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新訳・人魚伝説

作者: 山田結貴

 世界には、多くの未確認生物が存在している。

 ペガサス、河童、ネッシー、雪男……いちいち例を挙げていてはキリがないほどに存在する中、最も美しく、最も人々に愛されているのはそう、人魚だろう。

 類いまれな美貌を持つと言われている彼女達を一目見たい。そう思った男も少なからず存在するであろう。だが、大体は「人魚なんて、伝説上の存在だよなあ」などと言って探すこともせずあきらめてしまうものだ。

 しかしその昔、その伝説上の存在であるとされる人魚を探し、追い求めた男達が存在したのだ。

 これは、そんな夢に向かってがむしゃらに突っ走った野郎どもの冒険の一端を描いた物語である。


太陽の光が降り注ぐとある大海原。野望に燃えた四人の男を乗せた一隻の船が、ユラユラと揺れながらどうにかこうにか漂うようにして先に進んでいた。その船は帆もボロボロで、外装もまともに修理されていないせいか、端から見ると幽霊船のようであった。

「キャプテン。いつになったらこの状態から抜けられるのでしょうか」

 船員の一人であるドラゴンが、一面海しか見えない景色を望遠鏡をのぞきながらぼやいた。

 彼の本名はリュウスケというのだが、その武勇からドラゴンという名誉ある愛称で呼ばれている。しかし、そのうんざりとして元気のない様子は、ドラゴンというよりは弱った蛇に形容されるのがふさわしいといった感じである。

「知らないよ、そんなこと。僕がそんなこと知ってたら、みんな苦労しないでしょ」

 ドラゴンのグチグチ攻撃に対し、船の甲板で頬を膨らませるのはショウである。

 彼はキョロっとした愛らしいどんぐり眼に、ややふくよかな体型という幼児を連想させるような風貌をしているが、こう見えてこの船のキャプテンである。しかし、性格や言動にもやや子供じみた面があり、何故そんな彼にキャプテンが務まっているのか、何故船員達はそんな彼についているのかだとかは永遠の謎だったりする。

「そもそも、僕ばっかり責めるっていうのはおかしいでしょ。ここら辺に行ってみようって言ったのは確か」

 ショウは、迫力のない顔に力を込めて懸命に表情を作ると、ちらりと自身の横にいる人物を睨んだ。

「キャプテン。何かと人のせいにするのはよくないですよ」

 その視線を不快に思い、眉根を寄せながら言ったのはペイである。

 今こそこんなボロ船の船員に甘んじている彼であるが、こう見えても智謀に優れた頭脳派なのである。その参謀っぷりはショウよりも遥かに素晴らしいのであるが、何故彼がキャプテンという職に就いていないのかは時の神ですらきっとわからないだろう。

「そもそも、キャプテンが人魚を見たいとだだをこねたのが全ての始まりなんです。そんなふざけたことさえ言わなければ、船がこんなわけのわからない海域まで流されることはありませんでした」

「だっだだをこねたって言い方はないでしょうよ! みんなだって、人魚みたーい! ってノリノリだったくせに。しかも、僕達の旅の目的は未確認生物を見つけて、それを元にして冒険譚を書くことでしょ?」

 そう、この野郎どもの目的はそこにあるのだ。

 世界でいまだに発見されていない生物をこの目で目撃し、それまでに起きた出来事や事件をノンフィクションで冒険譚に記して富を得る。まさしく、一攫千金の夢物語。

 これだけだと若干かっこよく聞こえるが、それを聞いたドラゴンは呆れ顔でこう呟いた。

「にしても、キャプテンが目標を人魚にしようって言った理由が下心ですからねえ。同じ未確認生物を追うんだったら、美人でボインな人魚を見たい。いまいち同情できないッスよ」

