第36話 涙の向こう側
初試走から一夜明けた日曜日。
倉庫の前には、昨日の熱気がまだ残っているようだった。
3人は早くから集まっていた。
疲れているはずなのに、
誰の顔にも“やる気”しかなかった。
「……すごいことになってる」
雨宮柊がスマホを見ながら呟いた。
「何が?」
俺――白峰理久が覗き込む。
「全国から……
アドバイスと激励が止まらないんです」
画面には、
昨日のオンラインライブを見た人たちのコメントが溢れていた。
“うちの学校も初試走で壊れました。
でも、そこからが本番ですよ!”
“工業高校の顧問です。
ステアリングのズレはこの方法で直せます”
“大学で機械工学やってます。
荷重の逃がし方、図にして送りますね”
“泣いた。
挑戦する姿が美しすぎる”
「……すごいな」
俺は息を呑んだ。
「すごいなんてもんじゃないわよ」
黒江斎が画面をスクロールする。
「全国の出場校、専門家、
そしてただの視聴者まで……
みんな“挑戦者”として見てくれてる」
雨宮が静かに言った。
「昨日の涙、
ちゃんと届いたんですね」
そのとき、倉庫の外から声がした。
「科学部さーん!
ケーブルテレビですー!」
昨日のスタッフが駆け寄ってきた。
「昨日の配信、
すごい反響ですよ!
商店街の人たちが泣いてる映像、
今日の特集で流します!」
「えっ……」
俺は思わず固まった。
「商店街の人たちが……?」
「そうですよ!」
スタッフは興奮気味に言った。
「八百屋さんも、パン屋さんも、喫茶店のマスターも、
みんな泣いてたんです。
“あの子たち、頑張ってるんだよ”って」
黒江が目を丸くした。
「……そんなの、
泣くに決まってるじゃない」
雨宮も目を潤ませた。
「僕たち……
町に支えられてるんですね」
その頃、
藤川先生は職員室のテレビの前で、
コーヒーを飲みながら特集を見ていた。
画面には、
初試走で泣き崩れる3人と、
それを見て泣く商店街の人々。
『科学部の挑戦は、
町全体を巻き込み始めています』
ナレーションが流れた瞬間、
藤川先生は思わず目頭を押さえた。
「……お前ら……
本当に、よく頑張ってるな……」
涙が一筋、頬を伝った。
「こんなに応援されて……
こんなに愛されて……
教師冥利に尽きるぞ……」
藤川先生はそのまま倉庫へ向かった。
「おーい、科学部!」
扉を開けると、
3人が勢いよく振り返った。
「先生!」
「見ました?」
「ケーブルテレビ!」
藤川先生は、
少し照れたように笑った。
「見たよ。
泣いたよ。
お前らのせいでな」
「先生が泣くなんて……」
黒江が驚く。
「泣くわ。
あんなの見せられたら泣くに決まってるだろ」
藤川先生は3人を見渡した。
「お前ら、
もう“挑戦者の顔”になってるな」
雨宮が静かに言った。
「昨日の失敗で、
逆に火がつきました」
「ついたわね」
黒江が笑う。
「もう止まらないわよ」
俺は深く息を吸った。
「先生。
俺たち、
絶対に走り切ります」
藤川先生は頷いた。
「走れ。
全力で走れ。
町も、全国も、
お前らを見てる」
その後、
3人はホワイトボードの前に立った。
「全国からのアドバイス、
全部反映するわよ」
黒江が言う。
「ステアリングのズレ、
原因は“戻り角の甘さ”ですね」
雨宮がタブレットを見ながら言う。
「じゃあ、
今日中に直すぞ」
俺は工具を手に取った。
昨日の涙は、
もうどこにもなかった。
代わりにあったのは――
挑戦者の目。
「白峰くん、
今日の顔、すごくいいですよ」
雨宮が言う。
「黒江さんも、
なんか“戦う顔”してます」
「当たり前でしょ」
黒江が笑う。
「青春は、
ここからが本番よ」
俺は深く頷いた。
「よし。
走るぞ。
昨日の涙を、
全部“前に進む力”に変える」
「いくわよ」
「はい」
倉庫の外では、
商店街の旗が風に揺れていた。
科学部は、
全国の声と町の涙を背負い、
再び走り出した。




