第7話 スポンサー2件目、壁にぶつかる
放課後の倉庫は、昨日より少しだけ“部活の場所”っぽくなっていた。
ブルーシートの上に作業台。壁にはホワイトボード。
まだ何も作っていないのに、雰囲気だけは前に進んでいる。
「で、白峰くん。どう?」
黒江斎が腕を組んで聞いてきた。
「どうって……」
俺――白峰理久はノートパソコンの画面を指差した。
「フレームの素材、どれ選んでも“何かが足りない”」
「足りないって何が?」
「軽さか、強度か、金」
「最後のは素材じゃなくて現実ね」
黒江はため息をついた。
「でもさ、軽くて強くて安い素材なんて、存在しないんじゃない?」
雨宮柊がプリントをめくりながら言う。
「存在しない。あったら世界が変わってる」
俺は即答した。
「じゃあ、どうするの?」
黒江が眉を上げる。
「知らん。俺が聞きたい」
「ちょっと、理系男子のくせに投げるの早くない?」
「投げてねぇよ。現状を言ってるだけだって」
黒江は舌打ちしそうな顔をしたが、しなかった。
代わりにスマホを取り出し、画面をスクロールする。
「スポンサー2件目、今日こそ取りに行くから」
「どこに?」
雨宮が聞く。
「地元の金物屋。工具扱ってるし、ワンチャンあるでしょ」
「ワンチャンって……」
俺は呆れた。
「いや、こういうのは勢いが大事なの。
“高校生が頑張ってる”ってだけで、意外と話聞いてくれるから」
「黒江さん、そういうとこだけポジティブだよな」
俺が言うと、黒江は肩をすくめた。
「現実的って言ってほしい」
そこへ、雨宮が「あ、これ見てください」とスマホを差し出した。
「南条工業のSNS、更新されてます」
《今年のソーラーカーは“新型フレーム”を採用します》
「新型フレーム……?」
黒江が眉をひそめる。
「去年準優勝のチームが、企業と“アドバイス契約”したらしいです」
雨宮は淡々としている。
「アドバイス契約って……それ、ほぼ共同開発じゃん」
俺は思わず言った。
「規定的にはセーフみたいです」
「セーフかもしれないけど、強すぎない?」
黒江が不満そうだ。
雨宮はさらにスクロールした。
「で、これが一番ヤバいです」
《今年の南条工業のエースは、1年生の三枝》
《中学時代、ロボコン全国優勝》
「全国優勝……?」
黒江が固まる。
「1年でエースって何者だよ」
俺も驚いた。
「たぶん、僕らとは“スタート地点”が違うんでしょうね」
雨宮は妙に冷静だ。
「雨宮、お前さ……そういう言い方、地味に刺さるんだよ」
「え、そうですか?」
雨宮は本気で気づいていない顔をしていた。
「まあいいわ。強豪がいようが関係ない。
うちはうちのやり方でやるだけ」
黒江はスマホを閉じた。
「で、金物屋にはどうやって話すんだ?」
俺が聞くと、黒江は当然のように言った。
「“高校生がソーラーカー作ってます。応援してください”って言うの」
「雑すぎない?」
「雑じゃない。シンプルって言うの」
「いや、雑だろ」
「白峰くん、細かいのよ。だからモテないの」
「モテるとかどうでもいいだろ!」
「どうでもよくないでしょ。スポンサー取るには見た目も武器なんだから」
「武器って言うな」
そんなやり取りをしていると、倉庫のドアがノックされた。
「すみませーん、科学部ってここですか?」
男子二人が顔を出した。
手にはコンビニ袋。
「差し入れです! 応援してます!」
「また来たの?」
黒江が呆れたように言う。
「ほら、注目されてる証拠ですよ」
雨宮が笑う。
袋の中にはエナジードリンクとチョコバーが入っていた。
「……これ、飲んで徹夜か?」
俺が呟くと、黒江が肩をすくめた。
「徹夜はしないけど、やることは山ほどあるわよ」
男子たちが去ったあと、黒江はスマホを握りしめた。
「よし。金物屋、行ってくる」
「今から?」
俺が聞くと、黒江は当然のように言った。
「今から。勢いが大事って言ったでしょ」
「黒江さん、一人で行くの?」
雨宮が心配そうに言う。
「一人のほうが話しやすいの。
あんたら二人連れてったら、相手が緊張するでしょ」
「いや、俺らそんな圧ある?」
「ある。特に白峰くん」
「なんで俺だけ!」
黒江は笑いながら倉庫を出ていった。
残された俺と雨宮は、しばらく無言だった。
「……黒江さん、すごいですね」
雨宮がぽつりと言った。
「すごいっていうか、なんていうか……」
俺は苦笑した。
「でも、ああいう人がいないと、部活って動かないんでしょうね」
「まあ、確かにな」
俺はノートパソコンを開き直した。
「よし。素材の研究、やってみるか」
「僕は規定の“抜け道”探します」
雨宮が言う。
倉庫の中に、二人の作業音が響き始めた。
スポンサーはまだ1件。
設計は壁だらけ。
ライバルは強すぎる。
それでも――止まる気はなかった。
科学部は、確実に前へ進んでいた。