「そ、そそそそそんなことないって! 失礼なあ!」

 ショウは耳を真っ赤にしながら叫んだが、明らかにその目は泳ぎまくっていた。

「あ、キャプテン。向こうに何か見えますよ」

 空気を読まずにのんびりとした口調で言ったのは、眼鏡がトレードマークのモッキーである。

 彼はかなりの常識人で、船の中では一番『変人』という言葉からは対極の位置にいる人物である。

 無論、この船の中で最も『変人』という肩書きを背負うのにふさわしい人物はキャプテンであるショウであるのだが。

「何かって、何? 海のこと?」

「違いますよ。変なタイミングで笑えない冗談を言うのはよして下さい。ほら、そこ。岩場みたいなのがあるでしょ」

 モッキーは、遠い海に向かって真っすぐ指を差す。

「岩場ぁ?」

 他の船員達三人は、聞き心地の悪いハモりを披露しながら同時に言った。

 確かに点のような何かが見えているが、それが何であるのかまではちゃんと確認できなかった。

「お前、どんだけ目がいいんだよ」

 ドラゴンが、モッキーに嫌味ったらしく言った。

「別に。そんなに目はよくないよ。ただ、俺がかけてる眼鏡の度がとびっきり強いってだけの話さ」

「どんだけ強いんだよ、それ」

「伝説の生物。ヤマタノオロチの屁くらいの強さだ」

「そんな例えでわかるかあ!」

「むう。俺にしてはめずらしくユーモアとやらをきかせてみたのに。スベったか」

「滅多にボケない奴が、果敢な挑戦してんじゃねーよ。お前、キャプテンのこと言えねえぞ」

 二人の即興漫才にオチがつきかけた頃、ショウが「おおっ。何かある! ホントに岩場じゃーん!」と叫び始めた。その興奮は、とどまるところを知らない。

 「あれさあ、もしかして人魚が住む伝説の岩場じゃないの? 僕達、とうとう目的果たしたんじゃない?」

「それはないと思いますよ、キャプテン」

 至って冷静なのは、ペイである。

「人魚というのは、人間を忌み嫌う種族だと言われています。そんな人魚が、こうもあっさりとみつけられるような場所に住んでいると思いますか? 僕達は、こんなボロボロの船には乗っていますが、最寄の港から旅立ってからまだ三日しか経ってないんですよ」

「それ言うなよ! せっかくの雰囲気ぶち壊しじゃん!」

 まあ、彼らがボロ船に乗っているのは雰囲気作りなどが理由ではなく、新品の船を買う金を用意できなかったところにあるのだが。

 ちなみに、このボロ船を買うまで四人が資金集めのために虫取り網を片手に山でツチノコを追っかけ回していたのはここだけの話である。

 一応断っておくと、前述のように山の中でも色々な冒険劇が繰り広げられたわけであるが、ここでは割愛させていただく。

「雰囲気がぶち壊されようが何しようが、事実ですから仕方がないでしょう。それに、人魚がここまで簡単にみつかるのであれば、本当に苦労しませんよ。もし目の前に現れでもしたら、私はショックで船から落ちるかもしれ」

