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第三話 母を訪ねて 後編

 翌日は、いよいよお引っ越しの本番です。


 家具や家電などの大きな荷物こそ、引っ越し業者に任せたけれど。

 わが家の現有戦力は六人で、その役割分担は。

 良太さんとお父さまは、日用品や小物の入った段ボールの箱を運ぶ担当。

 朝から張り切って、実家と新居の間を忙しく往復しています。

 お父さんとお母さんは、引っ越し先にいて。

 運び込まれた荷物の置き場所を指示したり、整理をする担当です。

 わたしとお姉ちゃんは実家にいて、後片付けとお掃除を担当。

 とはいえ、お姉ちゃんはまだ二日酔いが残っているようで。

 げんなりとした顔をしていますから、実質的な戦力はわたし一人ですね。


 荷物が減っていく実家でお掃除をしながら、昨日のことを話していると。

「ホテルまで抱かれて帰ったんか、ウチが?」

「誰も抱かれてなんて言っていないでしょ、勝手に脚色しないでちょうだい」

「脚色もなんも、ウチはなんも覚えてへんさかい」

 はあ……、お姉ちゃんにも困ったものね。

 あれだけの大騒ぎだったのに、覚えていないなんて。

「お父さまと良太さんを呼んで大変だったんだから、後でちゃんと謝ってね」

「大家さんを呼ぶくらいなら、なんでウチを起こさへんのや」

「起こして起きるくらいなら、お父さまを呼んでいないわよ」

「これっぽっちも覚えてへん……、痛恨の極みや」

 痛恨なのは何も覚えていないこと、ではないでしょ。

 酔って寝ちゃって、みんなに迷惑をかけたことよ。

「せっかく、大家さんの腕に抱かれたっちゅうに」

 しかも、痛恨ってそっち?

