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世界樹と畑

 あれは華狼館と繋がってから、一週間くらい経った日だった。

 旅館の一室でごろ寝していたら、いつも元気なユイが申し訳無さそうに部屋に入ってきたんだ。初めて見る元気のない姿に、さすがに俺も目が覚めて身体を引き起こした。


「あのー……ヤマギさん。ごめんなさい」

「ユイ? どした? 珍しく普通に呼ぶなんて」


「今日はご飯が作れないから、あっちの世界で材料を買ってきて貰えないかなーって」

「ユイも今日は疲れてるのか? 疲れてるのなら魔法で癒やすことくらいは出来るけど」


「あぁ、違う違う。あたいは元気だけど、そのー……ごめん! ご飯の材料がないんだ!」

「畑に何かあったのか?」


「うんー……。畑の野菜の調子が悪くて。作ろうにも作れないなぁって」


 華狼館の料理はこのユイが栽培している野菜でなりたっている。

 今は準備期間で、お客が俺一人だから問題無いものの、畑の収穫が彼女達の私生活の生命線だ。その畑の調子が悪いというのは少し気になる。


「その畑見に行ってもいいか?」

「え? うん、別にいいけど。んじゃ、行こー」


 この時、俺は初めて旅館の外に出るのが初めてだったので、かなりわくわくしていた。


 ゴロゴロし続けるのも少し飽きてきたし、そろそろ異世界観光というのも悪くない。


 まずは裏山辺りのハイキングとか散歩とか素敵じゃないか。

 そう思って、ユイに連れられて玄関を出ると、突然ユイが足を止めた。


「ユイどうした?」

「あ、やっと来た」


「やっと来た?」


 意味が分からず聞き返すと、突然目の前に白い人影がドサッと落ちてきた。


「うわっ!?」

「ヒビキも行く」


「ヒビキちゃんどっから落ちてきたの!?」

「え? んー……上?」


 俺のビックリにヒビキは首を傾げながら、上を指さしている。


「いや、上って屋根しかないよ!?」

「うん、屋根から飛び降りてきた。ユイの匂いがしたから日向ぼっこやめて降りた」


「猫じゃないんだから危ないって……」

「大丈夫。ちゃんと魔法で衝撃を減らすために、緩衝領域を作ってる」


「魔法用語はサッパリだよ……」


 俺は星の魔力を取り込んでいるらしいけど、何がどこまで出来るのかは分からない。今できるのは治癒魔法くらいだ。

 長年魔法を使って慣れているヒビキは自由自在に魔力を放出して、自分の身体を守っているのだろうか。


「魔法は便利。そんなことより、ヒビキも畑に行く。良いでしょユイ?」


 さすがヒビキちゃん。そんなことよりで切り捨てたよ!


「うん、いいよー。一緒に行っちゃおう、おでかけしちゃおう、デートしちゃおう。って、あぁん! 待ってよヒビキー!」


 ユイの言葉が終わる前にヒビキ行っちゃったよ! あの子は誰に対してもあんな感じなのか。


 言葉は不要だ、とか言うのが似合いそうだよ。将来、クールなお姉さんになりそうだ。

 気まぐれクールか。何かやっぱり猫っぽい。


「って、俺まで置いてくな!」


 整えられた砂の道を三人で歩み、白い塀で囲まれた宿の敷地から、茶色い木の門を通じて外へと出た。


 すると、目の前に広がるのは俺の知らない世界だった。


 奥の丘の上に立つ白いお城に、四階建てくらいの木組みの洋風な街が広がっていた。遠目に見ても可愛い街だというのが良く分かる。


 そして、手前の方に視線を移すと洋風な姿から平屋の和風建築が目立つようになる。


 明らかに雰囲気が違う区画を見て、ふとクスハの言葉を思い出した。

 東方人が集まって作った街。略して――。


「東方人街って、これのことだったんだ」

「そうそう。あたい達みたいに東方から移り住んだ人達が集まってるんだよ。んで、奥のお城がここらへんの王様のお城。王様の名前は忘れたし、興味無いし、知る必要無いし、どうでもいいや」


