑張りましょう」


 ルティナも立ち上がり、春秋の握手に応じる。

 春秋のよりも細く、白磁器の様な手が握られる。



 「これからよろしくお願いします、ルティナさん」

 「はい、こちらこそよろしくお願いしますね、春秋さん」



 そう言って握手を交わすルティナの微笑みは花のようであった。






 「ところで、ルティナさんに上司の常識(?)を教えたのは誰なんですか?」

 「ああ、同じ住民課の明里さんですよ。いつも私の事を気にかけてくれるんです。それに一緒に相談所の名前も考えて下さったんですよ!いい人ですよね!」

 「あれを……!?」


 ニコニコと微笑むルティナに対し、春秋の方は大きく一つため息をつくのであった。


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