華狼館、国に目をつけられる
さて、華狼館の食事を担当するユイ、女将としての仕事だけでなく酒造りまでこなすクスハがいる。そして、もう一人の魔法少女ヒビキは温泉と設備増築を管理している。
魅力的で個性的な三人娘による温泉宿は、今やかなり有名になった。
俺が日本から持ち込んだ食事はもちろんだが、温泉が人気で傷の癒えが早いと冒険者の間で話題沸騰している。
ただ、有名になるということは良いことだけでは無くて、時折悪いことも呼んでくる。
そんな華狼館に訪れたちょっとしたトラブルの話をしよう。
あぁ、一応先に落ちだけ言っとくと、これもやっぱり風呂で解決した。
○
今回の世界樹の主は竜王らしい。
そんな噂が食堂に集まる冒険者で行き交っていて、俺は昼ご飯を食べながら彼らを眺めていた。
屈強な戦士風の男や、魔法使いなのか線の細い女性もいる。
どの人も頭に大きな耳と尻尾が生えていた。
「ボスが竜王だから手下もドラゴンだらけだな。ったく、火耐性の装備があってもそこら中火傷だらけだぜ」
「華狼館の温泉があって良かったよねー。一日休んだだけで身体の傷は大体治るし」
「星の力って奴だろ? つっても、普通の温泉以上に効くんだよなぁ。それに何より飯と酒が美味い! こんな珍しい飯、市内の宿じゃ食えないって」
「おいしいよねー。しかも、板前さんも可愛いし」
「あぁ、笑顔がいいよなぁ……。おっかねぇドラゴンばっかり見てたから癒やされるぜ」
と、こんな感じで華狼館の温泉と料理は冒険者達の間で有名になり、宿泊しなくても温泉だけは入りに来るような人もかなり増えた。
まぁ、その三姉妹とずっと暮らせる特権があるのは俺だけなんですけどね。
とはいえ、変わったこともある。人が増えてきたので一人でゆっくり出来ない時も増えてきた。
けれど、風呂に入りながら彼らの冒険譚を聞くのも、ちょっとした楽しみになっている。旅の楽しみは出会いとも言うしね。
ドラゴンの強さとか、倒して手に入れた財宝とかの話は聞いていて飽きなかった。
それに一人で入りたいのなら、ヒビキが新しい岩風呂を外に作ってくれたしね。
「お兄さんの治癒魔法が漏れ出てるおかげだね」
「うおっ!? ヒビキちゃん!? 今日は珍しく机の下からなんだね」
ヒビキのことを考えた途端に机の下から現れて、慣れていたはずなのに驚いた。
「屋根に食堂はないから」
「理由が全く納得できないけど……ヒビキちゃんもご飯?」
「うん。ユイに貰いに来た」
「なら、一緒に食べようか」
「ん」
いつも通りの休暇だったのだが、この日は珍しいお客さんがやってきた。
「ほぉ、ここが食堂か。ふむ、小さいな」
随分と高圧的な態度のおっさんがやってきた。小太りで脂ぎった顔の猪みたいな男だ。服装も派手で冒険者というよりは悪い大臣みたいだ。
その男の後ろをクスハがついていた。
「あれ? クスハ?」
「ん……? あの人どっかで見覚えがある顔……」
「知っているのかヒビキちゃん?」
「あ、この国の上級大臣だ。えっと、王様の代わりに政治する人」
「あぁ、総理大臣みたいなもんか」
にしても、そんな人が来るなんて華狼館も随分と有名になったもんだな。温泉旅館はここだけだから、人気になるのも無理はないんだけどさ。
傷も癒えて、飯も美味いとなれば口コミが一気に広がったのだろう。
喜ぶべきことなんだけど、ヒビキちゃんは尻尾をピンと立てて警戒しているようだった。
「ヒビキちゃん? どうしたんだ?」
「何か嫌な予感がする」
「確かに外見だけを見れば、明らかにうさんくさいし、意地悪で、自分勝手に見えるけどさ。人は見かけによらないと言うよ」
「さりげなくお兄さんの方が酷いこと言っている気がするよ」
ヒビキの緊張をほぐすつもりの冗談が通じたのか、ヒビキの尻尾がぺたんと垂れた。
落ち着いたところで周りを見渡してみると、冒険者達も珍客に驚いたのか食事を止めて上級大臣を見ていた。
