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姫様の一芝居

 さて、あれから一ヶ月の間、大臣は一度も顔を見せなかったが、お姫様が華狼館に来てからちょうど一月経った日にやってきた。


「皇女殿下のご容態は?」

「こちらへ……」


 クスハが部屋に大臣を案内するが、口調はかなり重苦しい。

 そして、お姫様のいる扉を開けると、白い布をかぶせられた姫様が布団で寝ていた。


「女将、これは一体……。東方での白い布を被せるという行為の意味を、我が輩が知らないとでも!?」

「……はい。今朝方お食事を持って参りましたら、何度お声をおかけしても返事が無く、もしやと思って中に入ったら、すでに……」


「なんということだ……」

「皇女様はご自分の死期を悟っていたのかもしれません。昨晩、急に私達にお礼を伝えてくれたので……」


 クスハが目頭を押さえて声を震わせた。

 お姫様は俺にもお礼を言ってくれた。

 懸命な治療に感謝すると、また会うことがあれば、今度は別の形でここの皆と会いたかったと。


 今日がちょうど余命と言われた一ヶ月目だ。死期を悟っていたのもあながち間違いじゃなかった。


「そうか。皇女殿下の最後は穏やかであったか?」

「……はい」


「お顔を拝見させて頂いても?」

「はい。どうぞ」


 クスハの誘導で大臣が姫様の前に立ち、布をずらした。


「あぁ……皇女殿下……おいたわしや……。王がこんな民間療法に頼らず、私の用意した者達を信じていれば」


 涙を流して膝をつく大臣に、俺はそっと背後から近づいた。

 そして、懐から水筒を取り出して、中のお湯を大臣の頭にぶっかけた。


「なっ!? なにをするっ!?」

「俺の質問に答えろ」


「っ!? ……はい」


 飛び跳ねた大臣が俺の言葉で大人しくなり、虚ろな目で頷いた。


「お前、今日姫様が死ぬことを知っていたな?」

「……はい」


「呪いをかけたのはお前か?」

「……違う。……私ではない」


 その言葉でふすまに隠れていたヒビキとユイが出てきて、目元を隠していたクスハがホッとしたようにため息を吐いた。


「ふぅ、良かった。大臣様はやはり違ったみたいですね」


 大臣は姫様の呪いをかけた犯人では無い。


「うん。お兄さんに教えた催眠魔法は嘘がつけなくなる効果もある。この人は嘘をついていない。ミリア様、起きて良いよ」

「ぷはぁー! さすがに息を止め続けて、死んだふりを演じるのはしんどいの!」


 ヒビキのお墨付きも出て、お姫様が布団から起き上がり、大きく深呼吸を繰り返している。

 そうお姫様は死んじゃい無い。ちゃんと俺とヒビキの作ったサウナで呪いを解いて見せた。


「つい最近まで死にかけてたから、余裕で演じてた」

「お主は口が悪いのぉ、ヒビキ。魔法の腕や薬の調合の腕が良いのは確かじゃが、もうちょい優しくしてたもれ。妾はこれでも病み上がりぞ」


「こんな口うるさい病み上がりいない。クスハお姉ちゃんの看病にも、ユイの料理にも、お兄さんの発想と魔法に感謝すべき」

「むぅ……だから昨日の夜に感謝したではないか。だが、クスハお姉様も大層立派な演技であった。感謝する。後で大臣にも謝らんとな」


 改めて演技をほめられたクスハが、照れくさそうに頬をかきながら笑う。

 俺も知らなかったら姫様が死んでたと思うほど、クスハは上手い演技をしていた。


 ちなみに、何故こんな手の込んだことをしているかというと、ヒビキが提案したんだ。


 姫様の呪いが誰にかけられたのか、犯人が分からないまま城に戻り、また命を狙われたら呪い以上の方法で殺されるかも知れない。


 それを避けるために、俺達は大臣に一芝居うつことを決めた。


 演技が終わるまで隠れていたユイも、とりあえずホッとしたようにしゃがみ、大臣の背中をつついている。


「んー、まぁ、でもこれでこの人は味方って分かった訳だし、難しい魔法使えそうな顔してないし、とりあえず、安心、安全、大丈夫って感じ?」

「ユイ、今なんて?」


 いつもの何も考えてない言葉だからスルーしようとしたが、何か大事なことを聞き逃してないか?