「あ、人魚だ」

「おお、人魚だ」

「うひょーっ。人魚だあーっ!」

 ペイが語る途中、他の船員達は興奮気味に進路方向に向かって叫んだ。

「に、に、人魚?」

 目を白黒させながら、ペイもまた視線の先に広がる海に注目する。

 すると、そこには俄には信じがたい光景があった。

 ポツポツと海に点在する岩場で、美しい女性達が楽しそうに談笑している。髪は長い者から短い者もおり、顔立ちにも統一性はない。その容姿には、それぞれ個性があるらしい。

 ただし、彼女達には明確な共通点がある。それは、その腰から下が魚のものであることだ。

 伝説上の生物とされる人魚が、目の前に存在している。この事実は、船員きっての賢人であるペイに大きな衝撃を与えた。

「こ、こんなに簡単に人魚が見つかるなんて。は、ははははは……」

「ぺ、ペイー!」

 ドッボーンという実にわかりやすい効果音を立てながら、バランスを崩したペイはボロ船から落っこちてしまった。

「キャプテン! うちの船に浮き輪はありませんよ。どうするんですか」

 モッキーが、冷静に指示を仰ぐ。だが、肝心のショウはすっかりパニックに陥っていた。

「ひゃあー! どどどどどうしよう! ペイがいなくなったら、船の参謀役はどうするのさ。たたた、助けないと!」

「じゃあ、キャプテンが海に飛び込んで助けてやったらどうッスか。キャプテンは、水にもよーく浮きそうですし」

「誰がデブじゃこの野郎!」

 変なタイミングでドラゴンが嫌味を言ったものだから、ショウはますます冷静沈着という言葉からは遠い存在となってしまった。

 しかし、今のキャプテンらしからぬ叫び声が、人魚達の耳に届いたようであった。

「人間が、海で溺れてるわよ」

「助けた方がいいんじゃない?」

「でも人間って、私達のことを狙ってるんじゃなかったっけ」

 ヒソヒソと、船で騒ぐ野郎どもには聞こえない声で相談をする。

 そして数秒後、ある人魚の一言で彼女の方針は決まった。

「まあ、助けてあげてもいいんじゃない? あの人達、ちょっと変だけど悪い人間じゃなさそうだもの」

 こうして一行は、あっさりと人魚が住む岩場へと導かれることとなったのだった。


「貴方達、一体どこから来たの?」

「え、いや、その……陸から」

「陸ってどんな感じ?」

「うーん。海とは違う感じかなあ」

 船を先導してもらい、岩場まで辿り着いた一行は、大勢の人魚達に囲まれて質問攻めにされていた。

 彼女達はとても明朗で快活といった雰囲気で、とても人間嫌いなようには見えなかった。

「キャプテン。何だかすごく陽気な感じの人魚ばかりですね」

 ビショビショの身体をタオルに包んだペイが、人魚達に聞こえない声で耳打ちをした。だが。

「ああ、う、うん……ムフフ」

 ショウはというと、人魚の姿にデレデレであまり他のことに集中力を向けられないようであった。

 それもそのはず。人魚達は皆、上半身に服などは着ておらず、唯一身につけているのは貝で作ったブラジャーだけなのだから。

「やめとけペイ。今のキャプテンは使い物にならないぜ。ま、普段から使えるかどうかは疑問だけどな」

「聞こえてるんだけど!」

 毒舌を振るうドラゴンを、ショウはどんぐり眼で睨みつける。

 そんなコントのようなやりとりに、人魚達はクスクスと笑い始めた。

「本当、面白い人間ね。見ていて嫌な気分にならないわ」

 そう言ったのは、黒目がちの瞳が特徴の人魚であった。色が白く、素朴でありながらもなかなか愛らしい。特にキャプテンであるショウは、数多くいる人魚の中でも彼女がドンピシャに好みで仕方がないのだった。

「そ、そう? 嫌な気分にならない? ねえ、名前は?」

「私はリーナ。よろしく」

「僕はショウ。よ、よよよ……」

 ショウは何気なく握手を求めたのだが、その直後に他の船員達が「俺はドラゴン。よろしく」「俺、モッキー」「……ペイです。先程はありがとうございました」と一気に話したものだからそれは叶えられなかった。

「うふふ。本当に楽しい人達」

 リーナは、ニコニコと彼らを見つめているのだった。

「ねえキャプテン。せっかく人魚に会えたんですから、色々と話を聞いてみてはどうですか」

 モッキーは、ふと旅の目的のことを思い出しショウに意見を仰いだ。

 男どもの目的は、冒険譚を記して発行することで一攫千金を得ることにある。ここで人魚達に、話を聞いてみない手はない。

「んーそうする? そうしてみる? でも、僕よりペイの方が向いてると思うよ」

 ショウは先程の件のせいですっかり機嫌を損ねており、仕事を丸投げにしてしまった。

 ドラゴンが「使えねえキャプテンだなあ」と呟いた後、ご指名通りペイが人魚達に話を聞き始めた。

「あの、我々も貴女達にいくつか尋ねたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「別にいいわよ。スリーサイズ以外だったら、何だって答えてあげる」

「……人魚って、ユーモアもあるんですね。あははは」

 ペイが愛想笑いをする中、モッキーがメモ用紙とペンを取り出した。無論、会話の内容をしっかりと記録するためである。

 そして人魚達への取材は、何の問題もなく開始された。

「人魚というのは、何故人間を嫌うと言われているのでしょうか。少なくとも、我々には好意的なようですけれども」

「えー? そんなの簡単じゃない。人間が、人魚に対してひどいことをするからよ」

 人魚達は、互いに顔を見合わせながらうなずく。そして、口々に文句を言い始めた。

「海を汚して、ずいぶんと住みづらくしてくれたもんねえ」

「そうそう。そのせいで私達、この岩場に最近引っ越してきたんだから。前に住んでた入江、なかなか気に入ってたのに」

「おまけに、私達のご飯の魚までごっそり獲っていっちゃうんだもん。最悪よねー」

「しかも、人魚のことをお金儲けに使おうとしてる奴らまでいるって話だもんね。考えられないわ」

 どきっ。

 最後の一言に、船員達は一瞬焦りの色を浮かべた。

 まあ、別に彼らは人魚を捕まえてどうこうしようなどと考えているやからとは違うのだが……。

「それについてはよくわかりました。では、他のことを尋ねてもよろしいでしょうか」

「ええ。いいわよ」

 ペイは罪悪感からか、すかさず話題を変えた。

 それに対し、他の船員達はナイスサインを送る。

「では、早速。あの、人魚というのは……その。女性というイメージが人間の中では強いわけでして。でも、男の人魚もやっぱりいたりするわけですよね」

 今まではきはきとした口調で話していたペイであったが、あるところに目が行くなり途端に歯切れが悪くなった。

 それは、視線の先にあるあまりにもインパクト絶大な存在が原因だった。

「そうよ。もちろん、人魚にだって男はいるわ。じゃないと、全然人魚が増えないじゃないの。おほほ」

 野太い声で答えたのは、金色の長髪にごつい体格をした人魚であった。一応彼女と表現はするが、それはどう見ても、似合わない女装をした男にしか見えない。簡単な言葉で表すならば……としたいところだが、ここではあえてそれを明言するのを避けておく。

