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第四話 風邪をひくのも、悪くないかな

「朝よりひどいんじゃない、顔が赤いけれど大丈夫?」

 大丈夫ではありませんよ。

 布団に突っ伏してせきをしている、わたしの姿を見れば一目瞭然でしょ。


 朝には「コホ、コホ……」程度だったわたしのせきですが。

 半日たった今では「ゴホ、ゴホ!」になっています。

 俗に言う、症状の悪化というやつですね。


 季節の変わり目にひく、ただの風邪だというのに。

 熱が上がったことによる寒気と、だんだんひどくなるせきのダブルパンチ。

 学校へ行くどころではなく、朝から寝込んでいるわたしとしては。

 どうか、今がピークで。

 これ以上は症状が悪化しないように、願うばかりです。




 不覚にも、風邪をひいてしまった原因は。

 自業自得だと言われても仕方のない、わたしのミスなんです。


 短かかった秋が終わり、今夜からぐっと寒くなりそうだ。

 おとといの朝、テレビの天気予報でそう言っているのを聞いたわたしは。

 学校へ行く前に、石田家の冬用布団を押入れから引っ張り出して。

 ベランダというベランダをフルに活用して、天日干しをしたんです。


 ぽかぽかな日差しを一日中浴びて、ふかふかになったお布団を。

 学校から帰ってから、交換したところまでは良かったのですが。

 自分のお布団を干していないことに気づいたときには、すでに後の祭り。

 間の悪いことに、夜になると寒さがぐっと増して。

 薄い春秋用のお布団にくるまって、震えながら寒い一夜を過ごした結果。

 みごとに、風邪をひいていたんです。




「ゆっくり休むんだね、あゆみが思っているよりかなりの重症だと思うよ」

 でしょうね。

 のんびり屋の良太さんが、学校から飛んで帰ってきて。

 わたしが寝込んでいるお部屋に、お見舞いにきてくれるほどですから。

 そしてわたしは、声をかけてもらっているのに起き上がることもできずに。

 お布団から、目だけ出している始末ですから。


 ちなみに、お見舞いといってもわたしのお部屋にではありません。

 トラウマになっている隣の家に、良太さんは来ませんからね。

 では、わたしはどこで寝ているのか?


