第9話 突破口
翌日の放課後。倉庫の空気は、昨日よりも少しだけ“焦り”が混じっていた。
黒江斎がスポンサー2件目で失敗したこと。
南条工業の“天才1年”三枝の実力を目の当たりにしたこと。
そして、白峰理久――俺が、素材の壁にぶつかっていること。
全部が重なって、空気が少しだけ重かった。
「……で、白峰くん。今日は何かわかった?」
黒江がホワイトボードの前で腕を組む。
「わかったっていうか……“わかりかけた”って感じ」
俺はノートパソコンを閉じた。
「曖昧ね」
「曖昧だけど、昨日よりは前に進んだ」
雨宮柊が椅子に座りながら言った。
「白峰くん、昨日“存在しない”って言ってた素材の話ですよね?」
「存在しないけど、“組み合わせ”なら可能性がある」
「組み合わせ?」
黒江が眉を上げる。
「アルミ合金のフレームに、部分的に補強材を入れる。
全部を高い素材にするんじゃなくて、“必要なところだけ強くする”」
「なるほど……」
雨宮が頷く。
「つまり、全部を完璧にしようとするんじゃなくて、
“壊れやすいところだけ守る”ってこと?」
「そう。車体って、全部が均等に負荷を受けるわけじゃない。
曲がるところ、ねじれるところ、衝撃が来るところ。
そこだけ補強すれば、軽さも強度も両立できる」
「それ、できるの?」
黒江が聞く。
「できるかどうかは……やってみないとわからん」
「出た、理系の“やってみないとわからん”」
黒江は呆れたように笑った。
「でも、昨日よりは希望あるよね」
雨宮が言う。
「まあな。昨日は“詰んだ”と思ってたし」
俺が言うと、黒江がスマホを取り出した。
「じゃあ、私はスポンサー探しの3件目行ってくる」
「どこ?」
雨宮が聞く。
「文房具屋」
「文房具屋?」
俺は思わず聞き返した。
「工具は無理でも、作業用の備品とかなら協力してくれるかもしれないでしょ。
あと、店主のおばあちゃんが優しいって噂」
「噂で行くのかよ」
「噂は大事よ。情報源だから」
黒江はスマホを握りしめ、倉庫を出ていった。
残された俺と雨宮は、作業台に向き合った。
「……白峰くん、昨日の三枝さんのこと、気にしてます?」
雨宮が突然聞いてきた。
「気にしてないって言ったら嘘になるけど……」
俺は工具箱を開けながら言った。
雨宮はスマホを見ながら続けた。
「でも、南条工業……ちょっと気になる噂があって」
「噂?」
「はい。三枝さん、今年から“特別枠”で入学したらしいです」
「特別枠?」
俺は手を止めた。
「詳しくはわからないですけど……
“学校側がスカウトした”って話があるみたいで」
「スカウトって……高校で?」
「工業高校って、たまにあるらしいですよ。
大会で実績出すと、学校の評価が上がるから」
「なるほどな……」
つまり、南条工業は“勝つための体制”が整っているということだ。
「でも、僕は……」
雨宮は少しだけ笑った。
「そういう学校より、こっちのほうが好きですけどね」
「なんでだよ」
「自由だから。
“勝つために集められた人”じゃなくて、
“たまたま集まった人”が頑張るほうが、面白いじゃないですか」
「……お前、たまにいいこと言うな」
「たまに、ですか?」
「たまにだよ」
そんな話をしていると、倉庫のドアが勢いよく開いた。
「ただいま」
黒江が戻ってきた。
手には紙袋。
「どうだった?」
俺が聞くと、黒江は紙袋を掲げた。
「成功。スポンサー2件目、ゲット」
「マジで?」
俺と雨宮が同時に声を上げた。
「文房具屋のおばあちゃん、めっちゃ優しかった。
“若い子が頑張るのはいいことだよ”って言って、
作業用の文具と、ちょっとした資金までくれた」
「すごい……」
雨宮が感心する。
「ただし条件があるって」
「条件?」
俺が聞くと、黒江は紙袋から小さなメモを取り出した。
「“大会に出たら、必ず結果を報告しに来ること”」
「……かわいい条件だな」
俺は笑った。
「でしょ? だから絶対行くわよ。
結果がどうであれ、胸張って報告する」
「黒江さん、なんか今日いい感じですね」
雨宮が言う。
「昨日の失敗でちょっと落ち込んだけど……
まあ、立ち直ったわ」
黒江は紙袋を作業台に置き、俺のほうを見た。
「で、白峰くん。素材の件、進んだんでしょ?」
「まあな。
“全部を完璧にするんじゃなくて、必要なところだけ強くする”
これが突破口だと思う」
「いいじゃん。
うちの部活っぽいじゃん。
“全部は無理だけど、できるところからやる”って感じで」
「言い方が雑なんだよ」
俺は苦笑した。
「雑じゃなくて現実的なの」
倉庫の中に、三人の声が響いた。
強豪校の存在。
素材の壁。
スポンサーの失敗と成功。
それでも――
科学部は、確実に前へ進んでいた。