「ああ、ちなみに。アタシの名前はカネコ。よろしくね」

「は、はい……」

 人魚にもいるのか、こういう系統の人が。

 普段はバラバラな船員達の心であるが、今だけは見事に考えが一致していた。

「でも、見たところ貴女達は女性ばかり……ですよね。男の人魚は、一体どこにいるんです?」

 カネコから目をそらしながら、ペイは質問を続ける。

 人魚達は相も変わらず明るい様子で、朗らかに答えた。

「男はね、今はクジラを獲りに遠くまで出向いているの。ほらさっき、魚が獲れなくて困るって話をしたでしょ? だから、クジラに狙いを絞ってるってわけ。あれが一頭でも獲れたら、しばらくは食いっぱぐれないもの」

「言っておくけど、女は漁には滅多に出ないわ。だって、大食らいなのは男どもばっかりなんだもの」

「は、はあ……」

 どうやら、男が女にこき使われるという動きは人魚の世界においてもちらほら起きているようである。

 クジラを獲って食べているというだけでも少々イメージと異なるというのに、そこにそんな風習が加わるとは。人魚は確かに存在していたが、伝説とはどうも話が違う。

「ま、まあ。貴重な話、ありがとうございました。あとは……」

 そう言いかけた時、どこからともなくドーン!という爆音が響き渡った。

「な、何だ」

 グラグラと岩場が揺れ、波が荒くなる。するとどこからか、白い霧のようなものが漂ってきた。

 驚く間もなく周囲は霧に覆われ、視界が完全に奪われていく。

「きゃーっ!」

「だ、大丈夫ですか! 何があったんですか!」

 人魚達の悲鳴と思しき声が、辺り一帯にこだまする。霧が消えてなくなったのは、その数分後のことであった。

「みんな。無事か?」

 ドラゴンが、注意を配りながら船員達の身の安全を確認する。この男達には何の問題もなかったが、異変は確実に起こっていた。

「ちょ、ちょっと。リーナちゃんがいないよ。他の人魚達も……」

 ショウが、何度もまばたきを繰り返しながら裏返った声で叫んだ。そう、あれほどたくさんいた人魚達が、一帯から姿を消してしまっていたのだった。

 一応、残っている人魚もいるにはいたが……。

「ど、どうしましょう。残ってるの、アタシだけ?」

 オロオロしながら頬に手を当てているのは、カネコであった。どうやら彼女だけは、異変に巻き込まれなかったらしい。

「も、もしかしてみんなは、シュガーアッド団に……どうしましょう」

「シュガーアッド団?」

 モッキーが、カネコがポロッと口走った一言に耳を傾ける。

 それに付け加えるように、ペイが話に乗っかった。

「シュガーアッド団って、あのたちの悪い海賊のことでしょうか。各地の海を荒らし、世界の金目のものをどんな手でも使って奪うという」

「そうよ! そいつらのことよ! 最近、あいつらはアタシ達人魚のことを狙ってて、ずっと警戒してたのよ。男がいた頃は、どうにか撃退することもできてたんだけど」

「えっ。貴方もおと……もがもがっ」

 口を滑らせそうになったドラゴンの口を、モッキーが咄嗟に塞ぐ。

 そんな目の前の様子など全く気にも止めないカネコは、仲間がさらわれたことを悟り涙を流し始めた。

「どうしましょう。このままだと仲間達が、海賊に何をされるか。見世物小屋に売られるか、研究対象にされるか……ああっ! もしかしたら、人魚の肉を食べたら不老不死になるとかいう迷信を信じて、肉を食べられてしまうかもしれないわ! 一体どうしたら……」

