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華狼館の食生活

 さて、温泉旅館の食事と言えば色鮮やかで豪華なイメージがつきまとう。


 色とりどりの野菜と肉の入った鍋や、皿に美しく盛りつけられた刺身、そして、季節の天ぷらなどが王道だろうか。


 そして、地域や季節によってはカニや伊勢エビといった海産物の他、飛騨牛などの地域和牛なんかがメインを張ることもある。


 では、件の華狼館はどうかと言うと。


「ユイちゃん特製フューイン山を食い尽くせ御膳だよ! これは裏山の山菜と畑で取れた野菜の天ぷら。んで、こっちは川で釣ってきた魚の塩焼き。こっちの煮物は山で取ってきた茸と畑の芋。冷めない内に食べてよー? あたいが育てて、作ったご飯なんだから、美味しいうちに食べないとあたいに失礼だぞっ」

「ご飯に対してじゃなくて、ユイに対して失礼なんだな……」


「そりゃそうだよ。あたいの汗と涙の結晶が隠し味なんだから。あ、ちなみに味付けはちゃんと普通の調味料だからね? さすがにあたいの汗も涙も入ってないよ? あっ、もちろん愛情が一番入ってるけどね」

「う、うん、そうか。すごいな……」


 相変わらずのマシンガントークに圧倒されるが、視線は料理の皿から逃げられなかった。

 どれもあのユイが作ったとは思えないほど綺麗なできあがりをしていて、食欲を誘う匂いを放っているせいで、ついどれから食べるか目移りしてしまう。

 

