二手に分かれちゃった
だからか弓持ちが先ほど言ったのと同じ声でもう一度「副長」と腰に差した短剣の柄の尻を右手で軽く添えて親指で執拗に撫で続けながらさらにもう一度「副長」と反応しないアーガンスターに続けると、そこでようやく固まっていた体を動かしたアーガンスターは哲の声の方向を向いたまま顔だけは変わらず声を上げた。
「これから私達は殺人が起こった現場に向かう! 申し訳ないのだが一人道案内に残すのでその者について行って欲しい!」
翔の背後から向こうへ体も覗かせていた哲の顔が振り返ると、翔が頷いて哲は顔を戻して声を返す。
「分かった! 気を付けて!」
偶然にアーガンスターが槍持ちに言った気を付けるんだ、の気を付けの部分が哲の声と被ってから、槍持ちが「さ、さあ、行きましょうか」と歩き始めたのに続き、二秒たって哲が付いてきているか後ろを向いたら、視界に居る哲を認めるとその奥から翔を見ているアーガンスター一行に視点が吸い寄せられた時、彼らは後ろを向いて歩きだした。
「翔……喉乾いた」
哲がスカートを引っ張る。酒を飲んで水を飲まないからだと翔は呆れながら先を歩いている槍持ちに「ええと、ティダンさん?」と言ってティダンの腰につけていた皮袋を礼を言いながら受け取って哲に渡す。
「お、お名前は何と言われるのですか?」
哲が持つ袋の水が出なくなってから急にティダンがつっかえる声で言った。「翔と」指先で誘導して「哲です」どちらも翔が言った。
「翔……綺麗な名前ですね。哲はちょっと硬いかな。いや! 名前を悪く言うつもりは無いんですが! ほら! 耳心地としてね……」
気にしないでと翔が返したらそれ以上言葉が続かなかった。哲は革袋に口をつけながら膨らませたり、しぼめたりしてどう見ても遊んでいた。
「そういえば、翔……は、魔術師なんでしたね。魔術ってどんな感じなんですか?」
無理に喋らなくても良いのにと翔は思ったし、どんな感じと聞かれて答えに困った。
「どんな感じ……と言うのは? ええと」
ティダンも、ええ……、だとか、んん……と言った後で黙ってしまった。
「魔術って俺も使えるのか?」
哲が革袋から口を話して言った。
「あー、使い方が分かったら使えるぞ。魔術ってな大まかにいえば二種類あるんだ。オリジンとテンプレートって言ってな。誰かが作った魔術がオリジンで、オリジンを広めることが出来たらテンプレートって呼ぶんだ。あとそれいつまで弄ってんだ?」
「珍しいから楽しいんだ、もうちょっと触らせて。んで? どうやって使うんだ?」
「それ貸して」
哲から革袋を受け取って口をつけ息を吹き込んだ。
「ただしイケメンか美少女に限るってよく言われる魔術なんだけど」
何も分かっていない哲に革袋を渡すと体制を崩して落としそうになっていたが、すぐに定まって革袋を軽く揺らした。雨音より確かな水音が鳴って哲を驚かせる。
「口を緩めて水に手を入れるんだ。集中して、思い込む、想像する、この水は温かい」
哲は手を入れたまま立ち止まってしまった。しばらくそのままだった、だが駄目だった。哲は真顔で言った。
「分りません」
また歩き出す。
「それが出来たら、次は熱いって思いこむ。それも出来たら火を見ながら手を水につけてこの水は燃えるって思う、いつの間にか水は燃えてる。一応、一番有名なテンプレートの一つだよ」
水に入れていた手を見つめながら哲は上の空で言う。
「オリジンってのは?」
「オリジンは偶然の産物って感じかな。今の魔術だと、元になったのはこんな話らしい。ある人がたき火に当たっているとパチンと音が鳴って手に触れたものがあった、その人は熱いって驚いたが実は当たったものは雨だった。その事に気が付くといつの間にか雨は水では無く炎に変わっていた」
「それは怖いな」
正直翔も同感だった。
「ペインサイダーって言うんだ。まあ、雨に出来るプレイヤーはそんなに居なくて殆どは水を使って物に火をつけるだとか、そういうのしか出来ないんだけど。ちなみに俺も雨は無理だ」
哲が革袋の水を一気に飲み干すと、もうちょっとゆっくり出来る時にやってみるよと言って、革袋をティダンへ渡す。
「興味深い話でした。凄く」
哲から受け取った革袋の首にベルトを差す様に巻かれた紐の先を、腰にくくりながら声に興奮を潜めて言ったティダンに翔は、そうですかと返して、すると哲が他の魔術の話が無いか聞いたのでもう一つ話す。
「有名なプレイヤーで、オカンって人が居るんだけど、その人が今でもプレイヤー唯一の復活魔術の使い手でな、どうやって出来る様になったか聞いた事があるんだ。そうしたら酷いパーティとずっと組んでた時期があって、どんなパーティか知らんぞ、でその人以外戦闘で倒れて、その時オリジンが分かったと言ってた。怒り半分悲しみ半分だったとかも言ってたな。その後はオリジンを使ってその場を切り抜けたそうなんだが……。オリジンの使い方がな……、倒れてすぐ相手のみぞおちにひねりを加えながら渾身の拳を叩き込む、らしくてな……。これ、本当にこの通りだから。一応俺の師匠的な人でも有るんだけど、凄く温厚な人でもあるし、だけどある時期のどのパーティもそのオリジンを使おうと頑張る人たちで酷い事になってた」
翔は遠い目になる。哲はこの話で楽しげに笑っているが、翔から言わせるとエノトの暗黒時代の一つとして語り継ぐ必要があった。オリジンは多くのプレイヤーに影響力があったが、たまたま出てきたものが悲しみを生む事もあったのだ。復活魔術が流行った時、パーティを組む人たちは減り、組む時も、オカン禁止と復活魔術の練習を禁止するグループが現れ結局、オカンのみの魔術として収まってしまった。このゲームは倒れてから感覚が無くなるまで少し時間が必要で、無くなると別の視点で自分を見下ろすのだが、痛覚が少ないとは言え、特にオカン本人にオリジンの使用を許可した者たちは何か別の世界へ行ってしまった者も。三徹した後に一発入れるとまだ戦える、とかなんかそういう集団の合言葉の様に使われていた。もろもろの影響を含めエノト三大悪夢の一つだ。
「俺のミストとかってキャラクターにくっ付いてくるものとかそういうの?」
翔はそんな感じと言って頷きさらに追加した。
「種族と職業がアクティブとパッシブって言うキャラクターの性質を決めて、オリジンとテンプレートがプレイヤーの性質を特徴づける。そう言われてる。だから魔術って言っても、裏のアクティブとパッシブって言い換えることも出来る」
哲はうなって、ティダンに言って革袋をまた受け取り翔に突き出して、にっこり笑って。
「水! 下さい」