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第一話 母を訪ねて 前編

「まだなん、はよせんと遅れてまうで」

 ついに辛抱しきれなくなって、玄関に向かいながらそう声をかけたのは。

 小型のスーツケースを持って、階段を下りようとしているお姉ちゃん。

「もう少し待ってよ、リュックがパンパンで閉まらないんだ」

 自分のお部屋からそう返事をしたのは、良太さん。

「ほんまにしゃあないやっちゃな、もう出発するっちゅうのに何しとんねん」

 だから、あれだけ言ったのに。

 朝になってからだとバタバタするから、昨日のうちに済ませるようにって。

 時間はいくらでもあったでしょうに、今になって慌てているんだもの。

 後で、きちんと言っておかないとだめね。


 ひと仕事終えたって顔をして、やっと下りてきた良太さん。

 何が言いたそうにしているのを、追い立てるように玄関を出ようとすると。

「チケットは誰が持っているの、鹿山さんが?」

「なんでウチが、そないなもんを持っとんねん」

「母さんが預けているのかと思ったからだよ、一応は年上なんだし」

「ウチは知らんで、一緒に住んどる良太が持っとるんとちゃうんか?」

 年下の良太さんから一応なんて言われていることは、スルーしちゃうのね。

「母さんが、そんな大切なものを僕に預けるとでも?」

 さすがに良太さんも、そこは自覚しているのね。

 でも、それって胸を張って言えることではありませんよ。

「そらそやな、ウチでも良太でもないっちゅうことは」

「あゆみが持っているんだよ、母さんなら間違いなくあゆみに預けるさ」

「なんで姉のウチを差し置いて、妹のあゆみに預けんねん」

 お姉ちゃんたら、さっきはスルーしたくせにここはスルーできないの?

 そんなことより、二人とも何を言っているのかしら。

「昨日お母さまが言っていたじゃない、テレビの前に置いておくって」

「そうなの?」

「知らんで、そんなん」

「良太さんとお姉ちゃんも、一緒に聞いていたでしょ」

 やれやれ……。


 チケットを取りに、リビングに行った良太さんですが。

 階段を下りてきたのはいいけれど、チケットしか持っていないし。

「あの、お土産はどうしたの?」

「何のことさ、お土産って」

「お母さまが買ってくれたお土産よ」

「そんなの知らないよ、どこにあるのさ?」

「チケットと一緒に置いておくって、お母さまが言っていたでしょ」

 本当に、何にも聞いちゃいないのね。

「そういえばテレビの横に何か置いてあったかも、もう一度行ってくるよ」

「いいです、わたしが取ってきますから」

「二度手間、三度手間やな」

「得意げな顔をしないで、どうせお姉ちゃんも聞いていなかったんでしょ」


「ふう……」

 まだ出発もしていないのにこれじゃ、この先が思いやられるわね。




 わたしたちが、朝からバタバタとしているわけですか?

