悪役令嬢との婚約を解消したら、帝国に見捨てられそう
「ロロロローズ・モリモリヤ侯爵令嬢、君と私の婚約は解消されることとなった」
大ホールの舞台の上には、王子殿下と私が立っている。
殿下の言葉を受けて、観客席にいる貴族たちは驚きの声を上げた。
わざわざ舞台の上で何のサプライズかと思えば、こういう話だったとは。
しかし、いずれこうなるだろうという予感はあった。
一応殿下に尋ねることにした。
「婚約解消の理由は何でしょうか、殿下」
殿下は舞台上にふさわしい発声で答える。
「君が『悪役令嬢』だからだ! ロロロローズ!」
やはり、そうか。
私は小さく肩を落とした。
観客席からは「あ~」とか、「お~う」とか、さまざまな声が聞こえてくる。
今日の観客席はよくあたたまっているので、なかなか反応が良い。
「君が長年『悪役令嬢』を担ってくれたことには、感謝している。しかし私は嫌なのだ」
殿下は苦々しい表情をして続けた。
「君は、どの劇でも『悪役』を演じる。『さるかに合戦』では猿の役、『ももたろう』では鬼ヶ島の鬼……悪役ばかりだ。だが私は、『ヒーロー役王子』なのだ。『ヒーロー役王子』の婚約者が『悪役令嬢』だなんて、おかしいじゃないか。私は『ヒロイン役令嬢』と結婚したいのだ!」
もっともな理由だ。
あまり良い組み合わせではないと、私自身も思っていた。
「何より私は『ヒーロー役』であるがゆえに、君のような『悪役』が隣にいると、やっつけたくなってしまう! この欲求に耐え続けるのが、つらい!」
職業病だ。
これでは、婚約の継続は難しいだろう。
「王家の決定であれば、従います」
私があっさりと承諾したため、殿下は安堵した様子だ。
観客席からは「ああ〜」「お~ん」といった声が聞こえた。
「――婚約がなくなったのであれば、そちらの『悪役令嬢』をスカウトしたいのですが、よろしいでしょうか?」
突然、観客席から声がした。セリフのようにはっきりとした声が。
一人の男性が立ち上がり、舞台に近づいてくるのが見える。
「あなたは……隣国の見学者の……」
「はい。この大ホールの見学をしていましたが、良いタイミングで来られたかもしれませんね」
舞台に上がってきたのは、隣国で劇に出ているという令息だった。
私と目が合うとニコリと笑う。
はわわ、顔が良い。
「『悪役令嬢』がフリーになるのであれば、ぜひともうちの国に来て演じていただきたいのですが、いかがですか?」
「私が、隣国で?」
観客席の貴族たちから「おおお〜?」と声が上がり、騒がしくなった。
「うちの国の劇では『悪役』が不足しています。国民も『悪役』を演じられる人を渇望しているのです。あなたさえ良ければ、ぜひいらしてください。国中で歓迎することでしょう」
「行きます」
即答してしまった。
どうしよう。この人の顔が良すぎて即答してしまった。
婚約解消を上回る速さでの承諾に、王子殿下が焦った。
「い、いくらなんでも、そんな急に……」
「殿下、殿下にとっても、悪い話ではありませんよ?」
「何?」
隣国の令息は敵とも味方とも言い切れない、不思議な魅力のある振る舞いをしている。彼は普段何の役を演じている人なのだろう。
「『悪役令嬢』がこの国から出れば、殿下の周囲からは『悪役』がいなくなります。つまり、平和な劇を好きなだけ上演できるのですよ」
「な、なんだって? 私が好きな日常系の劇や、ラブコメの劇がいくらでも!?」
そうだった。殿下はストレスのない物語が好きなのだ。
「その通りです。殿下は大好きな日常系やラブコメを演じられ、私の国では『悪役』の活躍が見られる。どちらにとっても良い話だと思います」
「わかった。ロロロローズ、すぐ隣国へ行きなさい」
「はい喜んで」
しまった。また即答してしまった。しかし殿下も即答していたので不自然ではないはず。
とにかく善は急げだ。すぐに帰らないと。
「それでは準備があるので、ここで失礼いたします」
私は舞台から降りようとしたが、立ち止まり、殿下の方へ向き直る。
悪役らしい微笑みをつくり、最後の挨拶の言葉をかけた。
「ばいばいきん」
殿下は悔しそうに顔を歪めた。
「くっ……最後まで、完璧な悪役だ……!」
***
大ホールを出て、隣国の令息を入り口まで案内しながら歩く。
「私の演技で、隣国の皆さまを楽しませられれば良いのですけど……」
「心配ありません。あなたであれば、どんな悪役でもこなすことができるでしょう。私とも共演していただければ幸いです」
「それは、もちろん、喜んで」
嬉しい。こんなに顔がいいイケメンと共演だなんて。見とれすぎてセリフを忘れてしまわないか、今から心配だ。……いけない、大事なことを聞くのを忘れていた。
「ちなみに、あなたは何役の方なのですか? 私のような悪役と同じ劇に出られる役、なのですよね?」