「だから抱かれてなんて言っていないし、お父さまにでもないわよ」

 この状況で希望に満ちあふれた想像ができるなんて、すごいわね。


 そんなとき、次の荷物を取りにきた良太さんが。

「気楽でいいね、向こうはてんてこ舞いなのにおしゃべりなんかして」

 良太さんの言葉が、珍しく胸に突き刺さるわね。

「あゆみに聞いたんやけど、昨日はウチを抱いて運んでくれたんやて?」

 だから、抱かれてじゃないって言っているでしょ。

「僕が鹿山さんを抱いて運んだって、どう話したらそうなるのさ」

 そんな顔でわたしを見ないで、お姉ちゃんが勝手に妄想しているだけです。

「何がどうちゃうねん、分かるようにきちんと説明しいや」

「抱かれてじゃなくて、おんぶされていたんだよ」

「なんやそら」

「それに、運んだのは僕じゃなくて父さんが連れてきた会社の人にだよ」

「おんぶ、しかも大家さんやのうて知らん男に……」

 ようやく事実を知ることとなった、お姉ちゃんの表情ったらないわね。

「なんちゅうこっちゃ、二度とあるか分からん絶好のチャンスやったのに」

 まるで、奈落の底に突き落とされたような顔をしちゃって。

 いくらなんでも、がっかりし過ぎでしょ。




 実家のお掃除が終わってから、お姉ちゃんと新居に行くと。

 引っ越し業者は、仕事を終えて帰ったみたい。

 家具や家電など、大きなものは指定の場所に置いてあるけれど。

 まだお引っ越しの真っ最中って感じで、みんなが忙しそうにしている。

 リビングに積まれている、段ボールを持ち上げようとしたわたしに。

「それはあゆみちゃんには重いだろ、良太にやらせるから放っておきな」

「大丈夫です、わたしも少しはお役に立たないと」

 汗を拭きながら、リビングに入ってきた良太さんが。

「力仕事は僕と父さんに任せて、あゆみと鹿山さんは座っていていいよ」

「実家のお引っ越しなのに、傍観しているわけには」

 でも、こういうときって力がないと役に立たないみたいだし。

 何か、わたしにできることはないかしら……。

 そんなことを考えていると、お父さまが。

「いいから鹿山は座っていろ、進む先でうろちょろされると危ないから」

「なんやて、あっ!」

 ガッチャン。

 声をかけられ振り向いたお姉ちゃんは、持っていた花瓶を落としちゃった。

「それは片付けておくから、二人はキッチンで片付けの手伝いでも」

 お父さまの口調こそ優しいけれど、ついに体よく追いやられることに。




 わたしとお姉ちゃんが、たいして役に立っていないにもかかわらず。

 特に、お姉ちゃんは役に立つどころかまったくの戦力外でしたが。

 九時に始めたお引っ越しは、予定よりずっと早く終わりそう。

 間違いなく、お父さまと良太さんの奮闘によるところが大よね。

 重いものを運んでいる二人を見ながら、お母さんとお姉ちゃんは。

「やっぱり、こんなときは男手が多いとはかどるわね」

「大家さんがてきぱきしとるんはともかく、良太も大人と変わらん働きやな」

 あの……、大人なのに子供並みの働きもできなかった人に言われても。

 でも、偉そうなことは言えないか。

 わたしの働きぶりも、お姉ちゃんと似たり寄ったりだったものね。


 新居の片付けも、三時を過ぎるころにはあらかた終わったようで。

 みんながリビングに集まってきて、座りながら。

「まだ三時か」

「父さんの予定だと、片付けが終わるのは夜になってからだったよね」

「あゆみの荷物はなかったし、ウチの荷物かて」

「ほとんどが、お父さんとお母さんの荷物だったもの」

「引っ越しを終えたのにまだこないな時間やで、丸々一日余ってもうたがな」

 それを聞いた良太さんは、首に巻いていたタオルで汗を拭きながら。

「良かったじゃない、時間が余ったなら大阪でたっぷり遊べるんだから」

 遊ぶことばかり考えているのね、でも。

 いっぱい働いてくれたご褒美に、明日は好きなだけ遊んでください。

「何はさておき、夕飯やな」

「気が利くね、体を動かしたからおなかがぺこぺこだよ」

「せやろ、ウチもや」

 何を言っているのかしら。

 お姉ちゃんは、体なんてまったく動かしていないくせに。


「引っ越しの慰労会やし、どっかで派手にば~っとやろうやないか」

 お姉ちゃんたら、二日酔いから全快したからってお気楽モードも全開ね。

 昨日の失態に懲りず、また飲むつもりをしているのかしら。




 お姉ちゃんが言っていた、どこぞとは。

 昨日のお店と同様に、近所にある行きつけのお寿司屋さんだったようで。

 奥のお座敷に陣取ると、引っ越し祝いを兼ねた慰労会が始まったの。

「昨日と今日はお疲れさまでした、ありがとう」

「みんなが手伝ってくれたおかげで、引っ越しが無事に終わりました」

 お父さんとお母さんのあいさつが終わると、宴会に。

「あゆみちゃんと良太は、明日は夕方までゆっくり遊ぶといいよ」

 一日あれば、良太さんにいろいろと案内してあげられるわね。

 どこに連れていってあげようかしら、まずは大好きな水族館に……。

「遊ぶといいよって、まるで父さんは一緒じゃないみたいな言い方だね」

「急ぎの仕事が入ったから、会社に行くことになったんでね」

「会社は休みだし、出張先なのに仕事を?」

 もともと、今回の出張だって休日出勤だったでしょ。

「なんや、大家さんはウチが独占しよ思とったのに」

「鹿山さんが父さんを独占するつもりだったって、どうしてさ」

「良太とあゆみは二人でよろしゅうやるやろ、せやからウチと大家さんは」

 昨日はあんな醜態をさらしたから、ばちが当たったのでは?

「出張先なのに、いきなり仕事が入るなんて」

「中島にプログラムを作ってやる約束をしたから、しかたがないんだよ」

「なんで、そないな約束をしてん」

「おまえを運んでもらって、借りができたからに決まっているだろ」

 諦めるのねお姉ちゃん、どう見ても身から出たさびなんだから。

「そんなん、東京に戻ってからでもええやんけ」

「普段は仕事が詰まっているからな、こっちにいる間にするしかないんだよ」

 青菜に塩って、こんなことなのね。

 お姉ちゃんったら、あからさまに意気消沈しているわ。


「夕方に新幹線の改札口に集合しよう、鹿山は良太とあゆみちゃんを頼むよ」

 それって逆です、お父さま。

 わたしたちにお姉ちゃんを任せる、ってことになるんですよ。

「大家さんがおらん上に、またお子様の担当でっか」

 だから、それはむしろわたしのせりふなんですけれど。

 せっかく、良太さんと二人っきりでいられると思ったのにな。

 よりによって、お姉ちゃんのおまけ付きだなんて。


 がっかりしているわたしに、追い打ちをかけるように。

「そうだ、僕は明日の朝食はいらないよ」

「どうして?」

「早朝からあゆみのお父さんと釣りに行くんだ、九時には戻ってくるから」

「わたしのお父さんと、釣りに?」

「うん、僕が誘ったんだよ」

 まさか、さっきたっぷり遊べるって言っていたのはこのことですか?

