所有者
所有者
「ピッピピ、ピッピピ」
携帯が鳴り時間を見る5時50分 …… 1回目のアラームか……あと10分ねれる……
「ピッピピ、ピッピピ」
6時 起きる時間だ
あまり寝起きは悪い方ではないと自負している。が朝ゆっくり寝てられれば幸せだろうな。
ゆっくりと起き上がり娘たちを見る。
ワイドダブルベットとシングルベットを並べて、4歳と2歳の娘たちと嫁 四人で寝ている。
相変わらず子供たちの寝像は悪いなと思いながら また平凡な一日の朝を迎えた。
嫁の作ってくれる朝ごはんを食べ、歯を磨き・・・
毎日、変わらずに過ごしている気がする。朝ごはんの内容は少し変わるが・・
7時ちょうどに家を出る。会社まで車で30分 の通勤である。
通勤の途中に缶コーヒーを買うためにコンビニによる。これも毎日の日課だ。
車を降りてコンビニに入る時に救急車のサイレンが聞こえた。
「近いな」などと思いながらいつもと同じブラックのコーヒーを手に取り、
レジへと持っていく。
値段を言われる前にお金をだす。120円支払い缶コーヒーを受け取る。
コンビニを出て車に乗り込もうと車のドアノブに手をかけようとした時、車のドアの下に黒い物体が目に入った。
その黒い物体に目を凝らすと安そうで、どこにでもありそうなストップウォッチだった。
あれ、こんなもの降りる時にあったかな?
と思いながら、そのストップウォッチを右手で拾い上げる。
安そうなストップウォッチに見えたが、実際手に取ってみるとプラスチック製ではないようだった。金属特有の冷たさと重みがあった。
液晶画面を見ると数字が動いていた。何気なく親指でボタンを押した。
「ピッ」 ……液晶の数字が止まる……
その瞬間 自分の周りの雑音がすべて消えた。
とても静かだ・・山奥に行っても鳥のさえずりや、風の音など何かの音はあるはずである。
怖いぐらいに周りが静まり返った。
周りを見回した。道路の方を見ると自転車に乗る学生が不自然な格好で止まっている。
自転車を運転している姿を写真で撮ったかのように、ペダルに足をかけながら倒れずに止まっていた。
なにが どうなった?混乱し始めた、コンビニの駐車場から道路の方へ駆けて寄った。
すべての車が止まっていた。飛んでいる鳥も宙に浮いてとまっている。
気が動転している。頭に血液が大量に送られているのがわかった。
何が何だかわからない。・・・
何が起きた・・考えろ・・自分に言い聞かせる
周りを再度見回す・・・・自分以外が止まっている。って言うか動いていない。
そう、まるで自分以外の時間が止まっているようだ。
ん、何秒たった?30秒・・1分・・
承太郎やディオでも数秒しか時間を止められないのに・・など思いながら
間違いなく混乱していたが、少しずつ現状を自分なりに把握してきた。
ふと、新たな不安が襲いかかった。
死ぬまでこのままなのか?元に戻す方法はあるのか?不安に押しつぶされそうになる。
そもそも なぜこう状況になった?
思い出せ・・周りを見渡すと、目の前に不自然な形で止まっている自転車に乗る学生がいた。
思い出した・・ ・・ ゆっくりと右手を見る。
手の暖かさで手の温度と同じぐらいになった金属の黒いストップウォッチを握りしめていた。
液晶画面をみると液晶の数字が止まっていた。いや、俺がボタンを押して数字を止めたはずだ。
希望が少し見えた気がした。
このボタンを押して数字が動き出せば周りの世界も動きだすだろうか?
悩んでも仕方がない。恐る恐る親指でボタンを押す。
「ピッ」
キキー ドン
自転車のブレーキ音のあと鈍い音と共に自転車がぶつかってきた。
自転車の学生は横に倒れ、私は少し反対側に飛ばされ倒れこんだ。
学生はすぐに起き上がり私の方に駆け寄る「すいません、大丈夫ですか?」
「前にいるのに気がつきませんでした」と言いながら何度も謝ってきた。
「大丈夫です。あなたこそ大丈夫ですか?」
「私は大丈夫ですが」
自転車の学生は肘に擦り傷、私は腕に打撲傷、手にはかすり傷ができた。
大した怪我でもないので、連絡先は特に聞かなかった。学生は謝りながら、自転車で走り去った
悪いのは私である 突然彼女の前にとびだしたのだから。そう彼女から見れば突然現れたのだから。
携帯電話の時間を見る。もう7時20分になっていた。会社に遅れるので右腕をかばいながら車に乗り込み会社に向かった。
運転中の車の中で助士席においてある黒いストップウォッチを横目で見ながら先ほどの出来事を考えていた・・・
ストップウォッチのボタンを押したら周りが静止した。そうあたかも自分以外の時間が止まったかのように……音も消えた……
暗くはなかった……光はあるようだ……
寒くもなかった……温度もある……
火はどうなるのだろう?…………
などと考えているうちに会社に着いた。
もちろん大事なストップウォッチを鞄にしまい自分のデスクへ向かった。
大きな工場の中に出向で設計の仕事をしている。CADを使う仕事なので一日のほとんどをパソコンの前ですごす。いつもは真面目に黙々と仕事をこなしているのだが、今日はとても仕事が手に付かなかった。
鞄からストップウォッチを取り出し観察していた。
形は何の変哲もないストップウォッチだった。ただボディはプラスチックではなかった。手で持った感触から何かの金属であることは分かった。
色は黒。黒と言っても艶消しの黒だった。表面は意外とつるつるしている。
裏を見ると銀色のプレートみたいなものがあった。
すっかり興奮して忘れていたが、これは拾ったものだった。本来は落とし主に返さなければならないのだろうが、とてもそんな気にはなれなかった。
逆にこれからこのストップウォッチ、いやこの能力は何に使えるか?