「ああ、伝えていませんでしたね」
顔のいいイケメンは歩みを止めた。
「もちろん、あなたと共演できますとも」
顔のいいイケメンは笑みを深くし、私の髪をすくいあげた。
「私は『ヤンデレ役令息』です。ロロロローズ様」
「はわ……」
「あなたが『さるかに合戦』の猿ならば、私は臼となって……これ以上は、あとのお楽しみ」
「はわわ……」
「『悪役令嬢』のあなたと、『ヤンデレ役令息』の私で、ドロッドロの劇を作り上げましょうね……?」
「はわわわ……!!」
早く、隣国へ行こう。
私好みの劇が、きっと待っている。
***
『悪役令嬢』であるロロロローズが隣国へ渡ってしばらくは、平穏な日々が続いていた。王子は希望通りに『ヒロイン役令嬢』と婚約し、すぐに結婚した。『ヒーロー役』と『ヒロイン役』の二人で大好きなラブコメを演じる日々に、王子は満足していた。
「殿下、かなり困ったことになっています」
そんな幸せな日常に水をさす報告が、側近によってもたらされた。
最近、国内の劇がうまくいっていないらしい。
「ロロロローズ様がいなくなったので、劇中の悪役がうまく機能していません」
「代役を立てればいいと、以前に言ったはずだが?」
「そうなのですが……」
「どうした? 言ってみろ」
側近は何枚かの報告書をペラペラとめくったり戻したりしながら、落ち着かない様子で話した。
「『悪役令嬢』の代役は、なるべく近い役の令嬢にとお願いしたのですが、その令嬢は『敵対後に味方になる役令嬢』でして……」
「敵対するのなら悪役のような動きもできるではないか」
「確かにできるのですが、その後どうしても『味方になる』部分が出てきてしまって」
「それで?」
「悪役でありながら、最終的に、味方になってしまいます……」
王子は拍子抜けした。
「なんだ。平和で良いではないか」
「そうでもないのです。たとえば先日『名前を言ってはいけないあの』キャラが出てくる劇を上演したところ、令嬢の影響か、最終決戦ののち敵全員が味方になってしまったのです!」
「……ちょっと面白そうじゃないか」
「困りますよ! こんな調子で色んな劇が、if展開の二次創作みたいになってしまっているんです!」
「その程度のことで騒がなくとも……」
「時代劇では成敗されるはずの悪代官が全員生き残って、ご隠居一行の後ろをついてくるので、非常識な大行列になっているのです! スタッフと舞台の負担が大きすぎます!」
「一話完結のゲストキャラをレギュラーにするからだろうが!」
王子は声を荒らげたが、側近の勢いはおさまらない。
「そもそも『敵対後に味方になる役令嬢』の人数も足りていません!」
「何を言っている? 役のある令嬢は多いだろう」
「最近の流行なのか、多くの令嬢は『男性同士カップルの当て馬役令嬢』となっています」
「……なんだって?」
「『男性同士カップルの当て馬役令嬢』です。志願者が多いのです。他には『モブ役令嬢』と『壁・天井・家具役令嬢』が多いです」
「そんな役が必要になる劇など無いだろう!」
「ほぼありませんが、彼女たちの力を借りねば演者が足りず、劇が成立しません」
「し、しかし、その役の令嬢を使うと、劇はどうなるのだ?」
側近はまた報告書をパラパラし始めた。報告書の一点を見ては、目を背けるのを繰り返している。
言い出しづらそうに口を何度も開閉させてから、ようやく彼は話し始めた。
「この国でもメジャーな『さるかに合戦』ですが」
「ああ、わが国では多くの者が経験する劇だ」
「……どうあがいても猿とカニがくっつきます」
王子が口に含んだ紅茶が気道に入りそうになった。
「猿とカニがくっつくのはおかしいだろ!」
「でもくっつくのです! 脚本家も演出家も協力して何とか食い止めようとするのですが、それすら乗り越えて愛を育み、くっつきます」
「ひえ……」
「親ガニをオスにしてくっつけたり、子ガニとくっつけたりします」
「どうしてそこまでして……」
「タイトル通り、『猿×カニ』です」
「そういう意図でつけられたわけがなかろう!!」
「最近ではカップリングが防げないのは当たり前になっているので、副題がつくようになりました」
「は? 副題?」
「『さるかに合戦 ~運命~』で上演しています」
「勝手にをそんなものをつけたら駄目だろ!!」
「原題のままでやる方が問題になります!」
「それはそうだけどそういうことじゃない~っ」
頭を抱える王子に、側近は追撃を仕掛けた。
「国内で上演するだけならと皆が諦めて放置していたところ、たまたま帝国の皇太子夫妻がお忍びで来られまして」
「……え……?」
「見てしまいました……『~運命~』の方を」
「ひい~っ!!」
王子は真っ青になった。普段から劇で演じているので、顔色を変えるのは得意だ。
「こっ、皇太子夫妻は、なんと……?」
絞り出すような声で側近に尋ねる。
