表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

イベントへのお誘い

 先に行ってしまったおばさんを追って歩き、階段を下り真ん中で覗く食堂の、一つのテーブルの上に、それは先ほど哲が座り、おばさんが外套を置いていた席なのだが優しい光が目に指し入って、それは白いろうそくの様な、ろうそくと言っても明かりを支えるそれはどちらかと言うとアイスクリームとした質感なのだが気がついて、おばさんがその明かりの後ろに立って、手に持った鈍い食器を、ソースがかかった滑らかに色づいた肉を、カタンとテーブルに置くと、翔の後ろから哲が階段に差しかかり、下り始め、翔も今居る真ん中から動き始めた。翔が既に下りきり、哲が丁度階段の最後の段から足を下ろすと、おばさんが二人に「晩御飯はこの町自慢のテコ鳥のソース掛けだよ」と言って、明かりに照らされた正面顔は、最初に会った時より温かみが増しているように思えた。そのままパンをテーブルに置き、翔達がイスに座るのを見計らった様に湯気が浮かぶ白いスープを持ってきて「それと、ミルクスープ。早くおあがり」とも言って、カウンターの下に消えて、ガサゴソと何かを探している様だった。哲は何時も通り食べ物は早く頂くと考え、スープを飲み始めていた、少し間を置いて、翔は手を合わせて頂きますと呟くと、パンをスープに浸して食べ始めた。哲がスープを飲み終え、ナイフで切り取った鶏肉をさらに切り分け口に運んでいると、二人の横にコップが置かれ、白い果汁めいたアルコールの匂いをたっぷり注ぐと、床に置かれた小さめの樽をそのままに、飲めるだろ? と言う様な顔でおばさんは戻って行った。翔はこんな時に酒を飲むべきかと考えたがそれは間違いで、その前に哲を止めるべきだった。ふと、建物の外から雨音が聞こえ、時間が過ぎると、最近変な天気だねえ、とおばさんが言ったのをきっかけに撫でる様だった雨が、走り出して、屋根を打つ心地の良いリズムを翔の耳に響かせた。翔は甘い果実酒を口に運ぶと、長い耳が外の雨では無い音が、ここに近づいているのを感じ取った。建物が、雨や風なのでは無く、それよりも極々小さな、小さな音の力で震えているのだった。翔の感覚では世界は標準と言うべき震え方が有って、外から異物が入り、しばらくするとそれも標準になるのだが、外の人は、まるで足の生えた刻まれた鐘の様な人は、まだ標準には混ざりきらないのだった。地面から床にかけて震えが走り、壁や天井に、大気に、震えが通り抜ける。コップで口を隠して翔は薄く笑った。これは良い。

「何か楽しそうだな」

 笑顔の哲が「耳がゴソゴソしてる」といった時に、初めて自分の耳が犬や猫の様に動いてるのが分かって、思わずなるほどと感じてしまい、良く見かける犬や猫のこうした動きは、こんな感じだったのかもしれないと言った、人間から見た動物像では無く、それよりも踏み込んだ感覚を今、もしかしたら感じてるんじゃないか? と、ふと思ったが馬鹿馬鹿しくなって、気分を入れ替えて、これからどうするかを話す。

「予定だけどな」

 宿の入り口が開いて床が音を鳴らす。

「予定って言ってもたいしたことは出来ないけど」

 おばさんが二人の横を通り過ぎ、入り口へ向かった。

「出来るだけ安全な場所で住んで、運営から連絡を待とうと思うんだ。通話機能もあるし」

「それって俺らでも使えるのか?」

「運営との通話みたいな機能は無いな。似たようなのは有るけど。一組作っとこうかな」

「魔法?」

「そう。物に魔法を込めるんだ。定期的に込めなきゃ消えるんだけど」

「あー、あんたたち」

 入り口の方におばさんが立っている。隣に鎧姿の男が居た。短い髪を整え、ひげも生えてない清潔感の有る男だ。

「こっちのが警護団の、大地の槍って言うんだけどね、その副団長さんだよ。あんたたちに話が有るんだってさ」

 男は音を鳴らして足を揃えた。

「私は大地の槍副団長ヘリト・アーガンスターだ。ここに来たのは団長の方から直々に話したいことが有ると、今手が離せないので、申し訳ないが、こちらに来て頂きたいとの事。どうか足を運んで頂きたい」

「お断りします」

 哲が翔を見ていたが、ここは安全を取って行かないと決めた。

 固そうな顔を崩さずアーガンスターは理由をうかがっても? と哲をちらっと見た。

「それをお話しする理由は有りません。こちらにも事情が有りますので」

 アーガンスターはしばらく黙った後、哲に目を向けた。

「君は?」

 懐から、小さい袋を出して首のひもを解き、中から丸く黒いつやの有る飴の様な物を、中腰になって哲に渡すと「甘いおやつだよ」と優しげに言って、頭を撫でようとしたが、哲がアーガンスターの手を避けて、翔の後ろの方に逃げて、嬉しそうにもらった物を口に入れていた。後、アーガンスターに向かって、食べ物は嬉しいけど頭さわんなよな、ありがとう。と言った。翔は手甲を着けた手で頭撫でようとすんなよ、とどうでも良い事を考えてしまっていた。アーガンスターは、すまないと謝りながら、我慢をしているのに抑えきれない悲しさを表情で語っている。

「二人とも協力頂けないですか……」

 哲がまた翔を見る。

「それでは仕方有りません。通行税を払って頂きましょう」

 通行税! 二人ともお金なんて全く持って無い。この町に入る時、ツンデレ男もそんな事を言っていなかった。翔は、はめられた事に気がついた。あの、町に入っても良いは問題を無かった事にするだけだったのだ。この後の展開も予想がついた、これからあらゆる町に入れなくなるか、話をするだけで済ますか。しかし、イベントが進行しているのが明らかで、そのイベントは翔の予想が正しければ街規模である。たいした事の無いイベントか、それなりのイベントか、微妙なところだった。

「翔、行こう」

 哲がしっかりとした声で言った。

「ここまで来たんだ、こんな時でもちょっとくらい遊ぼう。運営はこっちで何年もかかるのか?」

「まさか」

 思わず口を出た。それくらいそんな訳が無い事だ。有りえるかも知れないが、まず無い。

「微妙だったらどうにか出来ないか?」

 どうにかくらい出来る。いつ逃げても良い。

「駄目か?」

 そう言われると翔は弱った。ゲームを楽しむのならまず助かったらだろう。しかし、そう簡単に二人をどうにかさせない自信も有った。哲に対してゲームを案内出来ない負い目も有る。今回を逃したらまた時間が空いて一緒に入れなくなる不安も有った。翔は迷った。この事件がきっかけでこのゲーム自体しばらく出来なくなる事も考えられた。翔は少しの間迷っていたが、やはりゲームの中で死ぬと言うのは感覚として距離が離れていて、それよりもどうにか出来る自信と、遊びに誘った仲間を楽しませたい気持ちが勝って、吹っ切って、哲に頷いた。

 哲はアーガンスターに「行っても良いぜ、だけど」と言った、アーガンスターは促す。哲は言った。

「そのかわり金が欲しい。それも一杯だ。くれなかったら行かない」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