大臣の嫌がらせ
ただ、そんな俺達の読みは大いに外れた。
ちんぴらでも雇って攻め込みに来るのかと思いきや、訪れたのは静寂だった。
連日賑わっていた食堂も今や人っ子一人いない。
そんな食堂でユイが不満そうに身体を机に投げ出していた。
「お客さん全然来なくなったな」
「そうなんだよー! この二週間誰もいないの! 材料がもったいないよ! 無駄になっちゃうよ! がんばって食べたら太っちゃったよ!」
「まさか客の流れを止めるなんてなぁ……」
どうやったかは知らないが、大臣は華狼館への人の流れを完全に止めた。
クスハが言うにはギルドから華狼館の案内が消え、冒険者も申し訳なさそうな顔をして目を反らすらしい。
そんな訳で今度は顔の割れていないヒビキが偵察に出ている。
「ヒビキ大丈夫かなぁ……あの子人見知りだし」
「大丈夫だと思うよ。この家に関しては一生懸命だから」
「そーかもだけどさー。あの子、学校ではあんまりうまくいってなかったみたいだし」
「学校があるのか?」
「うん、まぁ、ヒビキは飛び級で卒業したから終わってるけどね」
あの性格になったのも周りが年上だらけで、虐められていたからだとすると、なんか納得してしまうかも。
「学校では周りが下手だっただけ。お兄さんに変なこと言わないで」
「っと、ヒビキちゃんおかえり」
「……ただいま。お兄さん」
食堂に戻ってきたヒビキが不機嫌そうな声でユイの言葉を否定した。
年頃の女の子だからそう思われるのが嫌なのは分かるけど、この微妙に頭をこっちに向けているのはもふれということだろうか。
とりあえず、手を乗せてみると尻尾が揺れ始めたので、正解みたいだ。
「何か分かった?」
「ん。大体分かった」
「おぉ、さすがヒビキちゃん。一体何が原因だったんだ?」
「世界樹近辺の宿屋が全て無料で宿泊できるようになってる。しかも、火傷を治す軟膏も無料で配布してた。あと、東方人街以外の地区で特別減税されて買い物しやすくなってる。あの大臣の政策みたい。曰く、強大な竜王を打ち倒し、国を守るためならば国を挙げて応援するって。宿屋の代金を国が払ってるみたい」
「露骨な嫌がらせをしてくれるなぁ……」
東方人街から人を他の地区へと誘導し、宿屋も無料とすることで完全に華狼館への道を断ち切ったのだ。
「クスハにも伝えないとな……」
正直あまり気が進まないが言うしか無い。
評判を聞いてやってきてくれた冒険者達が住み心地や食事のおいしさと言った宿屋の質より、お金によって奪われてしまったことを聞いたら、華狼館を大切にしているクスハはショックを受けないだろうか。
これだったら真正面から襲ってきて貰った方がよっぽど楽だった。単純に返り討ちにすれば良いだけなのだから。
お客の俺が言うのも変だけど、俺も華狼館には情がある。
重い腰をあげて受付に行ってみると、そこにはクスハともう一人の人影がいた。
「ん……? あいつは……あのクソ大臣!?」
何と面の皮の厚いやつか。嫌がらせをしてきて張本人が堂々と来やがった。
一発ぶん殴ってやらないと気が済まん。そして、罪に問われる前に魔法で記憶を消してやる。
「おい、クソ大臣!」
「山城様お待ち下さい!」
「クスハ?」
「これには全て事情があったんです!」
何か予想外の流れになってきたぞ?
俺の振り上げた拳を大臣が焦った表情で見上げている。
「……どういうこと?」
「まだ部外者がいたのか。女将、話が違うぞ? この男を早急につまみだせ」
うん、やっぱりぶん殴ろうかな?
でも、クスハが必死に止めているし、まずは話を聞こう。
「ハング大臣。この方は私達とともに華狼館を運営する館長です」
「ふむ。ならば、よかろう。よいな? くれぐれも内密に頼むぞ」
「はい。皇女殿下はここに来ていません。華狼館は今日もお客は一人もございません。この先一ヶ月間も臨時休業に致しましょう」
皇女殿下? それにこの持って回った言い方は?