そんなことばかり考えていた。
銀色のプレートを見る。「KEISUKE ISIGAMI」
同姓同名だ。
「Owner's name KEISUKE ISIGAMI」
オーナー・・つまり所有者は私? または 私の同姓同名?
その下を見ると
Manual・・・
と英語で書いてある・・
英語は苦手なのでさっぱりわからない。そこで会社のパソコンで翻訳のサイトにアクセスをして書かれているアルファベットを打ち込んでいった。
取扱説明
右のボタンを押すと所有者以外の時間が止まります。
左のボタンで表示画面が変わります。「現在」→「あなた」→「タイムスイッチ」→「現在」
最後に時間を止めた人が死亡した場合、現在の所有者の所有権は強制的に放棄されます。
所有者がいない状態で最初に使用した人に所有権が移ります。
…大体こんな内容か。なんかデスノートみたいだな…
最初の行『右のボタンを押すと所有者以外の時間が止まります』
は朝に実証済みだ・・やはり時間が止まったのだ。
ただ翻訳内容があっているか不安だが「所有者以外の」とある。
つまりこのストップウォッチの所有者は俺だ。つまりこのストップウォッチは俺のものだ。
なんとなく嬉しくなった。体温が上がる気がした。
2行目の『左のボタンで表示画面が変わります。「現在」→「あなた」→「タイムスイッチ」→「現在」』
『あなた』が気になる。ストップウォッチの左のボタンを押す。液晶の数字がかわる。
今度は数字が減っている。直感した。これは私の寿命だ。こんどは急に心臓の鼓動が速くなった。
「3787200000」、「3787199900」、「3787199800」、「3787199700」
急いで自分のデスクの引出しから計算機を取り出し計算した。まず3桁目の数字が 約1秒ごとに減っている。全部の数字から残りの時間を計算すると電卓をたたく
28年10ヵ月程度・・・60前に死ぬのか・・・
実際は3桁目が1秒かどうかわからない20パーセントの誤差で3,4年はずれる計算だ
ただ今日、明日が寿命じゃなくてよかった。ほっとして胸をなでおろした。
寿命以外で死ぬるのか?寿命が0になったらどんな死に方をするのだろう?
などと考えていると上司がやってきて「石神さん、ちょっと」
「あっ、すいません。今行きます」と慌ててストップウォッチをポケットにしまい。上司の元にいった。
自分の席に戻ってくるとまたストップウォッチを取り出した。いろいろと試してみたかったが周りに見られるのはまずいと思いまたポケットにしまった。
俺は超能力者だ・・と心の中で思いながら仕事を続けた。
夜になるとこの能力を何に使用するか考えていた・・ただ・・考えているが良い使い方が思い浮かばない。
考え事をしていると夜眠れず、ちょっと寝不足気味だった。
何気なくストップウォッチを取り出し時間を止めてみる。
『ピッ』
とても静かな空間だった。
いっそこのまま眠ってしまうか。などと考えて大きな欠伸をした。
なにげなく、ストップウォッチの左のボタンを押してみる。
液晶が「あなた」の画面が変わった。
液晶の数字に目が釘付けになった。ものすごいスピードで時間が減っていた。
数字の6桁目が約1秒ごとに減っている。
つまり1000倍のスピードで減っていることになる。
あわてて、ストップウォッチ右のボタンを押して時間を元に戻した。
フゥーと息をはいて、今までどの位時間を止めたか考えた。
おおよそだが、トータルで30分ぐらい時間を止めた気がする。30分だと・・・
携帯電話の計算機を使って計算した。20日間寿命が縮んだわけか。
翌日の夜もベットに入ってからこの能力の使い道をいろいろ考えてみた。
手品師にでもなるか?いやそんなに儲からないだろうし人前で使ってストップウォッチのことがばれる可能性が出てくる、リスクが多すぎる。
時間を止めて強盗でもするか? なんとなくスマートではない気がする。
あと考え付くのはのぞきぐらいだが・・・・・
犯罪以外にないのか・・・・・
そういえば「タイムスイッチ」ってなんだろう?
取扱説明 2行目
『左のボタンで表示画面が変わります。「現在」→「あなた」→「タイムスイッチ」→「現在」』 気になってどうしようもない。ストップウォッチを手にとって、要するに「タイマー」のことだよな。
右のボタンを押してタイムスイッチの画面にした。30000となっている。
右のボタンを押してみると30001 になった。
もう一度 右のボタンを押してみると30002 になった。
今度は右と左のボタンを同時におしてみた。数字は1になった。
右のボタンを押してみると2 になった。
もう一度押すと3になった。
なんとなく理解した。右ボタンを長押しするとあっと言う間に数字が増えていった。数字を500にセットする。
画面を変えて 右ボタンを押した 「ピッ」 また静かな時間がながれた。
約5秒後また「ピッ」と音がして風の音と子供たちの寝息が聞こえた。時が動き出した。
最初の設定は30000。約5分。
やはり30000に戻しておこう。30000に直しその日は眠りについた。