「……」

 泣きじゃくるカネコの姿に、船員達は顔を見合わせる。

 そして、キャプテンであるショウがこう切り出した。

「ねえみんな。人魚達を助けに行こうよ。僕達のこと、助けてくれたんだし。今度は、僕達が人魚達を助ける番だよ」

 残りの船員達はしばらく押し黙ったかと思うと、緊張の糸が切れたかのように笑い出した。

 そして、当たり前だとでも言うような口調でこう続けた。

「キャプテンに言われなくても、そうするつもりですって」

「ドラゴン様の武勇、その海賊どもに見せつけてやる」

「俺は命も救われていますし、人魚達を見捨てるわけにはいきません」

「み、みん」

「うおおーん! ! !」

 感激したショウが一言そえようとしたのだが、先にカネコがけたたましい声で大泣きし始めた。

 大粒の涙がポタポタと落ちていき、海と一体となっていく。

「いい人間もいるのねえ。アタシ、感動しちゃったあ。アタシ将来、人間と結婚しようかしら?」

「い、いや。そ、それは……」

「それにしても、どうしてアタシだけ助かったのかしらね? これも運命なのかしら」

「……」

 暴走する人魚を前にして、野郎どもはそろいもそろって困惑するばかりであった。


 人魚達の住処から少し離れた海に、黒い帆を掲げた巨大な船が佇んでいた。

 そのデッキでは、海賊達が仕事の成功に歓喜の祝杯をあげていた。

「うまくいきましたね。仕入れておいた煙玉が、ああも役に立つとは」

 そう言ったのは、シュガーアッド団の若頭であるワンである。手の中にあるグラスを揺らしながら、ケラケラと笑う。

「全ては、我が船長の知略の賜物です。いやー流石ですね。容姿端麗、頭脳明晰。やはり、非の打ちどころがありませんな」

 下っ端の一人であるヨーは、自身の親分を褒めて褒めて褒めちぎる。少し露骨過ぎやしないかというくらいの褒めっぷりであったが、船の主を褒め称えるには充分過ぎるということはなかったようだ。

「はーっはっは! このヤッチャー様が計画した作戦が失敗するわけがないだろう! この人魚どもを売りさばけば、我々は一生遊んで暮らせるぞ! 何でも手に入るからなあ」

 このヤッチャーという男は自惚れが強く、今回の作戦の成功にもどっぷりと酔いしれていた。後ろ手に縛られて動けないでいる人魚達を見ては、嘲笑を浮かべる。

「しかし、全て打ってしまうというのも少しばかりもったいないかもしれないな。あえて置いてきたオカマ野郎と違い、なかなか美人の奴もいるようだしなあ」

 そう言って舌を舐めずりした後、じりじりと人魚の元へと迫る。

 そして、ずっと海賊達を睨んでいたリーナの前で足を止めた。

「ふふふ。この反抗的な目がいいな。こいつだけは売らずに、俺の女にしよう。大丈夫だ、悪いようにはしない。いい暮らしをさせてやるからさ。ただし、言うことは何でも聞いてもらうがな」

「うう……」

 リーナは歯を食いしばりながら、あくまでもヤッチャーのことを睨み続ける。

 それを見た海賊達が「いいなー船長」「俺にも一匹分けてほしいなあ」などと口々に言い始めた、その時であった。

「うおっ!」

 衝撃と同時に、船体が大きく揺らぐ。海賊達があわてふためきながら顔を向けると、まるで幽霊船のようにボロボロの船が、海賊船の船体にめり込んでいた。

「な……なななな」

 幽霊船が、何故に真っ昼間から出現しているのだ。しかも、まさか襲撃されるなんて。

 海賊達が混乱していると、その中から四人の男達がゾロゾロと出てきた。そう、それは人魚を救出しにきたショウ達である。

「何だお前ら!」

 我に返ったワンが、ショウ達のことをねめつける。腰の刀を抜き、前方へと向けた。

「いやー。俺達は、通りすがりの冒険野郎ですよ。ただ、貴方達を倒して人魚を救い出そうとしているだけですから気にしないで下さい」

「モッキー。だから、冗談を言うならもっと面白いこと言えって言ってるだろ」

「ごめん、ごめん。あはは」

 ドラゴンのツッコミで即興漫才が済むと、海賊達の目がつり上がった。

 皆、ようやく幽霊船に襲われたわけではないことを自覚したようだ。

 「人魚を救うだあ? ただ、自分達の金づるを奪われるのが嫌なだけなんじゃねえのか? お前ら、さっき人魚と岩場にいた奴らだろ」

 ヨーが、あたかも相手の考えを見透かしたような表情をしながら得意げに言った。

 四人はそれを聞くと、顔を見合わせる。

「ふふふ。そうか、そういうわけか。お前らは、俺達に手柄を横取りにされたことが気に入らなくて喧嘩を売りに来たわけか」

 それに続いてヤッチャーが、髪をかき上げながら前に踊り出る。自慢の長刀を振りかざしながら、高らかに語り始めた。

「命知らずな奴らよ。このシュガーアッド団に、そんな下らん理由でたてをつくとは。お前らだって、海賊とそうは変わらないくせにな。自らの富と栄誉のために、どんな手を使う。冒険家というものも、そんなものだろう? 俺は、見かけ通り懐が深いんだ。今なら、見逃してやらないこともない。さあ、我々の前からさっさと失せろ」

