恐れる者
男の体がよろめく、後ろ、横、下。持ち直した大剣が風と雨を切るがそれだけだった。哲が消えては蹴っているのだ、喉とあごとうなじを何度も何度も。それでも男は沈まず、即座に立ち上がっては剣を振るっている。巻き込まれた木々はなぎ倒され、あるいはへし折られ、一撃の圧力は雨をともなった突風となって、草と土を巻き込みながら翔の体を貫いていく。翔は腕で顔を守りながら二人の戦いを見ていた。見る事しか出来なかった。
爪を使わない哲が煙となり消え、男の頭上に現れた。何度も繰り返した移動だ、男は大剣を振りながら一瞬前に居た場所を見ており、剣には雨が叩きつけられている。哲は蹴りの体勢に入っていて、その無防備な首筋に足が吸い込まれようかという一瞬、さきほど消えた時間を考慮すれば二瞬に、哲の体は大剣によって引き裂かれた。
尋常な速度ではない。男は振った大剣をそのままに、体を回転させ頭上へ回し、哲の体に叩きつけたのだ。さらに速度を速めて。ここでの意味は、哲の出現場所が読まれたと言う事。何度も何度も瞬間移動しているせいで、攻撃するポイントがはっきりしてきている、こう言う事であった。それと共に、哲が爪を使えない事、使いたがっていない事、蹴りでは確定的なダメージを与えられない事、それらがこの時、全員に伝わった。パッシブスキル、カウンターミストによって自動で煙になった哲を含めて。
叩きつける雨であっても哲の熱を抑える事は出来ない。だが、その指先には迷いが有った。それはだれでも気づく事が出来る。もちろん翔だって気がついた。体はもう動くのだ、立ち上がらなければいけない。まっすぐな哲を何時も通りまっすぐにしてやるのだ。翔は立ち上がった。
「哲!」
意思のこもった大声に、向かい合った大小は振り向きもしなかった。振り向けばどちらかの足が、向こうに届く。
「お前は余計な事を考えるな! 後の事は後で考えろ!」
雨は降っていた。
「一緒にだ! お前だって分かっているだろ!」
翔の言葉が終わった時、男の真正面に移動した哲が大きく吼えて、指に生えた剣を男の喉に突き刺した。