プロローグ
俺は今、足湯につかりながら、昼間から酒を飲んでゴロゴロしている。
目の前には俺が丹精こめて作った畑が広がり、赤や黄色の果実がなっている。
「そろそろ収穫だなぁ。楽しみだ」
そんな休日のみに許された憩いの時間が、突如空から響くドラゴンの咆哮で邪魔される。
「うるさいなぁ」
遠くの街の上空で、一匹の緑色のドラゴンが暴れまわっていた。
瓦礫の崩れる音も咆哮もうるさくて仕方ない。
「ふー、面倒だけど、やるか」
つまみの浅漬けを食べるための爪楊枝を一本取ったら、ドラゴンの姿を見据えてーー。
「ゲイ・ボルグ! なーんてな」
全身青タイツのキャラを思い浮かべて、爪楊枝をぽいっとドラゴンに向けて投げた。
すると、飛んで行った爪楊枝が赤い槍のように伸びて、ドラゴンの胸に突き刺さり、空から落とした。
「うん、これで昼寝が出来る」
期せずして街を守ったせいで、死を呼ぶ伝説の槍を作る者、不動の大賢者、色々な噂が一人歩きした。
最終的には大魔導士なんて呼ばれるようになったけど、 魔王退治とかダンジョン攻略はゴメンだぜ。
んじゃ、何しに異世界に来たって? 簡単だ。
温泉入りに来たんだよ。
○
朝は満員電車に身体を揺らされ、昼は上司の気まぐれや顧客からのクレームに心を振り回され、夜になったら行きたくもない付き合いのお酒で頭が酔いで回る。
自分の時間もなければ、憩いの時間も存在しない。
そんな糞みたいな平日を耐えて、せっかくやってきた休日。
何がしたい?
外でスポーツ? 健康的で良いね。俺は運動苦手だからごめんだけどな。
一日中ごろ寝? それも良い。大好きだけど、夜になったら虚しくなるんだよな。
漫画や小説を読む? 大変文化的だ。俺はそれにアニメとゲームも付け加えたい。でも、一日中やっていると頭痛くなるんだよな。二十五にもなったら意外と無理出来ないことを知ったよ。徹夜でRPGとかもう辛くて仕方ない。
恋人と一緒にデート? 出来る奴が羨ましいよ。爆発しとけと心の中で祝っておくくらいに羨ましくて、妬ましい。嫁とか恋人とか欲しいよ。帰ったら明かりがついている家が欲しいよ。
俺がこんだけ文句言ってたら、そろそろ分かったと思うけど、せっかくの休日も結局たいした楽しみも無いのさ。
そんな風に少し前まで思っていた。
そう、今の家に引っ越してきてから、俺は最高の休日を手に入れたんだ。
いや、最高の平日の夜もかな?
それはある日、俺がメールで都内のくせに家賃三万円という訳あり物件のお知らせを貰った日から始まった。
築三十年のアパートで、お風呂は共用、犬っぽい外国人とのシェアハウスに耐えられる方。
犬っぽい外国人ってなんだと思う? どんな結果だろうと話のネタにはなるに違いない。
少なくとも退屈な休日ではなくなるだろう。
そんな怖い物見たさで行ってみてしまったが最後、もう普通の生活には戻れなかった。
さぁ、今日も疲れた身体を癒やすために、我が家の浴室の扉を開けよう。
そして、風呂に入るだけで最強の大魔導士になってしまう世界へ行こうか。