そして、皆の注目が集まる中、大臣が料理を一口食べる。
「見たことの無い料理だが、はて……。むっ!? 何という美味っ!?」
「ヤマギさんが作った自慢の野菜で、あたいが作った料理だからねー。不味いわけがないよ」
「ふむふむ。君、名前は?」
「ユイだよ」
「なるほど。ユイ君か。覚えておこう」
口元をふいた大臣が改めてクスハにむき直す。
そして、次に聞こえた言葉で俺達は自分の耳を疑った。
「華狼館は我らの王が買い取るに相応しい」
ユイですら声を出さずに固まって、まるで時でも止まったかのような静けさが訪れた。
そんな中で一番最初に回復したのは、宿を預かるクスハだった。
「申し訳ありません。どういうことでしょうか?」
「言葉の通りでございます女将。我らの王がこの温泉宿を所望していらっしゃる。金貨五百枚でどうだろうか?」
「いえ、お金の問題ではありません。この宿は祖母から受け継いだもので、誰かに売ることは出来ません」
「ふむ。ならば、前金で五百枚、追加で五百枚の一千枚でどうだろう?」
「例え金貨一万枚積まれようがお譲り出来ません」
きっぱりと断ったクスハに交渉の余地なしだ。
さすがにこれ以上はムダだと悟ったのか、大臣は顎をさすると今度はユイに振り向いた。
「ユイ君どうかな? 宮廷に来て王の料理番をしてみてはいかがだろう? 私が推薦する。月の給金は金貨五枚だ」
「金貨五枚かぁ。うちの一ヶ月の材料費を余裕で払えそうだね。太っ腹だね。お金持ちだね」
「あぁ、もちろん、君と家族の方が一緒に暮らせる家も用意してあげよう」
「あはは。魅力的だね。すっごいね。さすが大臣と王様だね」
「来てくれるかね?」
「断るよ。嫌だよ。ごめんだよ。興味ないもん」
「なっ!?」
これまたバッサリだ。ユイには畑があるし、お客さん達からの感謝もある。そう簡単に捨てられるものじゃない。
というか、ふと疑問に思ったことがある。
「ねぇ、ヒビキちゃん。金貨五百枚ってどれくらいの価値?」
「んー……華狼館が五軒建つくらい」
「お、おう……マジか」
割ととんでもない額を提示したんだな。
日本だと旅館を立てる場合一坪あたり百万円ぐらいが相場だ。
物価の違いがあるとは言え、日本円で考えれば数十億レベルの金が動くイメージか。
そんな大金を払ってまでこのお大臣様は何をしようと言うのか。
というかこういう場合って、そろそろ決まり文句が飛び出そうなもんだけど、そろそろかな?
「後悔することになるぞ?」
「華狼館を譲ってしまう方が後悔しますので、お引き取りください」
「ふん。女将よ。今の言葉覚えていたまえ」
ほら、来た。お決まりの脅しだ。
全く悪役ってのはどうしてこうも同じことを言うのかなぁ。
そんな風に呆れていたら、ヒビキがちょんちょんと袖をひっぱってきた。
「お兄さん」
「ん? どうしたんだいヒビキちゃん?」
「ヒビキだけお誘いなかった……」
「そっち!?」
「……ヒビキも華狼館の人なのに」
ヒビキの仕事は裏方だからなぁ。設備や机とかの備品はほとんどこの子が作ったみたいだし、姉に負けない働き者だ。
それなのに、無視されて、華狼館の一員じゃない扱いにされて悔しいのかもしれないし、姉と違うと思ってしまうのが嫌なのかもしれない。
「クスハもユイもヒビキちゃんを守ってくれたんだと思うよ」
「子供扱い……」
「うん、子供だからな」
不機嫌そうに呟くヒビキの頭をとにかく撫でておく。とりあえず、尻尾を見てみた感じ少しは機嫌が直ったみたいだ。
「それに安心しとけ。大臣が何を連れてこようが、魔法で何とかするさ」
「そこは心配してない。その時はヒビキも一緒にお兄さんを手伝う。華狼館守る」
「うん、頼もしい妹だ」
なんでも来い。そう思えるほど、ヒビキは頼もしかった。
それに俺もこんな過ごしやすい場所を奪わせる訳にはいかないしな。