「安心、安全、大丈夫?」

「いや、その前」


「難しい魔法つかえなさそうな顔」

「……ユイの悪口もたまには役に立つな」


「ヤマタン失礼だね!? あたいはいつも真面目だよ!?」


 いや、不真面目だからこそ今回は助かった。

 そうだ。こいつが直接手を下さなくても良いんだ。


「呪いをかけるように指示したのはお前か?」

「……はい」


 そう。直接かけなくても指示さえ出せば良い。


「お前に指示を出したのは誰だ?」

「……公爵家です」


 黒幕は洗い出せた。結局の所、王家の権力闘争という訳か。


「ってことだとさ、お姫様」

「ふむ。残念ながら真っ黒だったという訳か」


「あれ? 意外と驚かないんだな?」

「権力争いなど王家の常じゃからな。そういうものじゃ。それに、もう一つ非常に大きな理由がある」


「その理由は?」

「妾はこいつが嫌いじゃ」


「そりゃまた単純な理由で、笑うほかないぜ……」


 呪いで死にかけてた時は随分としおらしかった子が、今じゃヒビキに負けず劣らずの毒舌でワガママなお姫様に大変身だ。


「で、どうすんだよお姫様?」

「とりあえず牢屋に放り込んで、後の事は父上と相談しよう。此度は世話になったなヤマギ殿」


「どういたしまして。元気になって何よりだ」

「うむ。おかげさまでな。だから、最後に妾とともにサウナに入り、混浴することを認めよう。これほどの褒美はあるまい?」


 なにがご褒美だ。子供のくせに色気づいて。

 俺の休暇をひっかき回した張本人だろう。

 ホントワガママなお姫様だよ。猫っぽい見た目通りだ。


「……遠慮しとくよ」


 何か周りの目が怖いしな……。

 クスハは笑ってるけど目が笑ってないし、ユイは真顔だし、ヒビキちゃんは尻尾が警戒モードだし!


「何を恥ずかしがっておる。何度も肌を晒しあい、将来を誓った仲ではないか?」

「ちょっと待て、何か途中からおかしいぞ!?」


「乙女の肌を見て、触れて、何もないはないであろう。男であれば責任を取る物だと物の本に書いてあった」

「どんな本だ!?」


 お姫様にしては発想がぶっ飛びすぎだろう? いや、お姫様だからこそぶっ飛んでいるのか?

 いわゆる世間知らずという奴で、何か盛大な誤解をしているのかもしれない。


「くっ……私は一体何を……。そうだ皇女殿下……っ!? ひぃっ!?」

「あ、こっちも魔法が解けたか。どうした大臣? そんな幽霊でも見た面して」


「ミリア皇女殿下が生き返った!?」

「あぁ、呪いを俺がといたのさ」


「な……に……?」


 さすがの大臣も言葉に詰まって、目を点にしていた。

 こうなればネタ晴らしをしても大丈夫だろう。


「肺の中に魔力を行き渡らせるためにな。サウナの蒸気を使ったんだよ。俺が治癒魔法に変換した温泉を、熱した地殻結晶の塊に注いで、濃密な魔力の蒸気を発生させる。その魔力の蒸気に俺がさらに治癒魔法を込めた」

「バカなっ!? たかが温泉ごときにそんな力があるはずなど!?」


「星の力で生まれた温泉だからなぁ。癒しの効果はたっぷりだし、それに俺がいた。俺は魔力を取り込んで濃縮すれから、どんな人よりも濃い魔力で魔法が使えるんだとさ」

「そんな……そうか。君のおかげで皇女殿下は助かったんだな。感謝する。ありがとう……ありがとうっ!」


「白々しいな」


 こんな状況で泣いて感謝するなんて演技が出来るのか。


「公爵家と繋がったお前はお姫様を呪い殺して、報酬を得るはずだった。それこそ華狼館を買い取る金額以上を提示されたはずだ。そして、華狼館っていう山の麓にあるような離れた場所を選んだのも、姫様を一ヶ月軟禁すれば死ぬと知っていたからだ。それに、俺達に姫様を預けてから、今日までお前は一度も来なかった。大した忠臣だな」