 子分達は船長の演説に「ヒュー!」「流石は親分!」などと言いながらはやし立てる。

 しかしショウ達は、全てを聞き終えるなり腹を抱えて笑い始めた。

「ぷぷっ。あっはははは!」

「な、何がおかしいというのだ!」

 ヤッチャーは顔を真っ赤にしながら、長刀を振り回して激昂する。

 それに対しショウは、こみ上げてくる笑いを抑えながらこう言い放った。

「だって、僕達はお宅とは違うもん。僕達は確かにお金も欲しいけど、それのせいで誰かが傷つくのは嫌なの。例えそれが人間でも、人魚でもね。だから、僕達は人魚を助ける。お宅みたいな、極悪非道な海賊と一緒にされるなんてまっぴらごめんなの!」

「お、キャプテン。顔に似合わずいいこと言いますね」

「顔に似合わずは余計だこの野郎!」

 ドラゴンの軽口が終了すると、すっかりいきり立った海賊達がそれぞれ武器をかまえる。そしてとうとう、ヤッチャーがこう宣言した。

「ふっ。愚かな奴らだ、そんな馬鹿なことをほざいてまで海のもくずとして散りたいとはな。その望み、叶えてやろう。者ども、かかれ!」

「おお!」

 四人の男どもに対して、十数人の海賊が一斉に襲いかかる。

 普通なら勝てるわけがない戦いなのであるのだが、それでは物語として成り立つわけがない。

「けっ。刀の持ち方がなってねえなあ。この俺が、稽古をつけてやるよ。北の龍と呼ばれた、このドラゴン様がなあ!」

 ドラゴンは口笛を吹いてから、船に転がっていたモップを手に取り一振りした。

 その手さばきは並のものではなく、手に持つものが刀でないながらも充分に相手に畏怖の念を与えるものであった。

「うらうらうらうらあ!」

「ひいいっ!」

 海賊達は次々に刀を打ち払われ、情けない声を上げながら逃げ惑いだした。こうなるともはや、いくら数がいたところで使いものにはならない。

「くううっ……ぬうっ」

「それ、本気? 期待外れだね」

 ヨーはプルプルと震える手で、モッキーのモリ攻撃を必死に刀で受け止める。パッと見ただけだと、これではどちらが海賊なのかわからない。

「お、お前一体……」

「俺、ドラゴンほどじゃないけど結構強いんだ。あ、そうそう。このモリね、刺さっても死なないようになってるから。ま、薬を塗ってあるからしびれるとは思うけど。本当に強い人は、誰の命も奪わないものだからね」

「うっ!」

 回転して勢いがついたモリが頬をかすめると、ヨーはガクガクと震えながら白目をむいてその場に倒れた。

「ありゃ? 薬の量がちょっと多かったかな」

 モッキーは悪びれる様子もなく、頭をポリポリとかくばかりであった。

「いぎゃああああー!」

「待てコラちんちくりん! ちょろちょろするんじゃねえ!」

 二人が善戦する中で、キャプテンであるはずのショウはギャーギャーとわめきながらヤッチャーとワンから逃げ回っていた。

 この男が狙われている理由はもちろん、見た目が一番弱そうだからである。

「部下はあれほど強いくせして、てめえは何なんだよ! 何にもできねえのかよ!」

「だって僕、そういうのは専門外なんだもーん! ひいいいーっ!」

 しかしこの男、そのヘタレ心が働いてか見かけによらず逃げ足が速い。

 なかなか追いつけないせいか、ヤッチャーとワンに疲れの色が浮かび始めた。何せ片や丸腰で、もう片や大変重たい武器を持っているわけだから、スタミナが切れるのが早くても仕方がない。

