第5話 最初の壁
放課後の倉庫は、昨日より少しだけ“作業場っぽさ”が出ていた。
掃除しただけなのに、空気が違う。
俺――白峰理久は、ノートパソコンを開いてソーラーカーの設計資料を眺めていた。
「……無理じゃね?」
思わず声が漏れた。
「何が無理なんですか?」
雨宮柊が顔を上げる。
「これ。大会の規定。車体の重量制限、バッテリー容量、パネルの種類……全部ギリギリすぎる」
「ギリギリって、どれくらい?」
黒江斎がスマホをいじりながら聞く。
「例えば、バッテリー。容量が決まってるから、重い車体だと絶対に走り切れない。
でも軽くしすぎると強度が足りない。
で、パネルも高効率のやつは高い。つまり金がかかる」
「金がかかるのは知ってるわよ」
黒江はあっさり言った。
「だからスポンサー探してるんでしょ」
「いや、そうなんだけど……」
俺は画面を指差した。
「これ、普通に考えて“経験者がいる前提”の大会だぞ。
俺らみたいな素人がいきなり出るレベルじゃない」
「素人だからって諦めるの?」
黒江が言った。
「諦めるとは言ってないけど……」
「じゃあやるしかないじゃん」
黒江の言い方は乱暴だが、言ってることは正しい。
「僕、規定をもっと詳しく読んでみたんですけど」
雨宮が手元のプリントを広げた。
「一つ、ちょっとヤバい条件がありました」
「ヤバい条件?」
俺と黒江が同時に顔を上げる。
「はい。これです」
雨宮が指差したのは、大会の“必須条件”の欄だった。
《車体はすべて生徒が製作すること。外部の専門家の協力は禁止》
「……は?」
黒江が固まった。
「つまり、プロの工場とか、技術者の手を借りちゃいけないってことです」
雨宮が淡々と言う。
「いやいやいや、無理でしょそれ」
黒江が頭を抱えた。
「高校生だけで車作れってこと?」
俺も思わず声が大きくなる。
「そういうことですね」
雨宮は落ち着いている。
「いや、落ち着いてる場合じゃないだろ」
俺はノートパソコンを閉じた。
「車だぞ? 車。自転車じゃないんだぞ?」
「でも、他の高校はやってるんですよね?」
雨宮が言う。
「やってるけど……あれは工業高校とか、技術系の部活がある学校だろ。
うちは普通科だぞ。工具もまともにない」
「工具は買えばいいじゃん」
黒江が言う。
「金がないって言ってんだろ」
「だからスポンサー探してるのよ」
黒江はスマホを見せてきた。
「ほら、DM返ってきた」
「え、もう?」
雨宮が驚く。
「どこから?」
俺が聞くと、黒江は画面を見せた。
《地元の自転車ショップ:詳しい話を聞かせてください》
「自転車ショップ?」
俺は眉をひそめた。
「自転車と車は違うぞ」
「でも、軽量化とか、フレームの構造とか、共通点はあるでしょ」
黒江は意外と理屈が通っている。
「それに、スポンサーって“技術提供”じゃなくて“資金提供”だから。
規定には引っかからないわよ」
「……まあ、確かに」
「でしょ? 明日、放課後に話聞きに行くから」
「え、もうアポ取ったの?」
「取ったわよ。スピードが命って言ったでしょ」
黒江の行動力は本当にすごい。
俺と雨宮が考えている間に、もう次の手を打っている。
「じゃあ、俺は設計の勉強続けるわ」
俺はノートを開き直した。
「僕は規定の“抜け道”探します」
雨宮が言う。
「抜け道って……」
「いや、悪い意味じゃなくて。
例えば、パネルの角度調整とか、風の読み方とか。
規定の範囲でできる工夫を探すんです」
「なるほどな」
俺は感心した。
「じゃあ私はスポンサー候補にDM送りまくるから」
黒江がスマホを構える。
「送りまくるって……」
「数撃ちゃ当たるのよ」
黒江は本当に迷いがない。
そのとき、倉庫のドアがノックされた。
「すみませーん、科学部ってここですか?」
昨日の女子たちとは違う、男子二人が顔を出した。
「差し入れです! 応援してます!」
「また来たの?」
雨宮が驚く。
「ほらね。注目は武器」
黒江が言う。
袋の中にはエナジードリンクが入っていた。
「……これ、飲んで徹夜しろってこと?」
俺が呟くと、黒江が笑った。
「徹夜はしないけど、やることは山ほどあるわよ」
倉庫の中に、三人の作業音が響き始めた。
設計の壁。
規定の厳しさ。
資金の問題。
どれも簡単じゃない。
でも、誰も止まろうとはしなかった。
科学部は、確実に前へ進んでいた。