 わたしが朝食の支度に来ないので、心配したお母さまは。

 携帯電話に電話をくれて、風邪声のわたしとこんな会話をしたんです。

「今日は学校を休みなさい、あたしが連絡しておくから」

「ありがとうございます」

「うちのことはいいから、ちゃんと寝ていなくちゃだめよ」

「お姉ちゃんたちにうつすとまずいから、自分の部屋で大人しく寝ています」

「隣の家は昼間に誰もいないでしょ、うちで寝ていなさい」

 そう言われたわたしは。

 昨日の夜から良太さんのお部屋の隣、三階の寝室に寝かされているんです。


「わたしは、何度もお断りしたのよ」

「分かっているよ、どうせ母さんが強引に来させたんだろ」

「人がいないというなら、良太さんのおうちだって同じことだと思いますし」

 むしろ、隣の家には蝶野さんの家から通っているお手伝いの山下さんが。

 毎日、九時から五時まではいてくれますから。

「その後、お母さまが会社を休むと言い出して」

「僕が入院したときは、そんなそぶりなんか少しも見せなかったくせに」

「一人でも大丈夫だからと、止めるのが大変だったわ」




「それじゃあ、行ってくるよ」

「どこへ行くの?」

「隣の家へあゆみの着替えを取りに、だよ」

 良太さんが、トラウマになっている隣の家に行ってくれようとするなんて。

 わたしの風邪って、それほど重症なのかしら。

 でも、良太さんの心遣いはありがたいのですが。

 パジャマだけじゃなく、下着だって必要なんですよ。

「着替えは、お姉ちゃんが会社から帰ってきたら持ってきてもらうわ」

「そ……、そう?」

 隣の家に行かなくてもいいからって、あからさまにほっとしているわね。




 二階に行っていた良太さんが戻ってくると。

「卵がゆだよ、作ったのは母さんで僕は温めただけだけれど」

 温めただけって……。

 卵をとき入れてあるし、ネギも刻んでくれたでしょ。

 梅干しだって添えてあるわ。

「ありがとう」

「母さんが言っていたよ、少しでも食べるようにって」

「お昼は食欲がなかったので抜いたけれど、今なら食べられそう」


 ちびちびと、おかゆを口に運びながら。

「みなさんのお食事は?」

「父さんと母さんは、外で食べてくると言っていたな」

「良太さんはどうするの?」

「もうすぐ三人娘が帰ってくるから、出前を取るんだ」

 自分で作ろうとはこれっぽっちも思わないのね、お姉ちゃんたちったら。


「お風呂のお掃除は?」

「しないよ、お風呂には入らないもの」

「お風呂に入らないつもり?」

「僕一人だもん、風呂洗いが面倒だから一日ぐらい入らなくてもいいだろ」

「一人?」

「父さんと母さんは、今夜は食事の後はホテルに泊まるんだって」

 ふうん、わたしと良太さんを二人きりにして自分たちはデートですか。


 それにしても良太さんったら、何だかうれしそうね。

 お母さまがいないから好き勝手にできるのが、そんなにうれしいのかしら。

「親としてどうなんだろうね、あゆみが寝ているっていうのに」

 一人だからお風呂に入らないと言う良太さんこそ、息子としてどうかしら。


「夕食のお片付けは、誰が?」

「言っただろ、出前を取るって」

「出前だって器を洗ったり、お箸やコップも使うでしょ」

「さすがに、それぐらいは僕が洗うよ」

「お姉ちゃんたちに任せればいいのに」

「食後の三人娘だよ、酔っぱらっていて使いものにならないだろ」

 さすがに良太さんでも、その程度は理解しているのね。

 それにしても。

 お姉ちゃんたちが食べ散らかしたリビングを、良太さんが片付けるなんて。

 さらに、申し訳なく感じちゃう。




 翌朝、登校前にわたしのいる寝室に顔を出した良太さんは。

 ベッドから起き上がろうとしている、わたしを見ると。

「熱は下がったといっても、まだ寝ていないとだめだよ」

「せきもおさまってきてほとんど平熱だもの、寝てなんていられません」

「どうしてさ?」

「お母さまが帰ってくる前に、家の中を片付けておかないと」

「心配しなくても、片付けなら昨日のうちに済ませたから」

 はっきり言わせてもらいましょう。

 片付けたといっても。

 酔っ払っていたお姉ちゃんたちは、ほぼ戦力にならなかったんですよね。

 良太さんが一人で片付けたなら、それはそれで心配なんですよ。

「ちゃんと片付いていないと、良太さんが怒られるんですよ」

 本来、怒られるべきはお姉ちゃんたちでしょうが。

「あゆみにやらせたと母さんに知られたら、かえって僕が怒られるよ」

「でも……」

「とにかく、ゆっくり寝ているんだね」




 放課後、今日も飛んで帰ってきてくれた良太さん。

「どう、具合は?」

「今朝よりさらに良くなっているわ、明日には完治していそう」

「そうか、顔色も普段と変わらないものね」

 やっぱり、内緒にしておきましょ。 

 ちゃんと片付けたと言ってはいたけれど、心配だったので。

 良太さんがいない間に、確認のために家の中を見て回ったことは。

 そして、思っていたとおり「ちゃんと」は片付いていなかったので。

 改めて、わたしが片付けておいたことは。




 しばらくすると、隣の家で家事をしている山下さんから電話が。

「あゆみさんのお友達が、プリントを持ってきてくれたけれど」

 下校時刻ですものね、でも誰かしら。

 それに、プリントなら学校のホームページから見られるから。

 わざわざ持ってくる必要はないのに、どうして。