「なして、お父ちゃんと釣りに?」

「引っ越しをしていたときに、釣りの道具があるのを見つけたんだ」

「あゆみががっかりしとるで、わざわざ釣りに行かんでもええやないか」

「でも、父さんが初めて母さんの実家に行ったときのことを思い出してね」

「どないなことがあってん?」

「じいちゃんが父さんとキャッチボールをして、うれしそうにしていたんだ」

「ほう、大家さんが」

「そのときのじいちゃんが楽しそうだったから、僕も父さんのまねごとを」

 そうか、釣りが好きなお父さんだけれど。

 わたしやお姉ちゃんが一緒に行ってあげたことは、ほとんどないものね。


「すまんなあゆみ、良太君を借りるぞ」

「ううん、楽しんできてね」

 それを聞いていたお母さんも。

「うちは女の子が二人でしょ、昔からお父さんは男の子と遊びたがっていて」

「じいちゃんもそうだったって聞いたから、僕も誘ったんです」

「良太君は優しいのね、夏樹よりよっぽどしっかりしているし」

 婚約者が親から褒められているのって、うれしいものね。

 姉が物差しにされているのは、ちょっと情けないけれど。


「明日の釣りは、どこへ行くの?」

「確か、深日港ふけこうってところだよ」

「深日港か、ちょっと遠いわね」

「お父さんが、四時に車でホテルまで迎えにきてくれるってさ」

「何を釣るの?」

「アジを釣るんだ、アオリイカを釣りたいけれど道具を持ってきていないし」

 お引っ越しの手伝いに来て、まさか釣りをするとは思わないものね。


 料理をもりもりと食べている良太さんを見ながら、お父さんとお母さんは。

「男の子って、いっぱい食べるのね」

「握り寿司を食べ終わる勢いだぞ」

 お酒を飲んでいる人が多いからか、お刺身や焼き物に天ぷらは人気でも。

 二つ置かれている大きな寿司おけの、握り寿司に手をつけているのは。

 わたしと良太さんぐらいなのに。

「ねぎとろ巻きでも頼んであげましょうか」

「せっかく大阪に来ているんだ、やっぱり箱寿司だろ」

 二人とも、良太さんをもっと好きになってくれたのはうれしいけれど。

 お父さまのことだもの。

 これを見越して、お引っ越しの手伝いに行くようにって言ってくれたのね。




 良太さんとお父さんが釣りから帰ってきたのは、予定を過ぎた十時ごろ。

 帰りの新幹線は三時だから、水族館へ連れていくには時間が足りないし。

 通天閣や道頓堀で遊んでから、ご飯を食べることにしたの。




「これ、後で見てね」

 新大阪駅へお見送りに来てくれた、お母さんに渡したのは。

 お姉ちゃんとわたしの写真を中心にまとめた、一冊のアルバム。

 帰省する前の晩に、遅くまでこれをまとめていたから。

 行きの新幹線で、つい寝ちゃったのよね。

「わたしたちが元気に暮らしている、普段の様子を見てほしくて」

「あなたたちの顔を見れば、元気にしているのは分かっているわよ」

 そう言いながらも、そっと涙を拭っているお母さん。

 ごめんね、そしてありがとう……。


 手を振る両親をホームに残し、走り出した新幹線。

「元気がないね、やっぱりお母さんと別れるのがつらい?」

「違うの、前は良太さんが乗った新幹線が離れていくのを見送ったでしょ」

「ああ」

「なのに、今日は一緒に乗っているのがうれしくて」

「来年の夏休みには二人であゆみの実家を訪ねようよ、一週間ぐらい」

「ほんと?」

「ああ、三時間もあれば来られるんだから」

「実家を訪ねるだなんて、結婚しているような気分になるわ」

 今では、良太さんの家がわたしの居場所なんだもの。


 そんな感傷に浸っていたわたしですが、今回の騒動は。

 この先に待つ、とんでもないできごとの序章にすぎなかったなんて……。




Copyright 2026 後落 超


「くまさんの春から 3rd season」は全二十四話。

 毎週、木曜日~金曜日の十六時五分に投稿予定です。


 この作品は、「くまさんの春から」「くまさんの春から 2nd season」の続編ですので。

 よろしければ、「くまさんの春から」「くまさんの春から 2nd season」をお読みいただいてから読まれることをお勧めします。


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