告白
踏まれても叩かれても、
努力さえしつづけていれば、
必ずいつかは実を結ぶ 枡田幸三
がちゃり
僕の後ろでドアの開く音がする。
振り返らない
天を仰ぎながら大きく一回深呼吸する。雲ひとつない良い天気だ。
振り返らない
「お前さ」
後ろから声が聞こえる。目の前の住宅街は夕焼けで赤く染まっていた。
振り返らない
「告白イベントの為にわざわざ屋上とはずいぶん古くせー趣味してんじゃん。」
まるで面白いおもちゃでも見つけたような声のトーンの高さだ。
僕は 振り返らなかった
「答えてやるつもりなんてさらさらないけどさ」
彼女は、真っ黒な腰まである髪をたなびかせ僕の隣を通過する。
「せいぜいアタシを楽しませてくれ」
彼女はそう言って夕焼けで真っ赤になっているだろう僕の顔を覗き込みながら、笑った
ぼくは ふりかえらなかった
「さて、アタシのターンだ」
彼女はそう言うと落下防止用の柵の上に飛び乗る。まるで使い方を守ってもらえない柵が少し不憫だった。
「ここにはアンタがアタシの鞄に無造作に突っ込んだ紙切れがある。」
そういって彼女は本当にくしゃくしゃになっている紙切れを取り出した。
「ーー拝啓、天野様へ ご無礼かと思いますが今日の5時半に研究棟の屋上に来て下さいーー」
彼女は手紙の内容を朗読する。
「自分の名前も書かないで呼び出すとはいい度胸じゃねえか。差出人が気になって思わず来てしまったぜ。まあ、一言も喋らないこんなに可愛い奴だとは思わなかったけどな。」
嫌味を言われてしまった。
「さあ、お前のターンだ。言いたい事は言ったもんがちだぜ。」
彼女はずうっとこちらを覗き込んでいる。僕は真っ黒で透き通った彼女の瞳をずっと見つめていた。
「告白しても、いいですか?」
一言だけ彼女に、尋ねる。
「お前のターンだろ?好きに何でもしゃべんな。答えるかどうかはアタシのターンに考える。」
台詞自体は素っ気無いが、声のトーンは楽しそうだ。
「僕は、中途半端なんですよ。」
「ほう?いきなり自分語りとはやるじゃねーか。聴いてやるから続けな。」
「頑張ってきたつもりなんですよ。いままで人生であったことどれだって。勉強も、スポーツも、人間関係も、どれだって一生懸命だったんです。」
「一生懸命だった割には随分なとこにいるな。」
ここは俗に言う「Fランク大学」である。まあ、学部によってランク自体は変わってくるのだが、僕の所属している学部は紛れもなく「Fランク」だ。
「一生懸命やってたと思うんですけどね・・・。どうして、こうなっちゃったんでしょうね。」
「知るかよ。世の中一生懸命やってれば報われるとは限らないだろう?」
目の前の白衣の女性は柵の上にどかっと腰を下ろす。辺りはもう薄暗くなってきていた。
「アタシのターンだ。お前はさ努力は報われると思うか?お前の思ったままをいいな。」
「僕は・・・、報われると・・・、信じています。」
息が詰まりそうになる。クリティカルヒットだ。声に出して言うとこうも虚しく無力な響きなのか。
「ふうん、報われると信じています、か。力強い響きじゃないか。アタシは好きだぜそういうの。努力、友情、勝利。いつの世の中だってそれが一番大切だからな。」
彼女はそういって真っ黒な髪を手でかきあげた。ふわっと甘い匂いが漂ってくる。
「アタシだって信じてきたよ、努力をね。」
白衣の彼女は所謂「Aランク」の学部にいる。きっととてつもない努力をしてきたんだろう。
けど、僕だって、ぼくだって、ボクダッテ、
もう辺りは真っ暗だ。まるで闇と同化している彼女に吸い込まれていきそうだ。
「信じるってさ、素敵な言葉だと思わないか?」
彼女は天を仰ぐ。もう少しで落っこちてしまいそうだ。
「人の言葉って書くんだぜ。」
もう1度こちらを向く。
「アタシのターンは終わった。好きなことしゃべんな。」
「僕は、一番になりたいんです。」
6時になった。夏時間用の下校チャイムが鳴り響く。
「なんだって、いや、なんにでも一番になりたかったんです。」
一体どれだけ虚しいのか。敗者の弁だ。結局全部駄目だったじゃないか。
「ここまでは全部駄目だったんです。でも、まだ終わってないから、終われないから、」
終われない、そう、終われないし、終わらない。人生は続く。逃げたくない。立ち向かいたい。まだ
「頑張りたいんです。」
チャイムが鳴り終わる。
子供の無邪気な声が静かな屋上にまで響いた。
「そうか。」
彼女はチラッと腕時計を確認すると柵から降りて僕の横を通り過ぎた
「特別にもう1ターン続けてアンタにやるよ。伝えたい事があって呼び出したんだろ。」
僕は振り返る
「僕と付き合ってください。」
「終わらねーよ。」
一体どれだけの時間がたったのだろう。彼女はそういってドアを開ける。
「アタシは終わらせない。ここで何も言わずに立ち去って、まるでこれが美談であるかのようには終わらせない。ここで何も言わずに去るのは流行の歌のオチだけだ。」
彼女がこちらを向く。
そして一言。
「ごめんなさい、タイプじゃないんです。」
そういって僕に手を振って去っていった。
ばたん、とドアが閉じられる。
勇気を持って呼び出して、自分語りして、振られた。たったこれだけのことだ。
そう、たったこれだけのことなのだ。
なんとなく彼女が座っていた柵に寄る。下を覗き込むと白衣を纏った黒髪の女性が別棟に向けて走っていた。
そこで、何か白い紙に気付く。
足元にはくしゃくしゃになった僕の手紙が畳まれてあった。開いてみる。
「これは紛れもなくアンタの努力の証だ。大切にしな。後はお前の言葉達ももっと大切にしてやれ。」
僕の文面の下にそう書いてあった。
そして一番下の隅っこに
「アタシは少なくとも卒業まではフリーだ。精々がんばんな。」
小さくそうかかれてあった。
ペタンと床に座る。まだほのかに熱を持っている。そのまま寝転ぶ。星が綺麗だ。
「もう少しだけ、頑張ろうって思うよ。」
僕はそう一人ごちた。
夏の夜の風は涼しかった。
誰にだってそれなりに歴史があるわけで、その中である程度頑張ってきてると思うんですよ。だけど現状に満足してる人って結局そんなにいないと思うんです。このなんでもない数ページ分を読んで、そういう人達に「もう少しだけ頑張ろう」っていう気持ちを思い出していただけたら幸いです。




