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脱出不可能

しかしそれは、呼ばれた応援に囲まれた事ではない。噴出した血。翔はため息をついた、深く、深く。予想以上の事態だったが、うすうす感づいていればショックは小さい。取り乱したりする事は無かった。腹が重く締め付けるだけで。

「哲、良く聞いてくれ」

「どうした?」

 六人の鎧姿の口に上る、短過ぎるスカート、

ほとんど裸、痴女、変質者、犯罪、女神をバックに、翔は爪を戻していた哲にささやいた。

「ログアウトしてくれ」

「これから面白くなるんじゃないのか? チュートリアル戦闘だろ、これ?」

いつも声量の変わらない哲に翔は、さっきそれが分かったのかと声を上げそうになったが、どうにか押さえ込んだ。自身の軟弱さを哲でまかなおうとしているのだ、突っ込んでる場合では無い。

「大丈夫だ、運が悪ければここを出れない。……どうもおかしいから確かめたいんだ」

 何が大丈夫なのか言ってて分からない。出来なければどうすれば良いのかも。ただ、ここは翔の知るエノトでは無い。さきほどの衛兵は無数にあるイベントかもしれないが、噴出する血は、現在のVRゲームの大原則、過度な血や残虐描写はしてはならない、に接触するし、そもそもエノトには、垂れる鼻血や擦り傷切り傷程度の表現は有っても、噴出すレベルは無かった。他のVRゲームも同等かそれ以下である。それがぎりぎりなのだ。

「ログアウト出来ないな。バグか何かか?」

 哲の声に翔は反応できなかった、ある種の希望が絶たれたからで有るのと、閃いた事が有ったからである。今、この場が、翔の知るエノトと違う事を断定する手段だ。ただ結果はどうあれ、鎧姿に囲まれたこの場でする勇気は無かった。

「哲、後で説明するからこの場を何とかするぞ」

 困惑顔の哲が頷く。翔は詰め所に行くのは良いが、どう対応されるか分からないので、鎧姿達に疑問を率直にぶつけた。

「私達が詰め所に行ったらどうなりますか?」

 翔の言葉に三人の顔が赤くなり、二人は息を大きく乱したが、一人は平然としていた。その反応を見て、詰め所に連行される考えが消える。

「哲、今からチュートリアルを開始するぞ。退却戦だ」

「レベル高いな。良いぜ、ワクワクして来た」

 そんなチュートリアルは無い。詰め所に連行されるのが、次のイベントへ進むためのフラグ、進行条件かもしれないと思ったが、そんな事は何時でも出来る。まずは確かめるのが先だった。

「あの時、指を指してた森が有っただろ? あそこに逃げ込むんだ。俺が魔法で衛兵たちを妨害するから、哲は自分か俺に近づいた奴を無力化してくれ」

「分かった」

「絶対殺すなよ」

「おう」

 衛兵達は槍を構えて、動くな、と再度警告している。先ほどから何回もしていたのだが、二人は無視していた。それどころでは無い。翔は近くに有った小石をいくつか拾った。警告する衛兵達に、呼び出した外套をはおる哲。翔は小石を握り締める、石が青く発光し始めた。魔術師だ、と声を上げる衛兵達。

小石を投げた。弧を描いたスローボールに、衛兵達は道を譲った。が、

瞬時に速度を上げ、曲がり、小石は若い鎧姿に当たった。光が強まり、鎧姿は体を何度も跳ね上げる。

二人は走り出した。

我に返った衛兵達は直ちに後を追う、わだちのついた街道を走る二人と衛兵達。接戦になるかと思いきや、みるみるうちに二人は衛兵を引き離した。

「ん? 何かあいつら遅いな」

「槍と鎧だよ。俺達はそもそも重い物は持ってないし」

 翔も今気づいたのだが、そんな事知っていましたが、なにか? と言わんばかりの態度だった。

しばらく走っていると森が見え、速度を落とさず中に入る。通ってきた道を確認したが、衛兵達は追ってはこない。これ幸いと奥に進み、泉をたたえる小さな広場で二人は止まった。二人の息は乱れない。

「おー、体力上がってる。良いなこれ、動き放題だ」

「ちょい待て、どこかに行こうとするな。確かめたい事がある」

 先にある森の続きに入ろうとした哲を止めると、翔はのどを鳴らして目を瞑った。呼吸を繰り返す。一つ吸う度、頭を過ぎる不安。いくつもの異常点。覚えの無いログイン、噴出する鼻血、出来ないログアウト、そして謎のコンテンツ。これらが意味するものは?

