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お風呂計画

 風呂上がりにお姫様の部屋に上がり、俺とヒビキは設計図を、クスハとユイはお姫様の看病をすることになった。


 といってもクスハとユイの出来ることは、布団にお姫様を寝かして、汗を拭くことぐらいだった。


 これからお姫様が治るかどうかは、俺の手にかかっている。


「お兄さん、お兄さんの言ってたお風呂ってどんな物?」

「二種類考えているんだが、原理は一緒だ。これを見てくれ」


「部屋? 何か石窯みたいのが置いてあるけど」

「サウナって言ってな。お湯じゃなくて、石を温めて、その熱で身体を温めるお風呂なんだ。んで、石にお湯をかけて、蒸気を発生させて、体感温度を変えるんだよ」


「あ、なるほど。石を地殻結晶にして、かけるお湯をお兄さんの入った温泉にすれば、発生する蒸気は魔法分たっぷりだ」

「さすがヒビキちゃん賢い。良く出来ました」


 いつもとは反対に俺がクイズを出してみると、ヒビキはあっさり正解を導いた。

 そして、いつものノリで頭を撫でると、ヒビキは気持ちよさそうに眼を閉じた。


 どや顔しながらも蕩けているヒビキはやけに可愛かった。

 って、いつまでも俺が癒やされてないで、次の説明をしないと。


「んで、もう一つの応用がこれ」

「これもお部屋みたいだけど……お布団敷いてある?」


「岩盤浴って言ってね。これも石を温めた熱で身体を温めるんだけど、サウナより温度は低いんだ。温度は四十度くらいかな? 放射熱、あ、えっと、石がゆっくり放つ熱で暖まる感じ。遠赤外線効果なんて言うんだけど」

「ふむふむ。こう魔力がじわーっと染み出す感じ?」


「んー、多分そんな感じ。俺はそのじわーっと染み出す熱に、魔法を乗っけられないかな? って思ったんだ。この岩盤浴って身体の中まで暖まる感じがするからさ」

「出来るかどうかは分からないけど、面白そう。作ってみるよお兄さん」


 ヒビキがスッと立ち上がり、窓の方に向かっていく。

 この子は相変わらず部屋の出入り口感覚がおかしい子だ。


「ちょっ! ヒビキちゃん待って!」

「急いだ方が良い」


「いや、俺も手伝うよ」

「ありがとう。それじゃ、ついてきて」


「だから、普通に廊下から出ようぜ……」

「あー……。そう言えば、お兄さんは廊下が好きな人だった」


「……う、うん」


 ヒビキちゃんの基準だとほとんどの人が廊下好きになりそうだ。

 というか、この世界は廊下が嫌いな人結構いるのか?