「わっ。とととと……」

 突然、ショウの足がもつれて前のめりにすっ転んだ。それを追いかけていた二人はそれを見てブレーキをかけようとしたわけだが、当然急には止まれない。

「ど、どどどうにか」

「うおあっ!」

「ぎゃあー!」

 一旦は停止したものの、ヤッチャーに追突されたワンは鉄砲玉のように吹っ飛んでいった。そしてそのまま、海へと真っ逆さまに落ちていった。

「ぐうう……ワンよ、すまぬ。せめて、この仇は」

「アタシも参戦するわよーっ!」

「! ! !」

 どこからともなく、野太い声が響き渡る。すると空から、金髪をなびかせたカネコが鬼の形相を作って降り注いだ。

「よくもみんなをさらっておいて、アタシのことを無視してくれたわね! このっこの! こんのお!」

「うおあああああ!」

 グーでヤッチャーの頬を殴りつけた後、尾びれで何度も腹をビンタする。その光景は何とも言い難いというか、とてつもなくシュールであった。

「……あら、貴方。よく見たら結構男前ね。アタシの好み!」

「ううっ!」

 しかも、とどめが肉体的な攻撃よりもずっと強烈であった。

「みんな、人魚達は全員解放しましたよ。早く、船に戻りましょう」

 今まで人魚の解放に専念していたペイが、戦いに一段落がついたところを見計らって号令をかけた。

 船員達は皆、そこらで伸びている海賊を尻目にボロ船に戻っていった。

 船をユラユラと走らせて海賊船からある程度距離をとった頃、ペイは何やらスイッチを取り出してこう口走った。

「さ。最後にもう一仕事と行きますか」

 カチッという小気味のいい音と同時にスイッチが押される。すると、海賊船からボンっ! という爆発音が鳴った。黒い煙とともに、船体はグラグラと揺らいでいった。

「ペイ。何したのさっ」

「あとで追いかけられて復讐されても困りますからね。沈まない程度に、船をちょこっと壊しただけですよ。はっはっは」

「流石は頭脳派。こわっ」

 ペイの駄目押しに、ショウを筆頭にしてこの場にいる全員が震え上がった。


 岩場に戻った四人は、人魚達から感謝の言葉を浴びせられていた。

「本当にありがとうございました。貴方達は、私達にとって英雄です」

「いやー……英雄だなんて大げさな」

 美人の人魚達に囲まれて、野郎どもはたじたじである。

 ただ、ショウだけは落ち込んだ様子で、少し離れた場所から海を眺めていた。

「どうしたの?」

 そんな姿を見かねてか、リーナがその隣りに腰かけた。

「いや、僕……さっきあんまり活躍できなかったからさ。ずっと、逃げ回ってばっかりで」

「あははっ。そんなこと気にしてたの? ショウだって、私達のために頑張ってくれたじゃない」

「でも……」

 ショウはうつむき、ふてくされたように口をとがらせる。

 リーナは優しく笑いかけると、そんなショウの手を握った。

「確かに、ショウはかっこよくはなかったかもしれない。だけど、私達を本気で助けようとした気持ちは本物だったよね。……嬉しかった。人間って、悪い人達が多いのかなーって本当はちょっぴり思ってたから。でも、ショウ達に会えていい人間もいるってわかって、すごく嬉しかった。助けてくれて、本当にありがとう」

「い、いや……その、その」

 黒目がちの愛らしい瞳に見つめられ、ショウはついどぎまぎしてしまう。そして照れから、「う、うん。そう。わ、わかった」と言いながら仲間達の元へ戻ろうとした。そんな時だった。

「あ、待って」

 リーナは立ち上がったショウを呼び止め、器用に尾びれを使って前へと進んだ。そして、ショウの耳元で小さくこう囁いた。

「これはお礼。チュッ」

「……!」

 頬に軽く口づけをされると、ショウの目が全開になり顔が耳まで真っ赤になった。

「うきょーっ!」

 最後に、わけのわからない奇声を上げると鼻血を吹きながらそのままぶっ倒れてしまった。

 

 翌日、一行は人魚達に惜しまれながらも船を出す準備を進めていた。

「もう行っちゃうの?」

「もう少しいてくれても……」

 そんな男としては喜ばしいお言葉が続く中、野郎どもはとどまりたい気持ちをぐっとこらえながら「いや、俺達は冒険家ですから。次の冒険が、俺達を待ってるんで」とだけ答える。