「すみません、こちらに来るように伝えていただきますか?」


「山下さんから、何の連絡だったの?」

「お友達がお見舞いに来たって、インターフォンが鳴ったら出てくれない?」

 そう頼んだ途端、インターフォンが鳴り。

 迎えに行ってくれた良太さんを先頭に、寝室へぞろぞろと入ってきたのは。

 同じクラスの八嶋由紀やじま ゆきちゃんと、坂本裕美さかもと ひろみちゃん。

「風邪はどう、あゆみちゃん」

「二日も休んだから、心配していたのよ」

「昨日に比べればだいぶ良くなったわ、週明けには学校へ行けるかな」

「良かった」

「でも、まだ声が少し変みたいね」

 良太さんが寝室を出ていくのを、見計らっていたかのように。

 二人から、矢のような質問が。

「どうして、自分のお部屋じゃなく石田先輩の家で寝ているの?」

「まさか、いつもこの家で?」

「良太さんのお母さまから、治るまでこっちで寝ていなさいって言われて」

「ふうん、石田先輩のお母さんが」

「でも、隣にはあゆみちゃんのお姉さんも住んでいるんでしょ」

「お勤めしているもの、昼間はいないのよ」

 それを言うなら、この家だって同じことだけれど。

 何なら、山下さんがいる分だけ隣の方がましだと思いますが。

「にぶいわね、息子の婚約者を一人で寝かせておけないんでしょ」

「そうか、未来のおしゅうとめさんとしては心配なのね」


「それで、石田先輩のお部屋はどこなの?」

「出ていったけれど、すぐ戻ってくるのよね」

 そうか、お見舞いにかこつけて良太さんを見に来たのね。

「良太さんのお部屋なら、階段を挟んで隣です」

「隣っ!」

「婚約しているとはいえ、若い男女が隣のお部屋で寝ているなんて」

「わたしのお部屋だって、良太さんのお部屋の隣だもの」

 そう言った途端、二人とも目を輝かせているわ。


 ドアがノックされたと思ったら、良太さんが入ってきて。

 手にしたお盆には、紅茶とケーキが。

「どうしたの、ケーキなんて」

「お客様だからどうぞって、山下さんが持ってきてくれたんだ」

「山下さんは、わざわざケーキを買いに行ってくれたの?」

「三人娘のデザートに買っておいた分だから、気にしなくていいよって」

「じゃあ、紅茶も山下さんが入れてくれたのね」

「紅茶がどこにあるかなんて、僕は知らないもの」

 でしょうね。

 良太さんが頑張ってくれたのかと思ったのに、ちょっぴり残念。


 そんな会話は、由紀ちゃんと裕美ちゃんには聞こえていないらしく。

 話の途中だった、隣の部屋に寝ている問題だけではなく。

 良太さんがお茶とお菓子を持ってきたことに、興奮しているわ。

「ねえ聞いた、あゆみですって」

「婚約者だもの」

「お茶を持ってきてくれるなんて、石田先輩って優しいのね」

「学校で見かける姿とは、大違いよね」

「ちょっとぶっきらぼうで、女子に興味はなさそうなのに」

「興味があるのは、あゆみちゃんだけなんでしょ」

「クラスの男子より、だんぜん大人って感じ」

 あの……、わたしだけじゃなく良太さんにも丸聞こえなんですけれど。


 さすがに、興味津々な二人の視線に居づらくなったのか。

「じゃあ、僕は自分の部屋にいるから用があったら呼んでね」

「え~っ!」

「もう行っちゃうんですか、石田先輩」

 露骨に残念がっている二人に。

「風邪をうつされたらたまらないからね、君たちも早く帰った方がいいよ」

 良太さんたら、言い方っ!


「せっかく、石田先輩とおしゃべりできると思ったのに」

「学校で見る制服姿だけじゃなく、私服姿もかっこいいわね」

「良太さんは、わたしたちがわちゃわちゃしているのが苦手なんですよ」

 中学二年生の男子、ですもの。

「石田先輩って、女子が苦手なの?」

「学校にいるとき以外は、いつもあゆみちゃんと一緒にいるんでしょ?」

 わたしは、わちゃわちゃしていませんから。

「女子ではなく、わちゃわちゃしている女子が苦手なんです」

 そんなことより。

 せっかくお見舞いに来てもらったのに、悪いですが。

 良太さんの言うとおり、あなたたちは早く帰った方がいいのでは?



 一時間ほどして、由紀ちゃんと裕美ちゃんが帰ると。

 ふう……、何だか疲れちゃった。

 それでも、由紀ちゃんと裕美ちゃんに良太さんを自慢できたし。

 

 いつもなら、お手伝いなどまったくしない良太さんなのに。

 思っていたよりも家事をしてくれたのは、うれしかったな。

 洗濯物を取り込んだだけでなく、たたんでくれたし。

 わたしのおかゆや。

 由紀ちゃんと裕美ちゃんへの、ケーキやお茶だって用意してくれたし。

 おうちの片付けだって、それなりに頑張ってくれたもの。

 これなら、結婚した後や赤ちゃんができてからも安心ね。


 そう考えると。

 たまには季節外れの風邪をひいてみるのも、悪くないかな。




Copyright 2026 後落 超


「くまさんの春から 3rd season」は全二十四話。

 毎週、木曜日~金曜日の十六時五分に投稿予定です。


 この作品は、「くまさんの春から」「くまさんの春から 2nd season」の続編ですので。

 よろしければ、「くまさんの春から」「くまさんの春から 2nd season」をお読みいただいてから読まれることをお勧めします。


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