 王様が聞いたら泣きそうな扱いだな。


「へぇー。でっかい街なんだなぁ」

「でっかいよー、広いよー、迷うよー、おつかい行く時は命がけっ!」


「そんな危険な場所なのか!?」

「ニシシ、ヤマッチャン驚き過ぎ。みんな良い人だよ」


「ったくお前は……」

「でも、街に来てる人達は命がけのつもりなんじゃないかなー?」


「おいおい、さすがの俺でも連続で同じネタには引っかからないぜ」


 いくら常識を知らないとは言え、さすがにこの嘘は見抜ける。


 まったく大人をからかって、大人を超えたつもりになっているのかも知れないが、そろそろ俺も年長者としての威厳を見せないとな。


「ん、それは本当」

「やだなぁヒビキちゃんまで、ってヒビキちゃんも何言ってるの!?」


「あっち」


 ヒビキが指さした先を見てみると、天をつく巨大な樹が生えていた。

 でかいと思った城より遙かにでかい。地表に飛び出た根っこ含めて、山みたいな樹だ。


「なんだあのでっかい樹!?」

「世界樹。中に迷宮が広がっていて毎月どこかの世界に繋がって、宝物を貯め込むの。その宝物を狙って冒険者が挑戦してるけど、魔物も貯め込むから言葉通り命がけ」


「はぁー……あんなでっかい樹がダンジョンなのか。今更だけど本当に異世界なんだな」

「たまにドラゴンとか魔王とか変なのが外出てきて暴れる」


「思った以上に危ねぇな!?」

「でも、世界樹のおかげでこの街は発展した。魔王もドラゴンも財宝いっぱい持ってる。身体も役に立つ。伝説の武器とかになる」


「冒険者の行き来による経済効果だけじゃなくて、出てくる宝物の利益も相当なもんってことか。となると、華狼館も冒険者向けなの?」

「さすが異界の人。賢い。その通り」


 ヒビキが尻尾で丸を作り、ぐっと親指を立てて讃えてくれる。本当にこの子の行動は読めない。


 はて、となると何か忘れているような。


「ヤマヤマ! あたい嘘ついてない! 樹におつかい行ったら命がけなんだよ!」


 そうだ。忘れてたけど、ユイを嘘つき呼ばわりしてしまったっけ。

 尻尾がぴーんと張っているあたり、確かに怒っているようだ。


「分かった分かった! 疑った俺が悪かったよ」

「これからは信じてくれる?」


「あぁ、信じるよ。うん、本当のことだったしな」

「良かったー」


 尻尾をぱたぱたと横に振って今度はやけにご機嫌になった。

 顔も嬉しそうに笑ってるし、何がそんなに嬉しかったのやら。


「これでまた冗談言える! 遊べる! 楽しめるー!」

「ハハハ。また騙されるかも。って、おいっ!?」


「ニシシ、ヤマギやっぱり良い人、面白い人、楽しい人―」


 ったく、やれやれ褒め殺しで誤魔化してきたか。

 でもまぁ、楽しそうだし、別にいいか。


「はぁー、それで畑はどっちなんだ?」

「こっちー」


 ユイに手を引っ張られて徒歩三十秒。旅館の塀を曲がったらすぐに畑は眼に映った。


 畑というよりかは小さな村でも出来てるんじゃないかと思えるくらいに、何段もの段々畑と水田が広がっている。


 小さな山が丸ごと棚田に開拓されていたんだ。てっぺんから見たら、イネの緑、水の青、土の黄色、野菜の濃い緑に、赤や黄色の花の色が混じって、巨大なモザイク画でも出来そうなほどカラフルで見事な棚田だ。


「これは……すごいとしか言えないな。これユイが全部育ててるのか?」

「そうだよー。一から山切り拓いてみました」


 当たり前のように言ってるし、ヒビキも反応しないということは本当なのだろう。

 それで肝心の問題が、この畑の状況が良くないってことか。

 とは言え、こんな広いとどこに何があるのやら、素人じゃ分からないな。


「ん、ユイ、あそこ?」

「そうそう」


 と思いきや、この姉妹は分かり合っている。


 ヒビキが一人でぴょんぴょんと段差を登り始めたので、俺とユイも彼女の後を追いかけるように坂道を走った。そして、山のてっぺんまで駆け上がり、息を切らせていると、先に着いていたヒビキがあぜ道からわき出る水をジッと見つめていた。