 一部はかまかけとハッタリを混ぜてある。ボロが出れば儲けものだ。


「それは他の者を牽制するためにっ!」

「あぁ、だが、なら、何故今日だった? 余命一ヶ月と告げられた姫を放って、何故今日来た? 忠臣であれば先ほどお前自身が言ったように途中経過が良くなければ、強引に連れ帰って医者にでも魔導士にでも見せるはずだ」


「それは王がお決めになること!」

「そうだな。でも、華狼館の情報を流したのがお前なら、お前が王の意思を誘導したことになる。だろ? お姫様」


 俺がお姫様に話を振ると、彼女は縦に首を振った。


「あぁ、そうじゃ。こやつが妾と父上がともにいる時に、噂を持ってきたのを覚えておる」

「くっ……あの時は藁にもすがる気持ちで」


「なら、ご自慢の医者を父上に提示するべきじゃったな。それになハングよ。お主の腹の内はもう魔法で吐き出されておる。そのあがき、その顔によく似合うほど醜いぞ」

「こうなればこの手で直接!」


 大臣が怒りの形相で姫様に手を伸ばすが、俺がその手を捕まえて止めた。

 相手が先に手を出してきた上に、俺もかなり鬱憤が溜まっている。

 華狼館で過ごす楽しみの一つ、冒険者の語る冒険譚を聞けなくした罪は重い。

 それにお客が来なくなったことでクスハ達を悲しませた。


「ひっ!? お前は一体なんなんだ!?」

「ただの風呂好きの客さ。俺の休暇の楽しみを邪魔した報いだ。歯ぁ食いしばれよ? クソ大臣!」


 醜く肥えた大臣の身体に向かってアッパーを打ち込むと、大臣は空中で五回転ほどしながら吹き飛んだ。



 あの後、大臣は牢屋にぶちこまれ、公爵家の跡取りも処分が下ったとかで、お姫様は無事過ごしている。

 というかお姫様のおかげで呪いや難病にも効くお湯として華狼館はより有名となった。


 そして、さらにその宣伝効果を押し上げたのが――。


「娘に言われて来てみたが、なるほどサウナというのは良い物だな。身体の中に溜まっていた物が洗い流されたようだよ」

「これで外に出た後に飲む酒がまた格別なんすよ」


「ほぉ、それは楽しみだ。はっはっは」


 何と王様がこっそり城を抜け出して、サウナと温泉と食事を楽しむようになってしまった。

 ライオンっぽい髪に耳、百獣の王にふさわしいごつい身体付き。

 そんな人と一緒にサウナに入り、風呂に入りながら酒を飲み、飯を食う。


「いやはや、ヤマギ殿は実に多くの物を知っておられる。まさに大魔導士だな。世界樹の探索に出れば間違い無く大活躍だろう」

「勘弁してくれ。俺は休暇に温泉入りに来てるんだから。おっさんだってそうだろ? それともちゃんと王様扱いした方が良いか?」


「ハハハ。一本とられたな。違いない。仕事の休みに仕事をしろというのは無粋な提案だった忘れてくれ」


 というような感じで、完全に楽しんでる。


 ついでに言うと、遊びに来る人は王様のおっさんだけじゃない。


「お父様! ヤマギ様! お背中流しに参ったのじゃ!」

「げぇっ!? 姫様! ここ男湯!」


 他の客がいないから、姫様も問答無用でつっこんでくるんだ。


「けちくさいことを言うでない! 見られて恥ずかしい身体でもあるまいに。のぉ、お父様」

「うむ。より肉体美に磨きをかけたぞ。見るがよい。父の筋肉をっ!」


 ったく、この国の将来が心配になるぜ……。

 このノリが風呂場だけだと信じたいよ。


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