意味が分からずに振り上げた拳を降ろすと、ハング大臣は手をぱんぱんと叩いた。
すると、外からは中が見えない籠が館内に運ばれ、中から一人の少女が現れる。
ネコミミの生えた金髪の少女。
身なりは大層美しく、西洋風のお姫様といったような見た目だ。
「けほっけほっ。ハング、ここがお父様のおっしゃっていた華狼館ですか?」
「はい。ミリア殿下」
あの大臣が跪いた!? ってことは、この猫娘は正真正銘この国のお姫様ってこと!?
俺の驚いた顔で言葉が無くても通じたのか、ヒビキが頷いた。
それに驚いて、ユイも口をあんぐり開けた。
「国民のお前が驚くなよ……」
「いや、だから言ったじゃん興味無――間違えた覚えてないって……」
さすがのユイでも本人の目の前で興味無いは失礼だと思ったらしい。
だが、つまり、どういうことだ?
あの露骨な嫌がらせも全てこの時のための仕掛け?
意味が分からず混乱していると、大臣は咳払いをしてから説明を始めた。
「ミリア殿下は肺に病気を患っていらっしゃる。腕の良い医者に診せても治癒することは出来なかった。そこで心を痛めた王が華狼館の噂を聞きつけ、湯による治療を試みよと命じられたのだ」
「でも、それがどうして華狼館を買い取るだの、客足を止めるという嫌がらせになる?」
「大変申し訳なく思っている。何せミリア殿下は唯一のご息女。殿下が病床に伏していることや、一ヶ月も城外で静養されることを知られては不都合が多いのだ」
「皇女様の命を狙う奴がいると?」
「その通りだ。皇女様が亡くなられて喜ぶ親族や家臣が大勢いる。こうせざるを得なかった」
巻き込まれた方としては良い迷惑だが、やけに人を避けさせる理由が良く分かった。
クスハの言っていた事情というのも大体飲み込めた所で、改めてクスハの方にむき直す。
「クスハはどうするんだ? こんなことされた相手だぞ」
「大事なお客様ですから、誠心誠意お世話させて頂きます」
「なら、俺はそれに従うよ」
そのことを決めるのは女将であるクスハなのだから、お客である俺はただ従うだけだ。
だが、従業員である振りをしている以上、演技する必要がある。
上手く合わせろよ。ユイ、ヒビキ。
「あたいもそれでいいよー。美味しくて身体に良いご飯いっぱい作るねー」
「ヒビキも分かった」
華狼館の三人娘の快諾で、大臣も肩の荷が降りたのか長い息を吐いた。
そして、深く一礼すると、その場を従者達とともに去って行った。
「ねぇ、クス姉、あたいあの人嫌な人だと思ったけど、意外と良い人だったね」
「そうね。主想いの御仁でした。では、ミリア殿下。お部屋にご案内致します」
肺の病気か。医療が発達してないのなら結核とか不治の病だよな。
そもそも肺の病気って温泉で治るのか?
皇女様を部屋に案内するクスハとユイを見て、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「お兄さんどうしたの? 難しい顔して」
「いや、温泉で病気ってなおるのかな? って」
「普通の温泉なら、静養することで自然治癒を促すことは出来る。でも、お兄さんが入った温泉なら魔力が変換されて溶けているからきっと大丈夫」
「何か俺が入浴剤か温泉か薬にでもなった気分だな」
「大丈夫。大体あってる」
「チートが貰えるのなら、もうちょっと格好良いのが良かったよ」
ヒビキの身も蓋もない肯定にたまらず苦笑いだ。
「そう? ヒビキはお兄さんあったかいから近くにいるの好きだよ」
そう言われると悪い気はしない。
さて、そうなると俺も一肌脱ぐとしますか。
と言おうとした所でふと気がついた。
「ねえ、ヒビキちゃん。男湯と女湯は別だよね?」
「お姫様がいる時だけ混浴にすればいい」
「あ、やっぱりですか」
「恥ずかしい?」
「というか皇女さんの方が拒否しないか?」
俺は別に構わないし、役得ってやつだ。
ただ、お姫様が拒否したらどうしようもない。その可能性に気がついてヒビキも腕を組んで悩む素振りを見せる。
「ヒビキも一緒に入れば女の子の方が多い」
「そういう問題!?」
「一人で入浴して倒れられても困る。クスハお姉ちゃんとユイにも手伝って貰う」
「何か俺の方が恥ずかしくなりそうだな……」
「例外として水着の着用を許すから気にしないで」
水着ありか。混浴でもそれなら変な恥ずかしさは無いかもな。
ということで、こんな理由で俺は初めて華狼館の三人娘と初めてお風呂に入ることになった。