 つっこむとやぶ蛇になりそうだから、止めるけどさ。


「ところでヒビキちゃん、地殻結晶どうしようか?」

「んー……。一個は持ってるから、残りの一個を街に買いに行く? ヒビキ案内するよ?」


「そう言えば一度も街には出てないな。せっかくだから行ってみようか」

「ん。それじゃ、ヒビキお金の用意してくるから、お兄さん外で待ってて。クスハお姉ちゃん、後で経費で落としてね。大臣からの支度金使う」


 さりげなく大臣からの金を把握し、経費で落としてというヒビキに、若干驚きつつ、さすがと思ってしまった。

 なんだかんだで、この子も華狼館の従業員なのだ。



 さて、というような流れで木組みの街にやってきたのだが、すごい。


 玩具やファンタジーっぽい可愛らしい街並もすごいが、歩いている人達がすごい。


 何が凄いかって、もうそこら辺耳と尻尾のパラダイス。

 犬、猫だけじゃない。熊や牛や馬や豚と大型の動物からハムスターやリスみたいに小さな動物の耳や尻尾が生えた獣人だらけだ。


 種族によって身体能力が違うのか、猫っぽい人達やリスみたいな人達は屋根を飛び移っている。


「ヒビキちゃんが特別な訳じゃなかったんだね……」

「お兄さんも屋根伝いに歩く方がいい?」


「俺は地面でいいっす……」


 あんな忍者みたいな訓練は受けてないからな。

 それにしても、冒険者ってのは割とイメージ通りで戦士っぽい人から魔法使いっぽい人まで色々いるなぁ。


「にしても、武器屋とか防具屋とかがあると、何というかその手の仕事があるって世界なんだって実感するな」

「世界樹の迷宮は経済の生命線。財宝だけじゃなくて、冒険者の落としていくお金が大事。大臣の施策でいつもより人が多いかな」


 耳をすませてみると、冒険者は口々に大臣の施策に感謝している。

 そりゃ安く色々な道具が手に入れば、嬉しいんだろうけどさ。


 俺にとって疑問なのは、そんなことに金を使うぐらいなら、お姫様のためにもっと良い医者を探すとか、魔法使いを探して治療させるとか、そういうことも出来ただろう。


 噂だけで温泉を使うと決めたならば、華狼館でなくても良いはず。


 仮に華狼館のお湯の評判で決めたと言うのなら、怪我ではなく、病気に効くという評判はまだ無かったはずだ。


 まるで、ある一定期間、お姫様を隠しておきたい。というようにも邪推出来てしまう。


「お兄さん、何考えてるの?」

「ん? あぁ、あの大臣の言っていたことは本当なのかなぁ? って」


「ヒビキは……分からない。でも、クスハお姉ちゃんとユイはあっさり受け入れた。お姫様の命かかってるから」

「うーん、それもそうなんだけどさ。余命一ヶ月なんて知ってたら、受け入れたかな? あくまで最初は療養のための一ヶ月って話し振りだったから」


「……ヒビキもそこが引っかかってる。あの呪い、あまりにも偽装が上手すぎる。素人技じゃない。それなりの魔法使いでも出来ない。超一流の腕。ヒビキでも最初は見破れなかった。お兄さんが呪いだと言って、注意深く魔力を走らせてようやく気付いた」


 どうにも考えれば考えるほど、悪い方向へと疑いが深まっていく。

 

 医者が匙を投げた重病を患い、一ヶ月の湯治を進められたお姫様。

 大臣が言わなかったお姫様の寿命は残り一ヶ月。

 病気の正体は呪いで、病気のように肺から心臓へと広がっていた。


 そんな重篤な状態で、部外者のいない温泉旅館を治療の舞台として選んだ王様と大臣。

 大臣が言うには、お姫様が病気になったり、死んだりしたら喜ぶ親戚がいる。


 現状を考えると、お姫様に誰もいないところでひっそりと死んで欲しいような、そんな筋書きが隠されているような気がする。


 フラグとしては十分に危ない物が立っている気がしてならない、と思ってしまうのは漫画やアニメの見過ぎか?


「大臣が迎えに来るって言っていたのも一ヶ月後だよな。その日前後が余命の日なんだけど偶然かな? それとも……知っていて言ったと思う?」

「分からない。推測するにも情報が足りない。だから、ヒビキに考えがある……。お姉ちゃん達は反対するかも知れないけど、お兄さんに協力してほしい」


「……何をするつもりなんだいヒビキちゃん?」


 姉に反論されることを覚悟するって、一体どんな危険な橋を渡ろうとしているのだろうか? お城にカチコミでも仕掛けるつもりじゃないだろうな?


「あ、魔法屋。ついた。入ろう。さっきの話は怪しまれるからストップ」


 強制的に話題が打ち切られ、ヒビキがお店に消えてしまう。

 確かにこんな大臣賞賛の空気で、大臣とか王様がお姫様を暗殺しようとしているなんて話しをしたら、憲兵に通報されてしょっぴかれるか。


 そうでなくとも、大臣や王様のファンが自発的に俺達をさばくかもしれない。

 さすがにヒビキを巻き込む訳にはいかないし、後でまた聞こう。


 ヒビキの後を追って、お店に入ってみれば、宝石や謎の岩石といった鉱物系の物から、ガラス細工っぽいアクセサリー、そして、謎の粉末や植物の葉が売られていた。


「雑貨屋みたいなお店だな」

「魔法に使う触媒を売ってる。色々な触媒があるけど、その中でも最上級の触媒が星の力を秘める地殻結晶。これ」


 ヒビキが指さしたのは、厳重に鍵のかけられたショーケースのような物の中にある不思議な黒い石だった。

 見た目は拳大のごつごつした黒い石。


 不思議だと思ったのは表面的には黒いのに、青い光がチラチラと瞬いて見えるせいだ。


 クスハと一緒に足湯で飲んだ時にみた青い光を思い出す。

 あの時と同じ光かな?


