第45話 本物の走り
土曜日の朝。
倉庫の空気は、いつもより澄んでいた。
昨日までの改良作業で、
冷却問題は“理論上”解決した。
でも――
“本当に走るかどうか”は、
今日のテストで決まる。
「……緊張してる?」
黒江斎が俺――白峰理久の顔を覗き込む。
「そりゃするだろ」
俺は苦笑した。
「今日走らなかったら、
大会に間に合わないかもしれないんだぞ」
「大丈夫よ」
黒江は微笑む。
「だって、
昨日までの私たち、
“挑戦者の顔”してたもの」
「僕も……
今日は走る気がします」
雨宮柊が静かに言った。
その言葉に、
胸の奥が少しだけ軽くなった。
倉庫のシャッターを開けると――
すでに人が集まっていた。
「科学部ー!
今日走るって聞いたぞ!」
「見に来たよー!」
「おにぎり持ってきた!」
「旗も持ってきたぞ!」
商店街の人たちが、
まるで“町の代表選手”を送り出すように集まっていた。
「……なんでこんなに……」
俺は呆然とした。
「決まってるだろ」
喫茶店のマスターが笑う。
「お前らの走りが、
町の元気なんだよ」
黒江が小さく呟いた。
「……泣くわよ、こんなの」
「泣くのは走ってからにしろ」
俺は笑った。
「じゃあ……
いくぞ」
俺は深呼吸した。
「白峰くん、温度計測準備できてます」
雨宮がタブレットを構える。
「配信もスタートしたわ」
黒江がスマホをセットする。
太陽光パネルが光を吸い、
モーターが静かに唸る。
――起動。
「……動いた」
俺は小さく呟いた。
「いけるわよ」
黒江が微笑む。
「温度、安定してます」
雨宮が言う。
「よし……
走るぞ」
エクストリーマーがゆっくりと動き出す。
前よりも軽い。
前よりも滑らか。
前よりも“走る”気配がある。
「……すごい」
雨宮が息を呑む。
「空気の流れ、
ちゃんと抜けてるわ」
黒江が言う。
5分。
10分。
15分。
「温度……
上がらない!」
雨宮が叫んだ。
「本当に……
上がらない!」
黒江も声を上げる。
俺は思わず笑った。
「エクストリーマー……
お前、
やっと“本物”になったんだな……!」
そのとき、
強い風が吹いた。
「白峰くん、気をつけて!」
雨宮が叫ぶ。
「大丈夫よ!」
黒江が言う。
車体が少し揺れる。
でも――
揺れはすぐに収まり、
エクストリーマーは“流れ”に乗った。
「……美しい」
黒江が呟いた。
「美術の先生の“流れ”が……
ここで生きてる……」
「安定してます!」
雨宮が叫ぶ。
俺は胸が震えた。
「……走ってる。
本当に走ってる……!」
30分後。
エクストリーマーは、
最後まで安定して走り切った。
止まった瞬間――
商店街から大きな拍手が起きた。
「すごいぞー!」
「走ったー!」
「科学部ー!」
「エクストリーマー最高!」
黒江が涙を拭った。
「……泣くわよ、こんなの」
「僕も……
泣きそうです……」
雨宮が目を潤ませる。
俺は深く息を吸った。
「……ありがとう。
エクストリーマー。
ありがとう、みんな」
そのとき、
倉庫の後ろから声がした。
「……お前ら……
本当に……
よくやったな……」
藤川先生だった。
目が赤い。
「先生……
見てたんですか」
俺が言うと、
「見てたよ。
泣いたよ。
お前らの走りに……」
先生は3人を見渡した。
「今日の走りは、
“挑戦者の走り”だった。
胸を張れ」
黒江のスマホが震えた。
「……南条工業からよ」
『最終テスト成功おめでとう。
動画、見ました。
大会で会えるのを楽しみにしています。
挑戦者同士、最高の走りを。』
雨宮が微笑んだ。
「南条工業……
本当にいい人たちですね」
「いい人たちよ」
黒江が言う。
「でも、
大会では本気で戦うわよ」
「もちろんだ」
俺は深く頷いた。
夕方。
倉庫の前で、
3人はエクストリーマーを見つめていた。
「……走ったな」
俺は言った。
「走ったわよ」
黒江が微笑む。
「はい。
これで……
大会に行けますね」
雨宮が言う。
3人は拳を合わせた。
「大会で、
青春の全部を出し切る」
「走るわよ」
「走りましょう」
科学部は、
最終テスト走行を成功させ、
大会へ向けて本当の意味で走り出した。




