表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

華狼館の次女はアホの子?

 風呂からあがり、最高な気分で服を着ていたら、大変なことに気がついた。


「俺のいた部屋はどこだっけ?」


 のれんをくぐって脱衣所を出たのは良いものの、その先の道が分からない。

 とりあえず、ロビーっぽいのが途中であったはずだと記憶の糸を辿り、キョロキョロしながら木で出来た廊下を歩く。


 それにしても立派な木造建築だ。

 古い日本の温泉旅館のような親しみやすさがある。


「あんまり異世界って感じじゃなくて助かるけどさ」


 風呂もない、コメもない、大便も窓から投げ捨てるような中世ヨーロッパ風だったら今頃大混乱しているはずだ。


 とは言っても、困ることはある。日本語が通じているのは凄いけど、文字は日本語じゃなかったんだ。見取り図を見てもどこに何があるのか何も分からない。


 おばあさんが書いてくれた手紙は日本語だったのにと思うと、異世界らしさは少し残っていた。


 困ったな。クスハが何か準備してくれると言ってくれたのに、このままじゃ戻れない。


 おおよその現在地と間取りしか分からない看板と睨めっこしていると、どこからともなく少女の声がした。


「あれぇ? お客さんかな? おっかしいなぁ。変だなぁ。不思議だなぁ。クス姉はまだ旅館開けないって言ってたけど」


 ふと声の方に目をやると、耳が横に倒れた茶髪の少女が不思議そうな顔をしてこちらをのぞき込んでいる。


 髪の毛の色こそ違えど、どこかクスハと似ている。

 服は黄色い浴衣に向日葵があしらわれ、髪の毛にヘアピンのようなものをつけているあたり、クスハよりも小道具のオシャレに気を遣っているようだ。


 この子ならこの看板をを読めるかな?


「あの――」

「お客さんの耳、小さい上に毛が生えてないじゃん! しかも、黒髪で目も茶色で尻尾もない! すっげー! 伝説のツナヨシ様みたいじゃん! かっけー!」


「ツナヨシ様?」

「うん、トクガワツナヨシ様」


「はぁっ!? 徳川綱吉!?」

「うん。色々なことを教えてくれた偉い人なんだってさー。今私達が来てる浴衣を持ってきてくれた人でもあるんだよー。何故余には耳が小さく、尻尾が生えてないのかって言ってらしいけど、うわー、本当に無いんだね! ねぇ、お兄さんのお尻見ても良いかな!?」


 生類憐れみの令を出して、犬公方とも呼ばれた歴史上の人物の名前が出てビックリしたけど、まさかこの世界の人達を犬に重ねたせいだっていうのか!?