「あぁ、この光って山にも噴き出すよな」

「お兄さん良く知ってるね。さすが」


 ヒビキがいつものように尻尾で丸を作りグッと親指を立てる。


「お兄さん、大きさはこれぐらいあれば十分なの?」

「まぁ、このサイズあれば十分かな。後は山に転がっている石で温度調整すれば良いと思う」


 結局の所、大事なのはこの石から出る水蒸気と熱だ。大きければ大きい程良いんだろうが、見たところこれ一点限りしかないし、贅沢も言ってられない。


 という感じでショーケースの前でヒビキとあれこれ言っていると、店のオーナーだろうか。やけに身なりの良い細めのお爺さんがやってきた。

 耳と尻尾だけみれば狐っぽいが、やけに立派な白髭をたくわえていて、一瞬なにか分からなかった。ただの狐というよりかは化け狐みたいだ。


「おや? ヒビキさんではございませんか?」

「ツネさん、お久し振り」


「おぉ、やはりヒビキさんだ。お婆さまはお元気であられましょうか?」

「知らない。またどっか行った」


「さすがは大魔導士様ですな。ご自由でいらっしゃる。てっきりお婆さまのおつかいかと」

「違う。今日は私の買い物に来た。地殻結晶売って」


 狐のツネさんは困ったように笑っていたが、ヒビキが商談に入ると目の色を変えた。


「大魔導士のお孫さんもご自由でいらっしゃる。子供のお小遣いで買えるものではないとご存知でしょう? こちらはA級の冒険者様が世界樹で手に入れた財宝で買う代物ですよ?」

「なぁ、爺さん、それいくらするんだ?」


「む? これまた濃厚な魔力を漂わせる御仁だ。あなたも冒険者ですか?」

「いや、違う。ただのヒビキちゃんの付き添いだよ。子供の小遣いて買えないって言ってたけど、これそんな高い石なのか?」


「なら、お教えしましょう。この美しい石は、星の力を取り込んだ石で、この石はその中でも最高級品の純度を誇っています。拳大の大きさで何と金貨五十枚ですよ。家が二軒、豪邸なら一軒建ちますよ。その分、魔法強化は他のどんな触媒より強力です」

「こんなんで家が買えるのか……すげぇ世界観。確かに子供のお小遣いじゃ買えないわな」


 自分で言い出したとは言え、思った以上に高い買い物に若干サウナ計画を中断した方が良いんじゃないかと思い始めたよ。


 でも、お財布を握っているヒビキは平然としている。


「ちょうど予算内」

「はい?」


「この袋に五十枚ある」

「なんと!?」


 ヒビキちゃんクールだ……。


 十歳の子供がそんな大金持ち歩くとは確かに普通思わないから、爺さんもそりゃ驚く顔するわ。


 日本で考えたら子供が宝石店に来て、一千万くらいのダイヤの指輪を買うといって、現金をポンと出すような物だからなぁ。


 俺でもそんなのに出くわしたら固まるよ。


「数あってる?」

「は、はい」


「んじゃ、貰ってく。またね。ツネさん」

「ちょ、ちょっと待って下さいヒビキさん! この大きさと純度の地殻結晶は魔法使いにとって、喉から出が出るほど欲しい物。いわば憧れの武器。普通に過ごしていれば、こんな魔法の補助具は必要ないでしょう? ついにあなたも冒険者になるつもりで?」


「お風呂に使うの」

「は? ……今なんと?」


「お風呂に使うの。それじゃ」

「はぁ……、さすが大賢者のお孫様……おっしゃることが自由だ」


 俺が異世界の常識になじめていないだけかと思ったけど、ヒビキは誰に対しても非常識だったらしい。

 爺さんの魂が抜けかけてるよ。


 誰もが憧れる武器を風呂に使うっていわれたら、こんな顔するのか。

 風呂場の飾りに宝石とか金細工つけるって言われたら、俺もこんな顔するか。


 少しだけツネ爺さんに同情して、俺達は店を出た。


「なんでツネさんあんなに驚いたんだろう?」


 悪気が無いあたりホント自由な子だよ。


「ホント、何でだろうな?」

「んー、どうでもいっか。それじゃ、早速戻って新しいお風呂つくろ? お兄さんも手伝ってね」


 そういうヒビキの目は新しいお風呂に期待してか、いつも以上に輝いていた。

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