「皇太子殿下は『何を見せられているんだ』と、途中で退席されました」
「ひいいい~~~っ!!!」
「しかし妃殿下は劇の最後までご覧になり、グッズ販売コーナーで『厚いパンフレット』と『薄いパンフレット』の両方をお買い求めになったので、大きな問題にはなっていません」
「……それは本当に大きな問題になっていないのか?」
「このような状況が続けば、わが国は『帝国の皇族が途中退席する劇の国』という評判が広まってしまいます。妃殿下の反応は良かったですが、皇太子殿下からは見放されていてもおかしくありません」
「なんてことだ……なんというものを……」
王子は椅子から崩れ落ちそうになっている。普段のラブコメでは見られない表情なので、貴重だ。
「さらに」
「まだあるのか!?」
側近は報告書をめくって最後の一枚に目をやる。
「わが国でも根強い人気を誇る『ざまぁ系』の劇ですが」
「ああ……あれも『悪役』が必要な劇だったか。代役は立てているのか?」
「ええ、先ほども申しました『敵対後に味方になる役令嬢』が演じてくれているのですが……、『ざまぁ系』のファンは、しっかりした『ざまぁ』を望んでいる方が多いのです」
「そういう話は、ロロロローズ嬢からも聞いたことがあるな」
「『敵対後に味方になる役令嬢』が悪役を演じても、最後に味方となる展開で終わります。ですからアンケートでは『ぬるい』『消化不良』『どうしてそいつが許されるのか』などといった批判が大量に書かれているのです」
「ファンには物足りないのか……!」
「悪代官がのうのうと生きて幸せになっていると、モヤモヤするのでしょうね」
「ましてや大行列を作っているのだからな……」
「最近では、アンケートだけでは収まらなくなってきました」
やや静かな口調になった側近に、王子が目を向ける。
側近は、報告書の下の方を見ながら話を続けた。
「『ざまぁ』成分が足りずにモヤモヤしていたファンは、『悪役令嬢』であるロロロローズ様を国外へ出すきっかけとなった殿下に矛先を向けています」
「何だと?」
「いなくなったロロロローズ様の代わりに、殿下を『悪役王子』に転職させよと、署名活動を始めました」
「はあ!? 私がっ、『悪役王子』だと!?」
机を叩きながら王子が立ち上がった。
こういうさりげない動作にも日頃の演技が活きている。
「すぐに落ち着くかと思いきや、意外にも多くの署名が集まっております。国王陛下も無視できない数になりつつあると」
「ふざけるな! 私は『ヒーロー役王子』だ! そんな真逆の存在など、なれるはずがないっ!」
「ちなみに王子妃殿下を『悪役王子妃』に転職させることを求める署名も集まっています」
「彼女は『ヒロイン役』だ!! 断じて認めない!!」
その時、国王から遣わされた演出家が王子のもとにやってきた。分厚い紙の束を手にしている。
頬をかきながら、演出家は軽い調子で話し始めた。
「あ、殿下? 話は聞いていると思いますが、署名が集まりました。ええと、ここにあるのも、ほんの一部なんですけどね」
王子の顔が青ざめる。
「決まりましたよ、殿下! 『悪役王子』です。悪役に転職しましょう! わくわくするなあ! 今までうまくいかなかったアレもコレも、悪役さえいればきれいにまとまります! 殿下、頑張りましょうね!」
「ま、待て! 私はヒーロー役しかやらない! 転職などしない! 他に向いている者がいるだろう! そいつに転職させろ!」
楽しそうな様子の演出家に王子がすがりつくが、演出家はキョトンとして、首を振る。
「でも、国王陛下の決定なので、僕には変更できません」
「そんな……」
「いや~よかったな~! 『ももたろう』でカップルが八組も九組も成立した時はどうなることかと思ったけど、これで軌道修正できるぞ!」
「八組? 九組? いったい何と何が……」
「殿下は鬼役になっても、『おじいさんの芝刈り機』役とくっつかないでくださいね?」
「芝刈り機……!?」
「さあ! 行きましょう殿下! 『悪役王子』として、まずは表情づくりから始めていきましょう~!」
「いっ、嫌だあ! 私はやらない! ロロロローズを、ロロロローズを呼び戻せ!!」
「わお! イイ表情ですよ殿下! 『ざまぁ』されてる感じが出ていて、とってもお上手です! これならすぐにでも、正規の『さるかに合戦』が上演できそうですね!」
「嫌だ~~~~!!! 私はヒーロー役なんだ~~~!! ずっとラブコメをやるんだ~~~!! 助けて~~~~!!!!」
『ヒーロー役王子』改め『悪役王子』の悲鳴が王宮に轟いた。
少し時間をおいて、『ヒロイン役王子妃』改め『悪役王子妃』の悲鳴も聞こえた。
彼らはこれから『男性同士カップルの当て馬役令嬢』『モブ役令嬢』『壁・天井・家具役令嬢』の連合軍と、静かに戦っていくことになる。




