雨の降る夜に口を開けた何か
歩道の先にあるロータリーの丸い建物に、建物への出入りを邪魔しない位置で、横に居る外套をしっかり着けて槍を持った誰かと同じくらいの高さの石造りの灯台が複数、建物を囲む様に並び立ち、この雨でその内いくつかは火の勢いが弱まっていたが、建物から出てきた帯剣の外套を着けた鎧姿が包みを灯台へ運び、中身を出して、その時同じ格好の弓を背負った三人目が空の包みを持った者の腕を叩くと、包みを持ったまま翔たちの方へ視線をやって、それに続いて槍持ちも目を向けた。そのまま包みを懐に入れた者の合図で三人は走り出し、翔もアーガンスターが一度振り返った時の顔が何かを悟った様だったので哲に一声かけ、アーガンスターの後ろを追って走った。ロータリーの出入り口で六人は合流する。アーガンスターが翔に断って前に出て、剣を持った一人を連れて、灯台の明かりから離れて、声を抑えて会話を始める。
「カザーさん所で殺しです。今ビエット、オーグ、サンガリ、新入りで見てます」
抑えられていたが緊張を持つ低く通りの良い男の声だった。だが何を見たのか声は揺れている。
聞いたアーガンスターは少しの間が有ったが声を荒げたりもせず、剣を身に着けた男に詳細を求めた。男はつっかえながら、何かが口から飛び出して行かなくする様に力を込めて、しかしどこか何か失った様に、この場のため声を抑えたのか、何かの場に飲み込まれないために声が出せないのか不明だったが話し始めた。だがどちらにせよ翔には聞こえている。
「予定通り、網を張ってたんです、けど、カザーさん所で暴れる様な物音がしてて、割れる様な音もしてて、カザーさんがまた酔って暴れてるのかと、思いましたが、何か分からなかったんですが、おかしくて見に行ったんです、ビエットだけを連れて」
だんだんと呼吸が荒く、夜がかぶさった顔に脂汗が染み出してきて、アーガンスターを覗く目は明らかにどこか違う時を見ていた。
「そしたら泣いた奥さんが、何時もだったらドアを開けてくれてたのに、なのに。今日に限って、出なくて。何回も警告したんですが、出なくて」
男が黙り込む中、翔の近くに居る二人の男は酷く恐れて翔と哲を見ていた。いや、もしかすると哲を。哲を見ると灯台の火を薄く顔に受けながら翔と同じく話を聞いているのかぼうっとしていて、ときおり小さく口を開け、息を吐いて、またぼおっとしていた。音が乱れた。男二人に目が戻ったら少し気まずい気配を出しながら「後で副長に報告しておこう」と小声で出したつもりの弓持ちに、にっこり笑いかけて、半分脅しのつもりで邪魔するなよと意味を込めたら、なにか行き違いが有ったのか男は顔を赤らめて不自然に自然を演出してアーガンスターが居る少し違う場所に視線を動かした、翔もそれに習う、と、弓持ちは翔を少しだけ見て、見るだろうと考えていた翔が弓持ちを見たら目が合ってしまって弓持ちは少し視線を動かして翔の奥に居る哲を見ていたつもりになっていた。
「ドアを破ったんです。そうしたら、奥さんの頭が無くて、カザーさんの体に大きな噛み跡が。去年に狩ったあのオルカンタスだってあんな事……出来やしない」
最後の部分には、剣持ちの恐怖が苦い笑いに乗って漏れ、その笑いは同時に自嘲の意味も有ったのかもしれなかった。翔は何故かそんな気がした。いや、そんな気で片付けられる事では無い。それがテンプレートだとしても翔と重なるのは嫌なものだった。翔は自分の意思で耳を遠ざけると、気持ちを切り替えて用意した魔法の具合を見ていた。材料はおばさんに出された果実めいた酒である。本来のキャラクターでは無いので、少し過敏になっているのかもしれなかったが、迷子にならないために使った石もそうで、意図より力がこもり過ぎるのだった。それはこのキャラクターの性能が良い事の証明で翔の力では無く、コントロールの難しさも暗示していた。
弓持ちと槍持ちはこの冴え渡る夜より感が通らない、不安と未知に、それかもしかするとこの雨に体が冷えてしまったのか、ぎこちない雰囲気を漂わせ一言も喋らず、どの方角にも注意を払っているのを感じさせた。翔にも、哲にも、アーガンスターの方にもだった。だがいい加減我慢の限界だったのか、弓持ちが「ここで待ってろ」と槍持ちに言ってアーガンスターが行った方へ歩き始めると、槍持ちが翔から見ると大げさな仕草で二人を見て、はっきりと慌てて弓持ちの後を追って、行ってしまった。
「それで?」
翔は二人の鎧姿が離れるのを見届けながら、ここで哲の考えを聞いてみたくなって、悪戯心のまま声をかけた。
「どうやら事件が起きたみたいだけど、どう思う? その、宿屋出る時には言ってなかったけど、哲の体調が悪くなってもゲームは終わりだからな。そこまでして続ける気は無いぞ」
哲は大丈夫と答えて、話を続けた。
「うーんと、どう思うって?」
「これはほとんど町規模確定だから。今、ここで分かるなら解決しても良いんだよ?」
哲は、え? と気の抜けた声を出してしまった。翔は口が緩むのを止められなかった。
「まあ、良いや、話を変えよう。今の感想は?」
翔も答えは分からないが、幾つか取っ掛かりは出来ていた。それはゲームをいくつもやった経験から来る推測である。
「何が何だか分からない」
頭を左に傾けてうーん、右に傾けてうーんと悩んでる哲を見ながら翔は考える。
町規模のイベント、現段階のとりあえずの選択肢、一つは町の長、権力を持つものが怪しいと言う事、二つはツンデレ男、三つは大剣の変質者、これはどれにも繋がっていそうだった。少し離れて、あの剣持ち。翔なら取りあえずツンデレ男に合って話を聞き、町の長の情報を集めるだろう。大剣の変質者は重要な情報を持ってはいるだろうが話に出ていた男女を殺しては居ないと翔は思った。大剣の変質者自体が怪しすぎるし、いかにも過ぎる。逆に話として珍しいぐらいだった。ロールプレイングゲームが単純なのは現代の特徴でもあった。
「取りあえずみんなが帰ってくるまで待とうぜ。もう少し何か無いと何にも分からないよ」
翔の言葉に惑わされたのか考え込んでしまった哲の姿に翔はにやけるのを止められなかった。