新たな一歩_11
クシャリと顔を歪めたアドリアンの顔は母親に見放された子どものように
心細そうで、私は思わず、その腕を優しく撫ぜた。
「それでも、”私”は恋をしたことを悔やんだ訳ではないのですよ?」
なぜ、と問うような瞳でジッと私を見下ろすアドリアン。
私は優しく微笑む。
「恋はする事に意味がある。
それが叶い、愛へ昇華できれば、それはこの上ない幸せだけど
でも、”私”にとっては
恋に落ちれた、その気持ちを知った、それだけで幸運な事だった」
前世では生きるのに必死で軽く付き合う程度の友人は沢山いたけれど、
恋人はもちろん、親友や好きな人を作る気持ちの余裕がなかった。
今世では目覚めた瞬間、手痛すぎる失恋に出くわした。
そして、これから先、シオンの人生を奪った私が
シオンの身体を使って、恋をする事など許される事ではないだろう。
そんな私だけど、シオンの記憶を通して、
恋を知り、その痛みと甘さを味わう事ができたのだ。
それは、言ってみれば、ただの記憶の欠片でしかないけれど、
でも、その時の焦がれる想いや待ち侘びて落ち着かない気持ち、
全てが輝いて見えるようなそんな幸せに胸を躍らせた感触が
まるで、自分が感じた事のように鮮やかに思い出せる。
他の全ての記憶は古い映画のように無機質で感覚と切り離されているのに
なぜか、好きな人の事だけは違った。
どれほど強い想いを、身に深く刻まれたように残る程の想いを
シオンがサークリットに寄せていたか、そこからも分かる。
そして、それはシオンにとってもこの上なく、幸せな事だったはずだ。
恋する相手を見つけられた事、そして、
その人との未来を、一時とはいえ、手に入れられる夢を見られた事。
それはとても、とても、シオンにとっても有り得ない程の、
奇跡的な幸運だったのだと今の私には分かる。