「はぁー……坂道を走ると結構きっついなぁ。ヒビキちゃん何かあったのか?」

「ここ」


「わき水? いや、この匂い……温泉か?」

「うん。ここからわいてる。多分この温泉に含まれる魔力で、植物が魔力酔い起こしてる」


「魔力酔い? 植物も酔うのか?」

「うん。生き物全て容量以上の魔力を浴びると酔っ払う。人だと頭がくらくらする感じ」


 温泉には魔力が含まれる。その温泉が湧き出たせいで植物の成長が鈍くなっているらしい。


 過剰の肥料や水が植物に悪い影響を及ぼすことがあるらしい。それの魔力版といったところなのだろう。

 過剰な魔力で魔力酔いしているなら、その魔力をどこかに逃がせば良い。


 となると、もしかして俺の出番なのか? 温泉から星の魔力を吸い取れるんだし。


「手でも突っ込めば良いのかい?」

「それでも良いのだけれど、わき続けるから同じ事がすぐ起きる。どこかに溜めて、一気に魔力を吸い取れるお風呂の方が良い。でも、ユイ困るよね?」


 ヒビキがユイに話を振るとユイは困ったように頷いた。


「畑が狭くなるし、畑から畑の行き来が自由に動けないのはちょっと面倒臭いなぁ。だって、脱衣所とか柵とか色々建てるでしょ?」


 なるほど。そういうことか。

 お風呂を作りたいけど、畑を潰したり、道を潰したりしては困る。

 柵も無ければ脱衣所もない露天風呂が必要な訳だ。


「と言っても、そんな都合良くできない」

「だよねぇ。うーん、仕方無いなぁ。ここはあたいが我慢して」


 おっと、姉妹で話が勝手に進んでいる。

 あるんだよ。そんな都合の良いお風呂が。観光スポットにたくさんあるぜ。


「足湯を作れば良いんじゃないか?」

「あしゆ?」

「うん。こういうの」


 スマホで資料用に集めていた写真の中から、足湯の写真を出して二人に見せた。


 樹で出来た細長い浴槽と座るための板、そして雨よけの屋根だけのシンプルな作り。

 これなら脱衣所はいらないし、柵も必要無い。


「あ、これなら良いかも、飛び越えられそうだし、そんな邪魔じゃなさそう。ヤマギーすごいこと思いつくね」

「これが異界の知恵。さすがです。まさかこんな発想があるなんて」


 かなりの食いつきに何だかこそばゆくなる。

 それに足湯を選んだのはただ場所の問題だけじゃない。


「それとな。足湯にしたのもここの畑って上行ったり、下行ったり動き回って疲れるだろ? そこで足湯で足の疲れをとってから帰れば、ユイが畑仕事終わった後でも元気に料理できるかなって思ったのさ。後はここからの景色も最高だしな」


 山の小高いところにいるおかげか、遠くを見れば木組みの街並や、東方街がよく見える。夜になったら夜景を見に来るのも良さそうだ。そして、近くをみれば棚田が見下ろせて、緑の非常に美しい景色が広がっている。秋になったら稲で黄金色に輝く棚が出来るのだろう。すごく楽しみだ。


「あたいのことまで考えてくれてるっ!? ヤマピーは優しいね! 頼もしいね! 愛を感じるよ!」

「だろー? ただの風呂好きじゃないのさ、観光代理店で働いてるからな!」


「すげー!」

「ハハハ! すげーだろー! びっくりだろー! 見直しただろー!」


 いかんいかん。俺までユイにつられて、アホの子になってどうする。

 ユイは何がすごいのか良く分かってないだろうけど、尊敬してくれているのは分かる。

 タダ飯食らいでもタダ風呂浴びるだけの男じゃないと分かってくれれば、それで十分だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次女だけは、どうしても好きになれない‼他の主要人物は良いんだけど…。
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