第38話 音が背中を押す
合同試走会まで、あと三日。
倉庫の中には、
いつもとは違う空気が漂っていた。
「……またズレた」
俺――白峰理久は、ステアリングの角度を見て眉をひそめた。
「昨日直したばかりなのに」
雨宮柊がため息をつく。
「複合材の“戻り”が安定してないのよ」
黒江斎が腕を組む。
小さなトラブルが続いていた。
ステアリングのズレ、配線の接触不良、
パネルの固定が甘い箇所――
どれも致命的ではないが、
合同試走会を前にすると不安が募る。
「……間に合うのか、これ」
俺は思わず呟いた。
「間に合わせるしかないでしょ」
黒江が言うが、
その声にも少し焦りが滲んでいた。
雨宮は静かに言った。
「僕……
昨日の涙、無駄にしたくないです」
でも、
焦りは消えなかった。
作業は進む。
でも、トラブルも続く。
「白峰くん、ここ……また浮いてます」
「マジか……」
「黒江さん、配線が……」
「なんでよ……」
倉庫の空気が重くなる。
焦り。
苛立ち。
不安。
3人の間に、
小さな影が落ち始めていた。
「……なんでこんな時に限って」
俺は工具を置いた。
「合同試走会、
南条工業に笑われるかもしれない」
「笑われないわよ」
黒江が言う。
「でも……
悔しいわね」
雨宮は黙っていた。
その沈黙が、逆に苦しかった。
その時、音が聞こえた
倉庫の外から、
ギターの音が聞こえた。
「……え?」
俺は顔を上げた。
続いて、
トランペットの音。
そして、
ドラムのリズム。
「ちょっと来て!」
黒江が扉を開けた。
外には――
軽音部と吹奏楽部が並んでいた。
「科学部ー!
応援に来たぞー!」
軽音部のボーカルが叫ぶ。
「合同試走会、頑張れー!」
吹奏楽部の部長が手を振る。
そして、
軽音部のギターが鳴り始めた。
吹奏楽部の音が重なる。
まるで、
科学部のためだけのライブだった。
「聞いてくれー!
科学部のために作った新曲だー!」
軽音部のボーカルが叫ぶ。
タイトルは――
『走れ、エクストリーマー!』
ギターが走り、
ドラムが跳ね、
トランペットが空気を突き抜ける。
歌詞は、
科学部の挑戦そのものだった。
『泣いた昨日を
今日の力に変えて
走れ、走れ
エクストリーマー』
雨宮が口元を押さえた。
「……これ、
僕たちの……」
「応援ソングよ」
黒江が涙を拭う。
「学校のみんなが、
私たちのために作ってくれたのよ」
俺は胸が熱くなった。
「……なんだよこれ……
泣くに決まってるだろ……」
曲が終わると、
軽音部のボーカルが叫んだ。
「科学部ー!
お前らの挑戦、
めちゃくちゃかっこいいぞー!」
「合同試走会、
絶対成功させろー!」
吹奏楽部の部長が続ける。
「失敗してもいい!
でも、走れー!」
「青春してるぞー!」
「町も全国も見てるぞー!」
3人は泣きながら笑った。
「……なんか、
全部吹っ飛んだな」
俺は言った。
「吹っ飛んだわね」
黒江が笑う。
「音楽って、
すごいですね……」
雨宮が呟いた。
倉庫に戻ると、
空気は完全に変わっていた。
「よし。
やるぞ」
俺は工具を握った。
「やるわよ」
黒江が頷く。
「はい。
絶対に間に合わせます」
雨宮が微笑む。
焦りは消えた。
苛立ちも消えた。
代わりにあったのは――
音楽がくれた“前へ進む力”
倉庫の外では、
軽音部と吹奏楽部がまだ演奏していた。
科学部は、
仲間の音に背中を押され、
再び走り出した。