 う~ん、どこから話したらいいものかしら。


「ウチ、東京の大学に進学しよ思とんねや」

 大学受験に際して、何を思い立ったのかお姉ちゃんは。

 いきなり両親の前で、東京の大学に進学すると宣言したんです。

「あなたって子は何を言い出すのよ、東京に行って何がしたいの?」

「将来のために、その大学へ行きたいのか?」

 お父さんとお母さんにしてみれば、当然の質問です。

 何かしらの理由なり目的があってこそ、上京したいのだと思いますからね。

 お姉ちゃんのことですから、大志を抱いてとまでは期待しませんが。

 なのに。

「別に、特にこれといった動機はあらへん」

 つまり、ちょっとした気分で東京の大学に進学したいようです。

 あっけらかんとそう答えたお姉ちゃんに、お父さんとお母さんも拍子抜け。

 説得をする気力もうせたようで。

 これといった抵抗もなく、東京の大学を受験したお姉ちゃんは。

 晴れて合格した後は、上京するとともに独り暮らしを始めて。

 卒業後も大阪には戻らずに、東京の会社に就職しちゃいました。

 このころから、お姉ちゃんは行き当たりばったりだったんですよ。


 その上、今年の春からはわたしも良太さんのもとに行きましたので。

 図らずも、お父さんとお母さんは二人暮らしを始めることになったんです。


 そして、お母さんから連絡がきたのがひと月ほど前のこと。

 夫婦二人だけになってみると、一戸建てはやけに広く感じるし。

 一緒に住んでもいない、娘たちの部屋を掃除するのも大変だからと。

 新築のマンションに、買い替えたと言うんです。

 買い替えようかではなく、買い替えたと過去形で。

 お姉ちゃんといいお母さんといい、爆弾発言については遺伝だったのね。

 そんなわたしだって、人のことは言えませんけれど。




「引っ越しは来週末でしょ、姉妹でお手伝いに行ってあげたら?」

「連休なんだから久々の里帰りも兼ねて行ってくるといいよ、良太も連れて」

 お母さまとお父さまからそんな提案をされたのが、先週のこと。


「確かに、月曜日のスポーツの日まで三連休ですけれど」

「なんで、ウチまで行かなあかんの」

「ひとごとみたいに言わないの、自分の実家の引っ越しでしょ」

「あゆみと鹿山さんはともかく、どうして僕まで行かせようとするのさ」

「引っ越しなら男手が必要だろ、あちらの男手はお父さん一人なんだぞ」


 そんなわけで、わたしたち三人は今日から三日間の予定で。

 大阪の実家へ、引っ越しの手伝いに行くことになったんです。

 さっき話していたチケットとは、新幹線の切符で。

 お土産とは、わたしやお姉ちゃんの実家へのお土産だったんです。




「起きてよお姉ちゃんっ、良太さんも早く起きてっ!」

 慌てて二人を揺さぶりながら、荷物を棚から下ろしているわたし。


 東京駅で、お弁当と一緒にビールとおつまみを買い込んだお姉ちゃんは。

 新幹線が発車する前から、一人で盛大に宴会を始めちゃって。

「旅行じゃないのに、そんなにビールを買ってどうするの」

「ビールの二本や三本、ええやんけ」

「何が二本や三本よ、車内販売でも買い足していたじゃない」

 そうなんです。

 東京駅で買ったビールは、新横浜に着く前にはすべて空になっていて。

 空き缶となった今では、ビニール袋に入れられ座席下に置かれています。

「真っ昼間に、二時間半もじっと座っとれっちゅうんか」

「だからって、そんなにお酒を」

 言っているそばから、買い足した缶を開けようとしているし。

「着いたらすぐに、明日のお引っ越しの準備をするのよ」

「ええやんけ、堅いことは言いっこなしで」


 このように、人の言うことをまったく聞こうとせず。

 車内販売で買い足したビールまで、ハイピッチでぐいぐいと飲んだ結果。

 富士山が車窓から見えるころには、酔っ払って爆睡モードに入っています。

 そして、ゲームをしていた良太さんや雑誌を読んでいたわたしも。

 いつの間にか、うとうとしちゃって……。


 で、ふと目を開けると。

 減速した新幹線が、新大阪駅のホームに入る直前なんだもの。

 ですから、わたしは慌てて良太さんとお姉ちゃんを起こしていたんです。




 荷物を手にすると、転がるようにホームへ飛び出したわたしたち。

「危なかったわね」

「ひとごとのように言うて、自分まで寝てもうたからやで」

「よく言えるわね、わたしが目を覚ましたからどうにか降りられたのに」

「何を偉そうに言うとるんや、少しは反省しぃや」

「無責任に爆睡していたのは誰よ、お姉ちゃんは年上なんだし引率者てしょ」

「二人とも人が見ているよ、降りられたんだからもういいじゃない」

 良太さんに、諭されるなんて……。


「なんしか駅を出よやないか、切符を渡し」

 そう言われて、きょとんとしている良太さん。

「改札を通るんやから、切符を渡し言うとんねん」

「あのねえ、僕はいきなり起こされて飛び降りたんだよ」

「やったら、切符は」

「窓のところに置いておいたから、あゆみが持ってきているんじゃ?」