白いブラウスのボタンを、上から外していく。ここが翔の知っているエノトなら絶対に出来ない事。外気を感じる。悟り。

翔は目を開けた。

そこには張りの有る、大きな乳房があった。

ここは翔の知っているエノトではない。十六歳から出来るVRMMOでは性的表現は不可能。そんなことをすれば、直ちに会社は猛抗議を受け損害を受けるだろう。社会が許さないのだ。そして、コンテンツによって導かれた。推測としては。

「哲……もしかすると、俺達はクラッカーの改造データによる改変を受けたかもしれない」

 翔の推測は、ゲーム処理会社が何者かの介入によってデータ改ざんを行われ、ゲームが異常を来たしているだった。

「どう言う事だ?」

 哲の当たり前の質問だった。翔はVRMMOでやってはならない事の説明を交えながら、感じた不安を説明した。

「だがゲームをする前、このゲームは、セキュリティがありえないほど固いって言ってなかったか? 良く分からないが、そんなに簡単に改造なんて出来るのか?」

 問題はそこであった。処理会社に干渉してゲームを改ざんするのは、よほど難しいはずで、しかし絶対に出来ない訳ではない。非常に高い技術、ツールを持った個人または複数など、世界中を探せばどこにでも居るのだ。

「分からないけど、出来る奴には出来ると思う。する意味が分からないけど。ただ、ゲームに入って出れない俺達にはどうしようもないって事は分かる」

 する意味、それが不明であった。金目的なら大々的に犯罪行為をする理由が分からない。下手をすると人命に関わるのではないか? 翔の頭に疑問が過ぎった。

 いや、それは無かった。プレイヤーには四六時中ログインしている者も居るのだ。知り合いにも何人か居る翔は、その可能性は無いだろうと結論付けた。だとすると。

額に浮く脂汗、それを拭って息を吐き、魔法で風の歯を作った。

「どうした? 何をしようとしてる?」

 哲が心配している。だが知らなければいけない事だった。どこまでデータを改ざんされたのか分からないが、もし、痛みもリアルになっていたら? 怪我の具合しだいでは本当に。

翔は自身の腕に、歯を打ち込んだ。

食い込む風、徐々に浮き出す血、あまり痛みは感じない。出力を上げる。大きくなる歯、血があふれ出す。

痛みにうなりだす翔は、大きく手を振った。長い金髪を揺らし、風は居なくなる。膝から草の上に落ちると、肩を上下させ荒い息を繰り返した。

結論はこうだ。痛みは軽減されているが、ゲームよりはっきりしている。強ければショック死するのではと危惧するくらいに。

「馬鹿野郎!」

 今まで変化の無かった哲が声を張り上げた。翔の横に瞬間移動し体を支える。

「大丈夫か? 何を考えてる! 危ないだろうが」

 どうすれば良い? 慌て気味にたずねる哲に、翔は手のひらを向けた。大丈夫の合図だった。そのまま手のひらを血のあふれる傷口に当て、横にスライドさせた。

残ったのは、染み一つ無い白い肌と、あふれていた血の跡だけだった。翔は息を整え立ち上がる。

「すまん、大丈夫だ。傷は魔法で直した」

 よろける翔を哲の手が抑える。

「この馬鹿が、大丈夫じゃねえじゃねえか。とりあえず休んでろ」

 哲は翔をゆっくり座らせると、立ち上がって「周りを見てくる」と言って消え去った。翔には哲を止める暇も無かった。

回復魔法は難しい。細かな制御が必要な魔法で、要求される技術は中級者であってもなかなか出来ない。翔は上級者の仲間に訓練されたから出来るのだ。

翔は考える。これからどうすれば良いのかを。もし本当にデータ改ざんだとすれば、あのコンテンツが偽物だとすれば、死の可能性があるならば。運営が、警察が解決するのを待つしか無い。あの時、軽い気持ちでコンテンツを設定させるべきでは無かったのだ。哲に申し訳なかった。初めてのVRがこんな事になってしまって。

ただ不思議だった。ゲームに閉じ込めて死の危険も有るにしては、二人のキャラクターが強力すぎるのだ。恐らくのヴァンパイアとエルフの上位互換、その王。簡単に生きていけると言わんばかりだった。まるで二人に冒険を続けろと、それが必要なのだと言わんばかりに。



テコテル街のギルドに、一つの依頼書が貼り付けられた。近くの森に逃げた変質者の捕獲。依頼主は大地の槍団長ヘルズ・モーゲル。翔がきもいと評した、あのツンデレである。

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