「よし。これで船を動かせますよ」

 ペイが、最終確認を行ってからサインを送った。それを見たショウは、名残惜しそうに岩場を見つめながら号令をかけた。

「じゃあ、人魚のみんな、さようなら。……それじゃあ、次の冒険にしゅっぱーつ!」

「おう!」

 ボロ船は、風に流されるようにして動き出す。それはゆっくりとではあったが、確実に岩場から離れていった。

「さようならー!」

「元気でねー!」

「また、遊びに来てねー!」

 人魚達の声が、段々と小さくなっていく。

 岩場がほとんど見えなくなった頃、船員達は「はあ……」と異口同音に息をついた。

「きれいだったな、人魚」

 ドラゴンが、恍惚とした表情で空を見つめる。

「何だか、夢の中にいるみたいでしたね」

 ペイもまた、海図を手に持ちながらも、心が若干浮ついているようだった。

「ねえ、キャプテン。これ、どうします?」

 モッキーが、特にぽーっとしているショウに声をかけた。

 ショウは一応振り向いたものの、自身の頬をなでながらぼんやりとしているようだった。

「これって、何?」

「ほら、これですよ」

「……ああ」

 これというのは、人魚達に取材した内容を記したメモ帳であった。

 人魚達の特徴や、彼女達との会話を詳細に記されていることもあり、一応人魚が実際に存在していることを示しているが……。

「これは……こんなのは、こうだよ」

 ショウはメモ帳を手に取ると、人魚についての記述部分を破り、丸めて海に捨ててしまった。

「人魚はいなかった。そういうことにした方が、きっと人魚達も幸せだよ。冒険譚にかけるような生物なんて、他に山ほどいるわけだし。みんなも、そう思うよね」

 船員達の中には、この行動に文句を述べようとするものはいなかった。むしろ、キャプテンのことをほほえましい目で見ているくらいである。

「ま、そうですよね。他に冒険譚の題材にふさわしい奴を、追い直せばいい話ですもんね」

 と、モッキー。

「次は陸路にします? それとも、このまま海を巡りますか? 全ては、キャプテン次第ですよ。まあ、私としてのおすすめは……」

 ペイは海図の他に、陸についての地図を確認する。

「そうそう。伝説上の動物なんてたーっくさんいるからな。羊男、トカゲ男、犬男……あ、豚男発見!」

「だっ誰が豚男じゃあああああー!」

「まあまあキャプテン。落ち着いて」

 ドラゴンのきつい冗談をきっかけに、すっかり船内の雰囲気が元に戻る。次の冒険へ、気持ちはすっかり切り替わっていた。

 明日はどこへ向かうのか、それはまだ決まってはいない。だが、一つ間違いないと言えるのは、野郎どもの冒険劇はまだまだ続くということである。

 この話は、一攫千金の夢を見る彼らの冒険の一部にすぎない。


 一方その頃、どこかのボロ船よりもボロボロになった船の中で、シュガーアッド団は路頭に迷っていた。

「ヤッチャー様、船のコントロールがききません。波は穏やかですから転覆の心配はないんですけど、いつ陸に辿り着くか」

 ヨーが、疲れ切った顔で現状を伝える。ヤッチャーはというと、げっそりとしながら釣り糸を海面に垂らしていた。

「馬鹿野郎。そんなことより、明日の飯だ。あの野郎ども、いつの間にやら貯蔵庫の食糧までかっぱらいやがって……ん?」

 釣り糸が、何かに引っ張られるようにグッと動く。

 それを見逃さなかったヤッチャーは、「当たりだあ!」と叫びながら竿を上げた。

 すると、その糸の先にいたのは……。

「ダーリン!」

「げっ!」

 それは、一度でも見たら忘れはしない。そう、誰もが恐れるあの、カネコであった。

 その目にハートマークを宿しながら、ヤッチャーに向かって飛びついた。

「お、お、お前は……」

「そうよ。カネコよ。アタシのことを覚えててくれるなんて、やっぱりアタシ達は相思相愛なのね。やーん!」

 どうやらカネコは、ヤッチャーに一目惚れをしてしまっていたらしい。

 実は、船から人魚達が逃げ出してからもずっとこの船につきまとっていたのだが、海賊達にとってはそんなことは知ったことではない。

「だ、誰が相思相愛だ。ワ、ワンでもいい。ヨーでも誰でもいい。た、た、助けてくれ」

 ヤッチャーは船長の威厳をかなぐり捨て、船員達に助けを求める。

 だが、その命令に対して動こうとするものは一人もいなかった。

「それは、ちょっと……」

「近寄りがたい、と言いますか」

 カネコの強さは、はっきり言って計り知れない。下手に引きはがそうとしようものなら、その先には死あるのみ。

「お、お前ら俺を裏切るんだな。そんな薄情な奴らにはな、残りわずかな食料も支給してやらんからな! 裏切り者は、飢え死にだからな!」

「あらん、ダーリン。食料がなくて困ってるわけ? だったら、アタシが海に潜って魚を獲ってきてあげるわよ。それとも、アタシのこと、食べてみる?」

「うぐおっ……」

 そんな勇気を持ち合わせている者が、この船に乗っているわけがない。

 一つの冒険劇が終わるのと同時に、一組のとんでもないカップルが生まれたことはもしかしたら、神のイタズラだったのかもしれない。

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