「どっ、どうしてわたしが」

「忘れてきたっちゅうんか、切符ものうてウチらどないすんねん」


 お姉ちゃんや良太さんと違って、トラブルに慣れていないわたしですが。

 混乱しながらも駅務室に行き、駅員さんに事情を話して。

 わたしたちが降りた車内で、忘れ物を確認してもらうようお願いをして。

 置きっぱなしになっていた切符が見つかったことで、どうにか無罪放免。


 良太さんとわたしが駅務室を出た後も。

 駅員さんから、たっぷりと油を搾られていたお姉ちゃんですが。

 疲れきった顔をして、駅務室から出てくると。

「ウチだけ説教されるて、どないなっとんねん」

「しょうがないよ、とりあえず大人は鹿山さんだけなんだもん」

 お姉ちゃん、怒るべきポイントは一人で油を搾られたことじゃないでしょ。

 しょうがないとか、とりあえずとかって言われているのよ。

「にしても、ウチは切符の置き忘れにはこれっぽっちも関与してへんのに」


「ここでこんなことをしていてもしょうがないから、行きましょ」

「まったく、いらん足止めをされてもうた」

「乗り換えは、どの電車に?」

 言いたくはないけれど、まだ新幹線を降りただけなのに。

 三人が三人とも、精神的にぐったりとしています。

 こんなトラブルは、まだまだ序の口だったのにね。




「ただいま」

「帰ったで、お母ちゃん」

 懐かしいな、久しぶりの実家。

 あっ!

 わたしの中では、ここはもうわが家じゃなくて実家という意識のね。

 東京で、いろいろあったからかしら。

 たった半年しかたっていないのに、何年も来ていなかったみたいに感じる。


 玄関に出てきたお母さんは、わたしを見るなり泣き出しちゃうし。

 後ろにいるお父さんも、何ともいえない表情でわたしを見ている。

 そうか、お父さんとお母さんにしてみれば。

 末の娘が結婚してから初めての里帰り、みたいなものかしら。

 だったら、そんな顔をしているのも無理はないわよね。


「なんやお母ちゃん、あゆみを見るなり泣きだして」

「だって、あゆみと会うのは久しぶりだもの」

「久しぶりて、婚約の会でも会うたやろ」

「この家で会うのとは違うでしょ」

「どうちゃうっちゅうねん」

「この家であゆみを迎えるのは、これが最後なのよ」

「やったら、売らんでよかったんとちゃう」

 それを言い出したら、話がややこしくなるでしょ。

「ウチが上京したときや帰省して会うたときは、ひとつも泣かなんだくせに」

「あなたは大学生だったでしょ、あゆみはこんなに小さいのに一人で東京に」

「ウチが一緒におるんやで」

 お母さんにすれば、それが心配なんじゃないかしら。

「良太もおるし、課長や大家さんかておるんやさかい」

 それを先に言えば、お母さんだって安心するのに。


「こんにちは、お久しぶりです」

「ありがとう良太君、わざわざ手伝いに来てくれて」

「体力には自信がありますから、どんなことでも言いつけてください」

「まあ、頼もしいわね」

 とりあえず、あいさつはできた良太さんですが。

 せっかくのお土産を渡すのを、忘れていますよ。

「さんざん暇しとる中学生に、礼など言わんでも」

「だって、わざわざ東京から来てくれたんだもの」

「良太にとっては未来の妻の、実家の引っ越しなんやで」

「それでも、お礼を言うのは当然でしょ」


 昨日から、大阪に出張中で。

 夕方に合流する、お仕事中のお父さまを除いた全員がそろったところで。

 今日のうちに、できることを済ませておくことになったの。

 まずは、リビングで小物の荷作りを始めたんだけれど。

 五分もすると、早くも手を止めて文句を言っているお姉ちゃん。

「なんぼ大家さんに言われたからいうても、なんでウチが来なあかんねん」

 ここまで来ておいて、文句を言うことはないでしょ。

「あなたたちの荷物があるからよ、だから良太君のお母さんにお願いしたの」

「なんや、お母ちゃんが課長に言うたから大家さんがあないに」

 お母さまに言われたからではなく、お父さまに言われたから来たってこと?


「ここが終わったら、自分の部屋でいらないものを処分しなさい」

「ウチはないで、いらんもんは」

「倉庫代りに必要のない荷物を置いているでしょ、それを処分するの」

「たいした量やないし、置いておいてもええやろ」

「一戸建てからマンションに移るのよ、不要なものは処分してちょうだい」

「なんや、けちくさ」

「文句を言うなら、あなたのものは全部捨てるわよ」




Copyright 2026 後落 超


「くまさんの春から 3rd season」は全二十四話。

 毎週、木曜日~金曜日の十六時五分に投稿予定です。


 この作品は、「くまさんの春から」「くまさんの春から 2nd season」の続編ですので。

 よろしければ、「くまさんの春から」「くまさんの春から 2nd season」をお読みいただいてから読まれることをお勧めします。


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