その剣を抜いて
蹴り飛ばす。引き抜かれた男の音は遠ざかり、森に折れた木々の直線を残した。翔はその爪あとを視界におさめてから哲に近づく、伸びた爪をそのままに、しゃがみこんだ哲の手のひらは、草の上に沈みこんでいた。木々の先に気持ちが行っていて、翔に気がついていない。
「手が汚れるぞ」
なんと言うべきか迷ってどうでも良い事を言ってしまう。いきなり襲ってきた男が悪い、そう言おうとした、だがそんな分かりきった事を言っても人を突き刺した、殺した感触を静められるわけでは無い。言うべき事は他に有るはずなのだ。それとも言葉は無力なのか。
「なんてことは無かった」
哲がつぶやいた、荒くなるのを押さえていた、以外にも怒っていたのだ。
「いきなり襲ってきたあいつが悪い。強かったよ、あのままじゃ二人とも死んでた。逃げられずにな。あいつが本気なら」
翔は黙って聞いていた。哲は怒りにもらした言葉で興奮して荒げるように、恐らくその通りにつぶやき続けた。
「なんてことが無いのが引っかかる、これだけかよ、人を殺したのに。爪で刺した時えぐったんだぜ、体が勝手に動いたんだ、だけど小説とかゲームみたいに気持ち悪くも何にも無い。料理してるみたいだった。から揚げを作るのに、鶏肉を適当に切り分けてるみたいだった」
「ゲームなんだ、気にするな。だろ?」
哲は口を開けた状態で止まってしまって、少しすると整理が付いたのか「ああ、その通りだ」と立ちあがった。
「ショックを受けた俺が馬鹿みたいだ」
白いほお染めてへこんだ哲に、雨宿りを提案し良さそうな木の下に座った。
「けど、気分が悪くなったら言えよ、本当のエノトでこんな事無いんだからな。戦う相手で人間って居ないんだ。助かったら運営に言ってやろう」
「運営会社に言っても仕方ないんじゃないか?」
「良いんだよ。クレームの処理も仕事のうちだ。こういう時くらい前に立って仕事をしてもらわないとな」
「運営会社って大変なんだなあ」
翔は力なく笑った。MMO全盛期で掲示板などを良く利用していた人などは、最近の若い奴はネットマナーが分かってないなど苦言を言う事が多く、昔はもっと理知的で落ち着いた時代だったのかもしれない。運営会社も仕事をきちんとするイメージであったかも知れないのだ。
「まあ、あれだ、今回、いきなり襲ってきたあいつが悪いし、哲が倒さないと俺らがやられてた。それもこれもクラッカーか運営が悪いし、気分が悪くなったりしたら俺に相談するように。これでFA?」
「文脈から言いたい事は分からなくも無いかもなんだが、エフエーって何だ?」
「ファイナルアンサーの略で答えとしてこれで良いかって聞いてる、問題ないか?」
「エ、エフエーで」
「よし、何かあったら絶対言えよ、これで言わなくて色々不味いことになったゲームを俺は良く知ってるからな」
「なんだよそれ?」
苦笑いの哲の頭に手を置いて、優しくなでる
「お、おう……。気持ち良いな」
「言っとくが、ニコポナデポは無いから。お前は絶対無いから」
哲は完璧な笑顔でされるままになってる。よほど気持ち良いようだ。翔なら手を払いのけているだろう。人にもよるが。哲を元気付けられた事が嬉しくて、もう片方の手で後ろ髪をすいてやる。背中から膝裏まで、艶の有る白い毛は長すぎに思えた。
「哲、髪長いな。よくさっき引っかからなかったもんだ」
哲から返事が無い。変に思った翔が顔を覗くと、ほおから真っ赤にして目尻を下げて、意識がはっきりしてないように思われた。
「おい哲、大丈夫か?」
そのうちへたり込んでしまって、つらさを我慢するように歯を食いしばっている。
哲の体を揺さぶる。
「おう、おう、大丈夫だから、ちょっと待ってくれ、頼む、離れてくれ」
翔は言うとおりにして待った、哲は頭を振り立ち上がる、呼吸荒くほお赤く頭突きかませど正気戻らず、と言った感じで地面に頭を突っ込んでいたがふらりと立ち上がり。
「気持ち良くて頭がふわふわしてたぜ」
と、自然に言い出した。翔は思った、さっきのニコポナデポはフラグだったか、と。踏まないつもりで踏むのが人生。
哲が何か気づいた。
移動して、森から翔を守るように警戒する。哲が見ているのは遠くでなぎ倒された木々だ、その先だ。まさかと思った、翔も気が付いた。
大男が肩に大剣を担いで歩いていた、真っ直ぐ二人の下へ。今度は翔も居る、負ける気は無かった。しかし男はそもそも戦う気が無いようで、距離をとった状態で二人を見つめ怖気を持った笑みを浮かべた。ただ言い換えるなら気持ち悪い笑いでもあった。
「貴様、その魂は、力と相容れてないようだ。奇妙な、神だ」
翔としては、フジとしての文化的な意味も有って男は気持ち悪かった。少し演技がかった様な言い草も気にかかる。
「貴様は切れない。我は貴様の様な者を待っていた。腹上死した我が師も、あの世で泣いておろう。我が悲願はここに在り」
「突っ込める気がしないだと……?」
翔は理解外過ぎて手が付けられなかった。