第34話 形になる
金曜日の放課後。
倉庫の中は、いつもより明るかった。
理由はひとつ。
今日、ついに“組み上げ”に入るからだ。
「じゃあ、始めるぞ」
俺――白峰理久は、工具箱を開けた。
「フレームは昨日の改善で完璧。
今日は“車体の形”を作るわよ」
黒江斎がホワイトボードを叩く。
「美術の先生の“流れ”のアドバイス、
ちゃんと反映させましょうね」
雨宮柊がスケッチを広げる。
3人の目は、
昨日までとは違う光を宿していた。
いよいよ組み上げ開始
複合材の骨格に、
パネルを仮止めし、
ステアリングを取り付け、
配線を通す。
「白峰くん、そこ固定しますね」
「頼む」
「黒江さん、角度これでいいですか?」
「いいわよ。
昨日より“流れ”が出てる」
倉庫に響くのは、
工具の音と、
3人の短い会話だけ。
だが、その空気は不思議と心地よかった。
「……形になってきたな」
俺は思わず呟いた。
「形になるって、
こんなに嬉しいんですね」
雨宮が微笑む。
「形になるのは、
“積み重ねた証拠”よ」
黒江が言った。
「昨日までの全部が、
ここに繋がってるの」
そのとき、倉庫の扉が開いた。
「科学部さーん、差し入れ持ってきたよ!」
八百屋の店主が、
大きな袋を抱えて入ってきた。
「今日はバナナじゃないぞ。
おにぎりだ!」
「ありがとうございます!」
俺たちは頭を下げた。
続いて、
パン屋、喫茶店、文房具屋、クリーニング店……
次々と商店街の人たちが入ってくる。
「進んでるかい?」
「テレビ見たよ!」
「試走会、楽しみにしてるからね」
「怪我だけはしないようにね」
倉庫が一気に賑やかになった。
「……なんか、すごいな」
俺は呟いた。
「すごいのは“町の温度”よ」
黒江が笑う。
「町が本気で応援してくれてる」
雨宮が静かに言った。
「嬉しいですね。
なんか……
背中が温かいです」
商店街の人たちが帰ったあと、
黒江のスマホが震えた。
「……また来てる」
「南条工業か?」
俺が聞く。
「ええ。
見て」
画面には、
短いメッセージがあった。
『組み上げ、おめでとうございます。
もしよければ、
ステアリング角度のチェックポイントを送ります。
大会で会いましょう。』
「……なんだよこれ」
俺は笑ってしまった。
「敵なのに、
なんでこんなに優しいんだよ」
「敵だからよ」
黒江が言う。
「“挑戦者同士”は、
戦う相手を強くしたいのよ。
そのほうが、
勝っても負けても誇れるから」
雨宮が静かに頷いた。
「南条工業……
本当にいい人たちですね」
「いい人たちだな」
俺は言った。
「大会で会うのが楽しみだ」
夕方。
倉庫の中に、
ひとつの“形”が立ち上がっていた。
細く、軽く、
でも芯のあるフレーム。
流れるような曲線。
太陽光パネルが、
夕陽を反射して光っている。
「……できたな」
俺は息を呑んだ。
「できたわね」
黒江が微笑む。
「これが、
私たちの“走る形”よ」
雨宮が静かに言った。
「なんか……
胸がいっぱいです」
3人はしばらく、
言葉もなく車体を見つめていた。
それは、
昨日までの努力の結晶であり、
町の応援の象徴であり、
南条工業との“挑戦者の絆”でもあった。
俺たちは写真を撮り、
SNSに投稿した。
『試作車、組み上がりました。
町の皆さん、先生方、
そして南条工業さんのおかげです。
ここから、走ります。』
投稿して数分後、
反応が一気に広がった。
“すごい!”
“形になってる!”
“科学部、かっこよすぎる”
“美しすぎる曲線”
“南条工業との関係、尊い”
“試走会、絶対見に行く”
「……すごいな」
俺は呟いた。
「すごいのは、
“挑戦を見せた”からよ」
黒江が言う。
「隠さないって、
やっぱり強いわね」
雨宮が静かに言った。
「はい。
僕たち、
ここから本当に走り出しますね」
俺は深く息を吸った。
「よし。
次は“試走”だ」
「いくわよ」
「はい」
倉庫の外では、
商店街の旗が風に揺れていた。
科学部は、
ついに“走る形”を手に入れた。
そして、
大会へ向けて本当の走りが始まった。