 ただ一点だけ気になることがあった。


「思ったより健康的だな。何かもっとこう肉類が多いのかと思ったよ」


 この子達見た目は犬っぽいし。


「たまに猪とか鹿とか狩れた時は出すよ? でも今日はとれなかったからね」

「えっと、もしかして、自給自足してんの?」


「うん。だって、お金無いし」

「へぇー……」


 やけに山と畑の物が多いと思ったが、ユイの説明で納得がいった。

 自分達で作った物を提供しているのは、お金が無くてそれだけしか出せないからか。でも――。


「なによー? ヤマペーがっかりしたの? ヤマガリーなの?」

「ヤマガリーが何かは分からないけど……。素直に関心した。すごいな自分達だけでこんなに立派な物を出せるなんて。食べてみてもいいかい?」


 素直にそう思った。アホの子だと思っていたのを撤回しないといけないかもしれない。


 この子は単なるバカではなくて、料理バカかもしれない。

 そうと思ったら早く料理を自分の口に運び入れたくなった。


「ヤマギガッカリの略でヤマガリーだったけど、ヤマガリーじゃないなら、う、うん! どうぞ! ひと思いに丸呑みしてっ! 味わわずに食べて!」


 前言撤回、やっぱりこの子は料理バカであっても、アホの子だ。


「いや、普通に噛んで食べるよ……。いただきます」


 一口かじっただけで俺は素直に驚いた。

 言葉を発する時間がもったいないと思うほど、口の中に料理を入れていたい。

 飲み込むのですら惜しく感じるほど、美味かった。


 野菜は香りが強く甘みが強い。それに山菜の癖のある味がよく合う。

 魚の焼き加減も絶妙だ。


 思った以上の出来に舌鼓を打っていると、今度はクスハが徳利を片手に俺の隣に座った。


「山城さん、一献いかがですか?」

「ありがとう。頼むよ」


 おちょこに注がれるのは透明な液体だ。口に含んでみるとキリッとした辛口な味わいが広がり、鼻にリンゴのような香りが抜けていった。


「これは……良い酒だな」

「ふふ、お気に召したようで何よりです。私が作ったんですよ」


「マジで!? すげぇな……」

「もう一献いかがですか?」


「是非お願いするよ」


 美酒に酔い、美食を楽しむ。贅沢過ぎる時間に身体がふわふわしてきた。

 それにしても、先ほどからユイがやけに静かだな。


「ユイ?」

「ひゃっ! ひゃい! なにかな!? どれかな!? どっちかな!?」


「さっきから何か静かだけど、どうしたんだ?」

「な、なんでもないかな! でも、どうかな? ……おいしいかな? それともあんまりだったかな?」


 もじもじとしながら尋ねるユイの様子で、さっきから静かなのも、クスハが妙にニコニコしている理由も何となく分かった。


 かなり上等な酒に負けないほどの料理に対して、返答など一つしかない。


「うまい。正直、ユイが作ったとは思えないほどうまい」

「さりげなく失礼なことを言われた気がしたけど、あたいは心が広いから許してあげるよ。へへーん、うまいでしょー! すごいでしょー! 幸せでしょー! やったー!」


「うん。本当にすごい。ハハ、お婆さんにはご飯を食わせてくれと言われたけど、俺が作って貰う方になりそうだ」

「いいよいいよ。あたいに任せてよー。もっと頼ってもいいのよ?」


 しおらしかったのが嘘のようにユイが調子に乗っている。


 ぴょこぴょこと耳が跳ねて、尻尾をブンブンと振り回して全身で喜びを表しているユイを見て居たら、なんかこっちまで嬉しくなっていた。


 酒を飲んで酔っ払っているおかげか、止まらないお喋りもうっとうしいよりも可愛げを感じられる。


 もう勝手に手が伸びて頭を撫でるくらいには、こっちも楽しくなってる。髪の毛も耳もモフモフだ。


「でへへー。クス姉、最初のお客さんに美味しいって言われてなでられちゃったよー」

「ふふ、良かったわねユイ。だから言ったでしょう? ユイなら大丈夫って」


「でへへ、えへへへ」


 顔を真っ赤にして照れ笑いを続けるユイは本当に幸せそうに、俺の手になされるがまま頭を揺らしている。


「私もお酒が上手く造れたようですし、良かったです」

「すごいな。本当に姉妹三人でやってるんだ」


「はい。お婆さまに仕込まれましたから」


 そのお婆さまも何者なんだろう。


 ヒビキが言うには大魔導士だっけか。

 世界をまたいでインターネットまで使うと思ったら、自給自足で生活できるよう孫を仕込むって、どんな師匠キャラだ。


 ちなみにヒビキはさっきから机の下の隙間で眠り続けている。


 勝手に起きるまで寝かせてあげてくれと言われた。

 小さな身体と不釣り合いな魔力で疲れやすいんだそうで、よく寝るそうだ。


 そして、結局俺が食事を終えてもヒビキは寝続けていた。

 そんな寝ているヒビキと食事の時間を合わせるのか、クスハもユイも食事をとっていない。


「三人はご飯どうするの?」

「後で頂きますからお気になさらず」

「そうそう。ヤマヤンはお客様だし。練習だよ。予行演習だよ。実地訓練だよ」


 言われてみれば俺は温泉宿のお客の立場だし、そもそも一緒の物を食べること自体がおかしいのか。こういうところってまかない飯とかだもんな。


 従業員があんな豪華な食事を毎日食べられる訳がない。

 今の俺の食事がお客に出すランクなら、まかないのランクはいくつか下がるだろう。


 そう思うと手紙にあった彼女達の食事の面倒を見て欲しいというのは、意外と切実なお願いだったのかもしれない。


「引っ越しの準備のために戻る場合はどうすれば良いんだい?」


 ついでに何か買ってきて、三人にプレゼントしよう。


「帰りはあちらのふすまをあけてください。縁の殻石で錠を作り、扉にいたしました」

「錠ってことは鍵はどうなる?」


「もうお持ちのはずですよ? こちらに来た時に持っていませんでした?」

「もしかして、このアパートの鍵?」


「はい。その通りです。今日はこちらにお泊まりにならず、帰られますか?」

「ちょっと荷物だけ取りに戻りたいかな。何も持たずに来たから」


「分かりました。では、道中お気をつけて。お帰りをお待ちしています」


 半信半疑ながらも鍵を錠に差し込んでみると、視界が一瞬歪んで随分と暗くなったボロアパートの浴槽前に戻っていた。

 浴室から外に出て窓の外を見てみると、既に日が暮れていた。

どうやら時間は異世界と連動しているようだ。


「夢じゃなかったんだよな?」


 お腹の満腹感もやけに軽くなった身体も、異世界で体験したままだ。

 手の中にある鍵をなくなさないよう改めて握りしめると、携帯が震えた。


 メール受信が一件、内容は見なくても何となく想像出来たし、俺の答えは決まっていた。


《契約なされますか?》

「もちろん」


 こうして、俺は月三万円で異世界での生活を手に入れた。

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