 そんなことがあって良い訳がないだろう!? でも、確かに犬っぽいもんなこの子達。うーむ……。


 と悩んでいると、思いっきりズボンを引っ張り降ろされた。


「すっげー! 本当に尻尾がない! つるつるだ!」


 あげくの果てに腰と尻をなで回された。


「うおぅっ!? なにすんだよ!?」

「黙って見せてくれたし、触っても良いかなーって」


「どっちも許してないって!」

「いいじゃん。もともと尻尾ないんだから減るもんでもないしー。魔力だってすっごい溜めてるんだしー。尻から魔法が出そうだよ? 破裂しそうだよ? 大爆発だよ?」


「んなバカな!?」


 思わず飛び退いてズボンを上げていると、茶髪の少女は不満そうに口をとがらした。


 ただ、いくら不満を言ってもあのままだと前の方まで触られて、大変なことになっていた。こんな場所なら止めざるをえないだろう。ちょっと減るかもしれないんだから。


「で、お客さん何者なの?」

「あぁ、名前か。山城克也です。よろしく」


「嬉しい楽しい面白い! もふもふ尻尾は自慢の一品一点物の限定品! ユイちゃんだよ! よろしく! えっとー」

「ヤマギで良いよ」


「うん! よろしくなヤマギ! 笑顔が硬いぞー。心の底から笑ってないぞー。つかれてるのかー? つらいのかー? 尻尾ないし耳が小さいから分かりづらいぞー」


 困った事に尻を触られてから完全にペースを握られている。

 というか、ユイがガンガン攻めてくるせいで俺が会話のきっかけを作ることが出来ないだけなんだが、それにしても自由奔放な女の子だ。

 飛び退いて距離をとったのに、一瞬で距離を詰めてきた。


 それにしても、笑顔が硬いか。サービス業だから笑顔の練習させられたんだけどな……。


 ただ、確かに俺に比べればユイの方が自然な笑顔をしている気がする。

 尻尾もぶんぶん振ってるし、耳もぴこぴこ動いている。

 なんというか、遊んで貰いたくて仕方無い、じゃれつくのが好きな犬のように見える。


 確かにこんなの見せられたら、綱吉さんも犬公方にもなるか。何というか無性にもふりたくなる。


「で、ヤマギはなんでこんなところにいるのー? 匂い的にはお風呂上がりーって感じだけど」


 ユイが鼻を俺に近づけて来て、すんすんと匂いをかいでくる。

 服を掴まれて逃げられないので、困った事になされるがままだ。


「あぁ、えっと」

「あっ! お風呂に入りに来たからここにいるのは当然か。温泉あるんだし、旅館だし、お休みだし!」


「いや、そうなんだけど、そうじゃなくさ」

「なら次はお腹すいた? ご飯食べる? ユイの出番ついに来ちゃう? ユイの初めて受け取っちゃう? 初体験しちゃう?」


「いや、お前、何言ってるの!?」

「えー、聞いちゃう? ヤマギンは乙女の秘めた秘密を聞きたいの?」


「いや、別に秘密なら――」

「よくぞ聞いて! くれましたっ!」


「本当に自由だなお前!?」


 こんなの会話のキャッチボールじゃないわ。会話の千本ノックよ! だったら捕り続ければ良いだろうって? 筋肉論破はごめんだぜ。もうなるようになれ。


「あたいは華狼館の板前なんだぜ! 花も恥じらう十六歳! 板前美少女なのさっ! まだお客さんに出したこと無いけどなっ!」


 バーンとかドーンとかいう擬音がつきそうなくらい、ユイは俺から離れると元気いっぱいに突き出してポーズを取った。

 撃て! と指示を飛ばす艦長みたいなポーズだ。

 それにしても板前か、いわゆるシェフやコックのことだろう。温泉旅館なのだから料理を作る人がいても不思議ではないが、こんな自由奔放な娘が板前だとは予想もしていなかった。

 正直、ただの賑やかしくらいだと思ってた。にしても自称板前美少女はねぇだろ。


「んじゃ、クスハの言ってた準備って食事のことだったのか?」

「クス姉のことしってんの?」


「うん、温泉まで連れてきて貰ったのは良いんだけど、部屋に戻る道が分からなくてさ。って、クス姉?」

「うん、あたいはクス姉の妹だから。んじゃ、迷子の迷子のヤマギーのためにお部屋まで案内してあげよー」


「ハハハ……ありがとう……」


 思わず乾いた笑いが出るくらいに疲れた。

 というか、呼び方がコロコロ変わった気がするが、大丈夫なのかこの子。人懐っこさは凄いけど、アホの子だろ。


 そんなアホの子が目の前を歩いると、彼女の尻尾がユラユラと揺れて、随分とはしゃいでいるように見えた。


 というか、今更だけど尻尾って本物なのかな?

 ちょっと試しに触ってみようか?


 そっと手を伸ばして尻尾に触れてみると、思った以上に毛は柔らかく、ふわっとした柔らかさに指が包まれた。

 しかも、特筆すべきは柔らかさだけではない。体温で暖められた空気がふくまれているのか日だまりにいるような暖かさがある。向日葵のガラは伊達じゃないってか。


 尻尾の中に顔でも埋めて昼寝出来るんじゃないかと思えるほどの質感だ。


 だが、すぐにユイは飛び跳ねて俺から一気に距離を離した。


「うわおっ!? ヤマっちゃん突然何かな!?」

「え? いや、綺麗な尻尾だなぁと思って、触り心地も良かったし、本物なんだよな?」


「本物も本物。十割ユイちゃんの純物! 全部地毛だよ! 限定一本限りだよ!」

「へー、すごいな」


「ふふーん。このユイちゃんに悩殺されちゃったかー、惑わされたかー、欲情しちゃったかーって、そうじゃなくて! いきなり乙女の尻尾を断りもなく触ったらびっくりしちゃうよ! びんかんなんだよ!? カンカンなんだよ!」

「あ、あぁ、すまなかった。知らなかったから」


「乙女の純潔を奪ったヤマギカツヤさんには責任を取って貰う必要があるかな!」


 そんなにも尻尾というのはデリケートだったのか。

 確かに猫の尻尾の付け根には性感帯があるとは言うが、まさかこの世界の人も尻尾が敏感な所に繋がっているのだろうか。


 それにしても責任か。さりげなく本名で呼んでくるし、本当に怒っているのかも知れない。


 嫁にしろとかお嫁にいけなくなったとか、そういう物を一瞬想像してしまい、思わず自分のしでかしたことに身構えてしまう。


「責任って?」

「ヤマヤマの純潔をいただいていくっ! さぁ、尻尾のないお尻をもう一度見せて! それかしゃがんで頭かきわけさせて! 耳さわらせろー! なめさせろー!」


「先に俺を汚したのお前じゃねぇか!?」

「だから汚した責任をとって、私も汚れる!」


「待て! それはおかしくないか!?」

「ニシシ。いやー、ヤマタロウは面白いねー! ばあちゃんもクス姉もヒビキもこんなにつきあってくれないから、ユイちゃんは嬉しいよー、楽しいよー、面白いよー」


「名前がもはや別人……。って、まぁ、もういっか。そもそも変わりまくってるし……」


 ユイがあまりにも楽しそうに笑うので、毒気が抜かれた。

 かわいいは正義だよ。勝てないよ。最強だよ。喋り方が移っちゃったよ!

 罰としてもっともふらせろ! なんてな。


「お前アホの子って言われないか?」

「アホじゃないよ! 前向きなんだよ? 明るいんだよ? 嫌な事なんて忘れちゃえーなんだよ!」


「ぷっ、ははは。お前面白いな。明るいだけか。ははは。確かに底抜けに明るいわ」

「おー、ヤママンが笑った! 笑った顔はいいね、かわいいね、楽しくなるね。よっ! 良い顔してるぜお兄さんっ!」


 愛想笑いという仮面をつけて、楽しくもない会話をお客さんとする。

 上司の無茶振りや思いつきにも元気良く自信満々でやれると偽って返事する。

 そんな偽りをする必要のない会話をして、笑顔になったのは随分久しぶりな気がした。


 人と心の底から笑うって、こんなに楽しいものだっけ?


 やっぱりここに住むのは悪くないかもな。

 落ち着いて会話の内容を思い出せば、くだらないし、中身なんてない何の生産性もないやりとりだったけど、それがどうにもこうにも心地よかった。


 どうしようもなくくだらないやりとりだけど、別に良いだろ? 

 だって、休日なんだぜ? くだらないことでも楽しければ正義だよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